第11話


艦橋から北3格納庫までは直線距離でおおよそ5kmほど離れている。

真っ直ぐ通路が伸びているわけではないので実際にはそれ以上の距離になる。

平時であれば艦内移動用のトラム(路面電車のような軽電車)を使用すればあっという間にたどり着ける距離なのだが、戊種ぼしゅ警報中だ使うことができない。

そのため走っていくしかない。

艦内の連絡通路はあまり広くない。

その中で走れば平時なら誰かにぶつかってしまうかもしれないが、幸い戊種警報中なので殆どの人間は自分の持ち場かシェルターにいるのでぶつかったりすることはないだろう。


俺は艦橋を出たところでひょいと音標さんを横抱きに抱える。

まぁ、お姫様抱っこだ。


「ちょ!伶旺様!?あたしも走ります!」

「だーめ。ただでさえ訓練なしで防護服を着たままなんだから!大事なところで急にダウンしても危険だしね。」

「うー……そう言われると……。」


音標さんは残念そうだったが、気持ちを切り替えたらしく俺にぎゅっと掴まった。

俺に掴まった事をもっとスピードを上げてもいいと解釈し移動速度を上げる。


するとヘルメット内のマップモニタにナビが表示された。

音標さんはナビゲートリンクで最短ルートを表示してくれたようだ。


「艦内情報を基にしてるから正確だと思います。」

「おお!ありがとうー!掴まりながらとはやるねぇ!」

「ふふー!あたしだってこの位はできますよー!警報で封鎖されている所は迂回するようにしているからロスが減ると思います。」


艦内情報を引っ張ってくるとか俺には思いつかなかった。

俺だけではかなり時間をロスしたに違いない。本当に助かった!


閉鎖区画を迂回し、場所によっては梯子を上り下りして進んでいく。

1番艦や同型艦である3番艦では方角的には艦首が東、艦尾を西、左舷が北、そして右舷が南という取り決めがある。

日の出る方向に皇帝や皇族の住まいがあり、また夜が明ける方向へ艦が進むという言ってみればゲン担ぎの類だが1000年前からの移民艦隊の慣例にもなっている。


途中のルートで展望デッキを通ることになった。

展望デッキは普段は一般にも公開されている場所で人気のスポットにもなっている。

とても広く上方向が全面窓になっており、学校等のイベントが時折行われたりもしている。


その展望デッキも今は戊種警報中なのでシャッターに覆われ、直接外を見ることはできない。

しかし、シャッター部分には外の映像が映し出されており現在の外の状況がシャッターが無い時とほぼ同じように見ることができる。


走り抜ける俺たちの右手後方には縦になった2番艦、その後ろにはウィリデがあるはず。

横抱きにしていた音標さんは身をよじり俺に正面から抱きつくような形で2番艦とウィリデを見ているようだ。


「美しいですね……。」


2番艦とウィリデを見た音標さんは思わずといった感じで呟く。


「ごめんなさい。こんな時なのに……。」


不謹慎と思ったのだろうすぐに音標さんは謝罪の言葉を口にした。


「俺にも見せて。」

「……はい。」


2番艦とウィリデは俺からは後方になり見ることができない位置だ。

音標さんが2番艦とウィリデの映像を俺にも見えるようヘルメット内のモニタへ転送してくれた。


「確かにこれは……美しいな。」


この惑星系の恒星に照らされた2番艦とウィリデが眩しいくらいに輝いてい見える。

2番艦は円筒形の船体の周りにいくつもの柱が並び、その柱には小さな(と言っても一つ辺り数kmあるのだが)資源衛星を7つまとっている。

角度的にこちらからは4つほどしか見えないが色とりどりの資源衛星は恒星の光でキラキラと輝きその背後の青いウィリデがより特別な星であると感じさせた。


しかしその美しい船体には移民艦隊最大の6万人の人たちが暮らしているのだ。

このまま2番艦の姿勢制御が間に合わなければウィリデに墜落する。


「なんとしても2番艦の姿勢制御を間に合わせないとな。あの美しい艦を俺たちが守るんだ。」

「……はい!」


音標さんは後ろを見るのをやめ、前を向き俺に掴まった腕には力が入っていた。


展望デッキを抜け再び連絡通路を走る。

あと少しで北3格納庫だ。


北3格納庫では音標さんのお姉さんと合流することになる。

と、なると……”音標さん”が二人になる。

音標さんの名前、留依るいで呼ぶべきかな?


「留依。」

「え!あ、は……はい!」

「北3格納庫では留依のお姉さんもいるわけだし、名前呼びさせてもらうよ?」

「もちろん構いません!その方がいいと思います!」


なんだかちょっと留依の声が弾んでるような?

