第7話

音標さんと簡易防護服を着たゾンビ?達を呆然と見ていると不意に声をかけられた。


「おお!伶旺!戻ったのか!こちらも直視装置を持っている者が見つかってな。今はその直視装置を使う練習中だ。」


声をかけてきたのは手城さんのようだ。

ちなみに声はすれどこちらを見ているわけではないのでどのゾンビ?が話しかけてきているのか分からない。

相変わらずごちゃごちゃと簡易防護服の人たちがウロウロしている。


練習中という手城さんの言葉通りなら十数人分の直視装置が見つかったという事だろうか?

アプローチ内でウロウロしている人達を見ても見えるようになったようには見えないんだが……。


そもそも直視装置はそんな簡単に調整が終わるような機器ではなく、調整には半日以上はかかるものなのだが。


「練習中という事は見えるようになったんですか?」

「いや、直視装置を持っているのは技研の育波いくは君だ。」

「1台でこの人数が動けるのはどんな魔法を使ったんです?」


ウロウロしている人達を見ると”動ける”だけという感じだけど。

そこで話に割り込んでくる声があった。


「ドローンを使って上空から”見て”るんスよ!」


声の方を見ると確かに一人だけウロウロせずに仮想キーボードを操作しているようなしぐさをしている簡易防護服姿の人がいる。


「ボクだけが直視装置で見ることができる状態で、今はボクの指示で動く練習っスね。」


こちらの反応を待たずに解説を続ける。


「ナビゲートリンクを使ったリモコン操作って感じっスかね?」


楽し気にけらけら笑いながら、忙しそうにナビゲートリンクの指示操作をしている。


「2台のドローン使って2か所の状況がみられるんでかなりの広範囲をカバーできるっス。これで少なくともご近所さんの対応はできると思うっス。野外限定なんスけどね。」

「と、いうわけだ。なのでここは俺たちに任せて伶旺は安心してお屋敷の方へ向かってくれ。」


このゾンビ状態で”安心”はちょっとできない気もするが、それでも何もないよりは何倍も良い……はず。


ともあれ自分たちは司令部に行かねばならない。

この場は手城さん達に任せ寮を後にする。



「音標さんじゃ司令部までは行くからね。」


そう言って音標さんをお姫様抱っこをする。

そして全力でダッシュ!

上級防護服の機能をフルに活用したダッシュだその辺の車よりもよっぽど早く移動できる。

やろうと思えば数メートルの高さのジャンプもできるので障害物も左右に動く必要がない。

まさに飛ぶように移動していく。


上級防護服の機能を解放した挙動は道路が傷むので非常時でなかったら大目玉を食らうところだけど。


音標さんはその挙動にびっくりした後は楽しそうに流れる風景を見ている。


「凄いですねー!訓練したらこんな風に動けるんですねぇ!」

「普段街中でこんなことしたら怒られちゃうけどね。」

「いちゃいちゃしてるところ悪いんスけどー。」


大ジャンプした空中で急に声をかけられた。


「な、いちゃいちゃは……じゃない!誰だ!」

「あ、先ほどの育波っていう者っス。」


周りをよく見ると俺たちに並走するドローンが1機。


「頼まれごといいスか?」

「ボク色々と直視装置とカメラの連動機能使ってあそn……つーか、テストしてたんスけど、偉い人に頼んで街中のカメラにアクセスできるよう頼んでもらえないっスかね?」

「どういうことです?」

「ボク5台くらいまで同時に”見る”ことができるんスよ。なんで、それだけの”目”があればそのカメラを通して防護服を着ている人を誘導して混乱をある程度抑えることができるんス。」

