第8話

その司令室内のモニタには恒星に照らされた青い星が映っていた。

本来あり得ないはずだった。

この移民艦隊はすでに惑星系を抜け星々は遠くに見えるのみとなっていた。

少なくとも今回の異常事態の前までは。


非常事態とはいえ目が見えなくなったこと以外の実害報告がなかった事で若干緩んでいた司令部の空気が先ほどの俺の言葉で一気に緊迫した空気に変わった。


「惑星だと?!どのモニターに映っている!」

「左から2つめです!」

「2つめだと!?正面じゃないか!まずい!今すぐ艦橋へ……」


小野見総司令がそう言うや否や危機的状況を察知した俺はすぐに行動を開始する。


「失礼します!」


そう断り総司令を担ぎ上げると艦橋へ向かい可能な限り急いで移動する。

総司令も上級防護服を着用しているので多少どこかにぶつかっても怪我一つしないだろう。

総司令も俺に担ぎ上げられたまま通信で他の司令部内の人員へ指示を出している。


艦隊の正面に惑星が見えるとなれば一刻を争う。

最悪このまま惑星へ突入しかねない。


艦橋へはそれほど遠く離れてはいない。

すぐに艦橋へとたどり着くとその状況に息をのむ。


艦橋は正面、上面左右が大きな窓になっていて広大な宇宙が一望できるある意味艦の中で一番視界の開けたところになっているのだが……。

その正面には青い、恐らく水をたたえた惑星が大きく見える。

宇宙空間ではモノの距離感やスケール感が狂うため、目の前の惑星が目視ではどのくらいの大きさなのかは分からない。

しかし、先ほど指令室でモニタ越しに見た時よりも圧倒的な存在感がある。


「ああ……。」


その声は俺が発したのか後ろからついてきた音標さんが発したのか分からない位自然に出た。

助からないかもしれないという絶望感と同時に自分たちが後にした母星よりも陸地の緑が多いその惑星はとても美しく感じた。


「しっかりしたまえ!呆けている場合ではないぞ!」


しばらくその惑星を見て思考と行動が止まってしまっていた俺たちを”見えない”総司令が俺を正気にさせる。


「し、失礼しました!」

「よし!では艦長!手筈通りに。」

「は!では、航海長、挙手!朝日蔵様は今挙手した者のところでお願いします。」


艦長の号令により航海長と思われる人物が手を挙げている。

俺の呼び方が蔵呼びになっている。

……これは恐らく上皇陛下は最悪の事態を想定しているという事だろう。

上皇陛下や皇帝陛下にもしものことがあったら……ということだ。


気を引き締めて航海長のいる所まで移動する。

後ろでは音標さんが艦長から指示を受け艦橋内にある各種情報の整理を始めたようだ。


航海長のところではモニタに映し出されている情報を伝える。


「何てこと?!一切の情報が役に立たないじゃないの!」

「どういうことですか?」

「これまで観測した宇宙のどのデータにも現在の場所は無いってこと。つまり……私たちが観測できてないほど遠い宇宙か別次元にワープしたの……かも?」


続けて航海長は艦長へと現状を伝える。


「そういったわけで現在位置は不明です。一切の情報がありません。また、航行速度に関しても基準がありませんので分かりません。観測結果次第です。せめてAIが沈黙していなければ……。」


艦長が航海長の言葉に返答する前に情報士からの観測情報が伝えられる。

音標さんは情報士の所でモニタの情報を伝えていた。


「非常にまずいです!このままでは正面の惑星の重力に引かれて墜落します!」


この言葉に艦橋内がざわつく。


元々生存可能な惑星を目指して母星を発ったのだから居住できそうな惑星に出会えたのは幸運であったが……本来ならしばらくは惑星の周りを周回し十分な観測と調査をしてから上陸する手筈。