それはさておいても実際問題”音標”が2人になるわけだし呼び分けはできないと困るしな。

もっとも、俺自身が音標さんを名前呼びしたかったのもあるけど。


やがて北の格納庫周辺まで到達した。

格納庫自体かなりの大きさだ。

大型の船になると1000mあるような船もあるため、かなり広い作りになっているのだ。

狭い通路ばかりを通ってきたのでこの広さには解放感がある。

そして右側には巨大な扉があり、北1格納庫の大型船用搬入口になっている。


構造として最上部には大型船用の格納庫。

その下に中型、小型の船の格納庫がある。


「3番格納庫は……この下か。」

「ですね。格納庫に事務所が隣接している中小企業が多いところですね。」

「へー、詳しいね。」

瑠亜るあにはよく職場の話を聞いていますから。」


そんな話をしながら階段を下りていく。

先ほどの大型船用の格納庫に比べれば小さいがそれでもかなりの広さがあった。


2番艦や3番艦編への上皇陛下のご訪問に際しては旅客ターミナルから出発するのでこうした格納庫から直接船外へ出る事には新鮮さがある。


長い階段を降り切り、ようやく北3格納庫にたどり着いた。

上にあった北1格納庫よりは小さいもののそれでも大きな搬入口の所に恐らく音標瑠亜おとしべるあ、留依の姉と思しき人物が立っている。


「おーい!こっちです!お待ちしていましたー!」


大きく手を振っている。

これまで横抱きにしてた留依が下りるような素振りをしたので下ろすと二人で瑠亜さんの所へと駆け寄る。


「初めまして!おt……」

「瑠亜待って!」


突然留依が瑠亜さんの言葉を遮った。


「伶旺様。この人は私の姉の音標瑠亜です。」


あ、そうかこういう場合には皇族としての最低限の仕様があるんだ。

さすが上皇陛下のお屋敷のメイドだ。

俺なんてすっかり忘れてた。

とても助かった!


そして急な改まったやり取りに瑠亜さんは一瞬驚いたようなリアクションを取ったが、どうやら状況を察したようですぐに姿勢を正した。


「こちらは朝日蔵あさひのくら伶旺様です。」

「先ほどは失礼いたしました。皇族の方がいらっしゃるとは聞いておりませんでしたので……。能力の及ぶ限り務めさせていただきます。」

「そうですか。大変な中だけどよろしく頼みます。」


形式的なやり取りはここまでだな。

この調子でやっていては時間がかかる。

事は一刻を争うのだ。

瑠亜さんのヘルメットの上部についている猫耳型のセンサー(?)が気になるが尋ねられる……雰囲気ではないな。


「ここからは普段通りに接してほしい。余裕もないしね。」

「はい、わかりました。」


俺の横で留依がちょっとだけドヤってる気がする。

なんとなくそう感じるだけだけど。


「早速だけど、2番艦まで行く船は?」

「はい、うちの会社の小型船です。小型船にしては牽引力も高いので安定します。」


3人で格納庫内の小型艇へと歩きつつ必要なすり合わせを進める。


「牽引力……?」

「はい、重力牽引機というもので重力を使って船を固定したり、ある程度の大きさの荷物を運んだりするものなのですけど……上の格納庫にあるような大型の工作艦なんかは何kmもある小惑星を牽引することもできるんですよ。」

「もしかして大型の工作艦なら2番艦の軌道も変えられるのかな?」

「できるかもしれませんが、あたしは小型までの免許しかありませんし、大型船を出すにしても単純に人が足りません。」

「なるほど……。とりあえずは2番艦の艦橋に入って彼らの”目”となり状況の改善を図らねばならないというところだな。」

「そうなるかと思います。」


話しているうちに小型船まで到着する。

小型船は全長50mほどで移民艦の外装をメンテナンスする際、邪魔にならないよう推進器は全て船体に埋め込まれていた。

形は前後が出っ張ったダンベルのような形をしている。


「すでにいつでも出発できるように準備はできています。」

「ありがとう。だがあともう一人来る予定なんだ。」

「育波さんは荷物が多いからまだかかるんじゃないですか?」

「あの人の事だからあっという間に来そうな気もするけどね。」


なんて言ってたら遠くから走ってくる足音が聞こえてきた。


「おーい!」


声のする方を見ると背中に大きな箱を担いだ育波さんが走ってきた。


「急いでカメラをかき集めてきたんスけど、待たせちゃったスかね?」

「いや、丁度良かった。早速出発しよう。」


全員船に乗り込もうとしたところで瑠亜さんが遠慮がちに話しかけてきた。


「実はですね……出発する際に隔壁を開けなければならないのですが、AIが反応しないので手動で開ける必要があるんです。」

「わかった。なら俺が開けよう。」

「ま、待ってください!あ、あたしがやります!」


留依が隔壁の操作に名乗り出た。

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