「「え?5台?!」」


そのあり得ない能力に音標さんとハモってしまった。

俺はミスって直視装置で見たまま肉眼で見た事によって1週間歩くこともおぼつかないほどの”酔い”を経験している。

音標さんにしても光しか感じない程度の肉眼でも違和感があるのだから5台というのはもう異能力とかそういうレベルなのではないだろうか。


「一応申請はしたんスけど、許可が出るのに時間がかかりそうなんスよねー。」

「確かに今そうして人手が増えるのは良いかもしれないですね。掛け合ってみます。」

「ありがとー!それからAI沈黙してるみたいなんスけど何かしらないっスか?」

「少なくとも上皇陛下付きのAIは一切反応なしですね。AIを介さないシステムは動いているので何がどうなっているんだか分かりませんね。」

「何かあったらAIからの通知があるはずなんスけど、何もなかったんで……。うし!了解したっス。そっちの方も対策考えておくっスよ!」


そういうとドローンは寮の方へと去っていった。


「すげーな……あの人……。」

「でも頼りになりそうですね……。」

「5台かぁ……音標さんできそう?」

「ぜったい!むりー!初めて”見えた”時だって大変だったんですよー!もう見えなくてもいい!って本気で思ったくらい。」

「そうかぁ、それまでと違って急に情報量が増えて脳とか感覚が混乱したのかな?」

「お医者さんもそんなこと言ってましたねー。」


そんな話をしつつ、次に育波さんに頼まれた”上”への交渉をしないとね。


大沼さんを通じて上皇陛下へ。

そこから司令部へと話を通してもらい、すんなりと育波さんの街中のカメラを使った5台カメラ体制の許可が出た。

司令部から直接育波さんには通知が行くそうなのでこちらはこれで良し。


司令部まであと少し。

司令部のフロントはお屋敷のあった丘から南の方、神祇省関連の施設が多い場所にある。

寮へ向かう時と違って今は上級防護服の機能をフルに使って最速で移動しているのであっという間に司令部のフロントまで着いた。


音標さんを下し2人で司令部のフロントへ入っていく。


「ポーン」


認証の音が響く。

司令部の受付には人はいなかった。

守衛も姿が見えない。

シェルターへ避難しているのだろうか。

司令部付きの人間ならシェルターへの避難は苦も無くできるだろう。


そして受付のAIも出てこない。

やはりAI全体が沈黙している状態のようだ。


「静かで怖いですね……。」

「だねぇ。普段はもっと騒がしい場所なんだけど。」


フロント内は警報の音も聞こえていない。

司令部は行動の邪魔になるのだろう、警報を切っているようだ。

静まり返ったフロント内は俺たち2人の足音だけが響いていた。


司令部のフロントは結構な広さがあり、フロント内にはロビーチェアやテーブルがある。

普段はそこでちょっとした話し合いや待ち合わせなども行われるのだが今回の異常事態が早朝に起こったこともあってそこにも誰もいなかった。


「あたし初めて来ましたけど、緊張しますね……。」

「そっか、初めてなら緊張するかもね。普段は人も多いし割と雑然としてるから印象ずいぶん違うよ。分からないことがあってもすぐにAIが御用聞きに来てくれるしね。」

「へーそうなんですねー。司令部のAIってなんていう方なんですか?」

「あーフロントのAIは名前なんだったかなぁ。司令部はフロント業務と司令部付きでAI分かれてるから。」

「あ、さすが司令部!って感じですねぇ!」


補足すれば司令部付きのAIは2人いるんだけどね。

フロントのAI1人を加えれば3人いることになる。

まぁ、それだけ重要な部署ではあるんだけど。


そんな話をしながらフロントを突っ切りフロント隅の階段のある所へ。

そこから最上階の中央指令室へ行くことになる。

普段はエレベーターで中央指令室まで上がるのだが、エレベーターがいつ使えなくなるのか分からないので階段で行くことにする。


「上級防護服着てるから楽だとは思うけどこの階段はかなり長いんで覚悟してね。」

「頑張ります!けど、この防護服を着てる今なら楽々で行けそうですね。」

「音標さんが上級防護服じゃなかったら俺が運んであげたけどなー。」

「防護服着てても運んでくれていいですよ?」

「おっと?それじゃ運んであげようかな?」

「え?きゃ!」


さっと音標さんをお姫様抱っこする。

そしてそのまま階段を駆け上がる。

実際この方が早く中央指令室までたどり着けるだろう。


「ひー!」


音標さんは高速駆け上りが怖いのかぎゅっと俺にしがみついている。

ぎゅっとしがみ付かれても、今度は落とされたりはしない!


最上階に着くと音標さんを優しく下ろす。


「あー怖かった!でもちょっと楽しかったかも?次の時はあたしが伶旺様を抱っこして運びますからね!」


少し足元がふらつきながらも音標さんは元気に宣言した。


「その時はお手柔らかにお願いします。」


俺の方も笑ってそう答える。


そしていよいよ中央指令室に到着だ。

事前に中央指令室への入室の許可が出ているので問題なく入れるはず。

果たして扉を開くと見えなくても分かるように大きな声で入室を伝える。


「上皇陛下の下命により伶旺と音標両名到着いたしました!」


改めて中央指令室を見渡すと室内には数名の将兵が各所への連絡や調整をしているようだった。

とはいえ何も見えない状態ではできる事も少ないのだろうが……。


「来てくれたか!待ってたぞ!早速だがな……。」


そう小野見おのみ総司令が話し始めようとしたところで俺は司令室内のモニタに映った映像に驚愕する。


「な、こ、これは……!ちょ……まって!まて!司令!これはどこを映したモニタですか!惑星が映ってます!」


指令室にはこの移民艦隊の外や船体を映すモニタがいくつかあるのだがその一つには大きく青く輝く惑星が映っていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る