いきなり、しかも墜落という形での上陸は想定していない。


「回避するぞ!警報発令!総員戊種ぼしゅ配置!これから目の前に惑星への衝突を回避する!2番艦、3番艦からの反応は?」

「ありません!」

「両艦へも警報を伝達!反応が無くても出し続けろ!」


艦長の号令で一斉にが動き出す。

艦橋の前方にある窓の外側下方からシャッターが展開し、シャッターが閉まると同時にシャッターの内側に先ほど見ていた景色と同じ景色が映像として映し出される。


「お二人ともよろしく頼みます。」


俺と音標さんに艦長はそう付け加える。

2人で艦橋のとなるのだ。


「はい、もちろんです。」

「が、頑張ります。」

「直視装置持ちが追加で来るはずですのでそれまではお二人が頼りです。」


それからあとは俺と音標さんはだだひたすらに艦橋内で呼ばれる度にその場へ行き担当者に情報を伝えるという事をしていた。

正直専門外なこともあり何をしているのかも分からなかった。


…………


そうしているうちに自分がどのくらいの時間こうした”目”としての仕事をしているのか分からなくなってきたところで状況が変わる。


「育波少尉入ります!」


なんと直視装置を持った追加の人員は寮で出会った育波さんだった。

何やらその背に大荷物を背負った育波さんが艦橋へと到着した。

これでかなり楽になるはずだ。


なにしろ育波さんは直視装置でドローンや監視モニタ等、普通のカメラを通して”見る”ことができる。

しかも5つの視点を同時に見るという人間離れしたこともできるのだ。

通常、直視装置は肉眼の時との視点に誤差があると脳の方が混乱し拒否反応がでるのだが、育波さんにはそれが無い。

そのため複数のカメラを同時に5台、さらにそれらを切り替えることでそれ以上の視点で”見る”ことができる事になる。


「さっきぶり!二人とも!早速だけどこのカメラの設置手伝ってもらえないっスか?」


育波少尉が背負っていた荷物を下すとその中には大量のカメラが入っていた。


「音標さん、カメラの設置を頼む!その間俺は音標さんの分もカバーする!育波さんは設置されたモノから対応お願いします!」

「はい!任せてください!」

「了解っス!」


育波さんと音標さんがカメラの設置を進め、俺はその間これまで音標さんがやっていた分のモニタ情報の伝達も行う。


カメラの設置が終わり俺と音標さんの手が空いた辺りで育波さんがぼやく。


「モニタの表示システムをボクに回してくれれば楽なんスけどねー。流石にそれはさせてもらえなかったっスね。」

「当たり前だろう。明らかに脳に何らかの障害が残りそうなこと許可できるわけないだろう。」


横から総司令が指摘する。


「そ、そうデスね!あはは……。」


そう返す育波さんの反応を見て、俺は彼女がモニタシステムへの接続を試した事があることを確信した。

そもそも艦橋などの情報モニタはAIが処理しやすいように映像情報の他にも色々な付加情報の送受信もしているので人間が直接脳で処理することを想定していない。

これにも対応するって育波さんは何者なんだ?

何らかのフィルターを通すにしても……この人オカシイ。


こうして設置されたカメラを通じて育波さんは動き回る事なくスイッチングで必要な情報を得ると必要なる場所へと伝えていった。


「二人とも少し休むといい。」


艦長に言われ休憩に入る。


「ふー……。」

「疲れた?」

「あ、はい、少しだけ……。」


音標さんも流石に疲れが出てきたのか床に腰を下ろして休んでいる。


「音標さんこっちに座るといいよ。」

「いいんですか?」


音標さんを総司令の横の幹部席に座るよう促す。

何かあった際に床にそのままいるのは危険なこともあるし、単純に座り心地が良い。

俺の代わりに総司令が返答する。


「もちろんだ。座っていないと危険だし、功労者を労わらないとな。」

「それじゃ……失礼します。」


少々緊張気味に音標さんは俺の隣の席に座った。


「ヘルメットは取らないでね。」


ヘルメットを取ろうとする音標さんに注意する。


戊種ぼしゅ警報中だからヘルメットを取ることは許可されないんだ。」

「あ……。すみません。」

「まだ何があるか分からないからね。」

「…………。」

「疲れた?少し横になって目をつぶっているといいよ。それだけでも多少は疲れが取れるから。」

「ええ、そうさせてもらいます……。」


不慣れな上級防護服でさらに艦橋での激務で精神と体力の限界だったのだろう。

横になった音標さんはそのまま寝てしまったようだ。

いや、防護服の方が眠らせたのかもしれない。


俺は艦橋で状況を見守っている、いや、の方が正しいかもしれないが、総司令の横へ行き艦橋の状況を伝えることにした。


「総司令、育波少尉のお蔭でかなり情報伝達がスムーズになりました。」

「……休んでいなくてよろしいのですか?この後いつまでこの状態が続くか分かりませんよ?」


総司令の俺への対応が完全に皇族に対するものになっている。

慣れないし、なんだかムズムズするが気にしている場合ではない。


「俺はまだ大丈夫です。音標さんが目を覚ましてから少し休ませてもらいます。それにしても、5台のカメラを同時に見られるというのは助かりますね。」

「技研にどうかしているヤツがいると聞いていたのですが、育波少尉だったようですな。結果助かっているが無茶をしないように釘を刺しておく必要がありそうだ。」


育波さんのお蔭でより一層スムーズな情報伝達が行われ、ついには軌道の修正が無事終わったらしい。

戊種ぼしゅ警報も取り消され、警報から警戒へと格下げされた。


しかしまだまだ問題は山積みだ。

直視装置を着けた者以外はまだ目が見えず真っ暗のまま。

AIは沈黙したままどうなったのかも分からず、専門の技術者に状態を見てもらうにしても直視装置が必要になる。


そして俺は総司令に尋ねなけらばならなかった。

戊種ぼしゅ警報を出した時に艦長が発していた言葉について。

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