第6話
冷静になるとなんだな。
音標さんは突然アレを見てよくもまぁ、あの程度の反応で済んだな。
完全むき出しといか全裸というか丸出しではないにしても等身大の人形があったのに多少(多少?)引くくらいで済んでたのはついさっき手城さん達の整列を見て耐性が付いていたんだろうか?
ともあれ、この積みあがった段ボールやケースの中から急いで直視装置を探し出さないといけない。
何とか記憶を掘り返して”アタリ”を付けないと何も見えない俺はアノ人形と同等の置物同然になってしまう。
いざ直視装置の捜索を……と思ったのだが。
音標さんの疲労が気になる。
上級防護服は生命維持機能自体は非常に高いのだがそれ以外の機能も高いため初めて着る場合はとても疲れるのだ。
俺が初めて上級防護服を着た時は訓練中は何ともなかったのだが訓練後防護服を脱いだら疲労で指一本動かせないほどだったくらいだ。
着ている間は防護服の補助もあるし、心身ともに負荷がかかりすぎると投薬されたりリミッターが作動して機能の制限がかかるので自分では全く疲労を感じないんだけどね。
音標さんは元々こうした訓練をしていない上に上級防護服を着てじっとしているのではなく俺を絞め落としたり階段で俺を持ち上げたりして機能の方も使っている。
少しの時間でも音標さんには休んでもらった方が良さそうだ。
「音標さん、直視装置を探す前に少し休もう。」
「え?疲れてませんし大丈夫ですよ!」
「上級防護服を初めて着る時って疲れを感じにくくて、脱いだ時動けなくなったりするんだ。なので小まめに休んだ方がいい。それにこの異常事態がいつまで続くかも分からないからね。俺が直視装置の場所を思い出す努力をしている間だけでも休んでほしい。」
「はい、わかりました……。」
「台所での椅子で休むといいよ。飲み物とかも適当に飲んでいいから。」
ほんの少し不満そうだったが音標さんは台所の方へ休みに行った。
でだ。
俺はこの山のどこに直視装置を仕舞いこんだのかを何とか思い出さないと!
使うこともあるかもしれないと思って取り出しやすいところに仕舞ったのは覚えているんだがそれがどこなのかを思い出せない。
そうした記憶の探索をしていると……。
「はぁ……あたしって駄目だなぁ……。何のお役にも立ってない……。」
俺のヘルメットへ音標さんの独り言が聞こえてきた。
街中で音標さんと通信リンクをした設定がそのまま残っていたのだ。
どうやら落ち込んでいるみたいだ。
小さな声だったが通信リンクをしているのでクリアに聞こえてきてしまう。
「足を引っ張ってばかり。伶旺様普通にいい人だったなー……。ん?」
普段屋敷で凛とした姿で仕事をしている彼女からは想像できない普通の女性がそこにいた。
しかし独り言をこれ以上盗み聞きするのは良心が痛むので通信リンクは一時的に音標さんが休んでいる間だけでも切ろう。
「あ!」
通信リンクを切ろうとしたその瞬間音標さんの大きな声がヘルメット内と俺の部屋に響いた。
「あった!ありましたよ!直視装置!ダイニングです!」
一瞬ダイニング?
と思ったが、台所にある実際に食事をとるテーブルと椅子のあるところか。
「え?そんなところに?え?なんで?いや、実際にあるのならそういう事なんだろうけど……。」
「はい!間違いなく直視装置です!ダイニングの棚の上にありましたよ!」
そんなところに置いた記憶がないが恐らく自分で置いたのだろう。
たしかに 取 り 出 し や す い 場所だ。
とにかくこれでかなり時間の短縮ができたはずだ。
それにしても……直視装置が台所にあるなら音標さんに見られたアレ。
完全に見られ損じゃ?
すんなり見つかったのはいけどさ。
落ち込んでもいられない。
気持ちを切り替え、手探りで台所へと向かう。
台所辺りまで行くとそれに気づいた音標さんが俺の手を取ってテーブルまで誘導してくれた。
テーブルで一度ヘルメットを取りまずはアイマスクを音標さんから受け取る。
元々つけていたバイザーは専用防護服を着た時点で外している。
まずはアイマスクと装着しないといけない。
「あ、そうかアイマスク着けないとなんですね。」
「うん、これ着けないと不意に肉眼で見えた時大変なことになるからね。」
苦笑いしながら答える。
直視装置の調整中に一度肉眼と直視装置の両方で見て大変な目にあったのだ。
1週間くらい乗り物酔いみたいな感覚が続くアレはご免こうむりたい。
人によっては昏倒する場合もあるとか。
「音標さんはアイマスクなしで大丈夫なの?」
「あたしは光を感じるくらいの視力しかないんで大丈夫ですね。ちょっと違和感があるくらいかな?でも長時間だとやっぱり酔うと思います。
「そうなんだ。じゃお姉さんもアイマスクはしてるんだ?」
「面倒だって言ってアイマスクみたいな直視装置つけてます。」
笑いながら音標さんはお姉さんの事を話す。
仲いいんだなぁ。
音標さんと会話しながらアイマスクをし、直視装置を着ける。
俺の直視装置はやっぱりバイザー型だ。
激しい動きをしてもずれないように、バンドで頭の後ろの方までしっかりとホールドするタイプだ。
俺の場合割と頻繁に”懸かり”をする事があるのでバンド固定型以外の選択肢はあり得ないんだけどね。
ちなみに音標さんは普通の眼鏡タイプでさらに眼球追随型。
眼鏡についているカメラが眼球の動きを読み取って眼球の向いている方向を映すようになっている。
なのでぱっと見は目が不自由な人とは分からない優れもの。
そのせいもあって真っ暗になった直後は音標さんが直視装置を着けている事を忘れてしまっていたのだ。
直視装置を装着しスイッチを入れる。
「おお!ちゃんと見える!音標さん。ありがとうね!」
「良かったです!」
「音標さんがここで見つけてくれなかったらあの部屋を全部ひっくり返したうえで見つからないっていう最悪の事態になるところだった。」
「ですよねぇ~。今度からちゃんと片づけないとダメですよ?」
「はーい。」
そういってお互いに笑い合う。
ヘルメットのバイザーは鏡面になっているので音標さんの表情を直接見ることはできないが彼女も喜んでいてくれるのが分かる。
そしてこれでようやく色々な活動が可能になる。
早速大沼さんに連絡をとる。
「伶旺です。無事直視装置を回収することができました。そちらに戻ります。」
「そうか!よくやってくれた。しかしこちらに戻る必要はない。直接司令部に行き彼らの目となってくれ。」
「わかりました。その後何か動きはありましたか?」
「政府の方も直視装置を持っている者を探し始めている。アナウンスで広く募っているはずだ。」
外の警報を全く気にしていなかったが、改めて外の警報に耳を傾けるとシェルターへの誘導の他に直視装置を利用または所持している人を募っている。
「それから……音標さんも司令部の方へ行き彼女にも手伝ってもらってくれ。」
「彼女は一般人です。屋敷の方が良いのではないですか?」
「そうかもしれん。だが、屋敷よりも司令部の方に”見える”人間が多い方がより対処しやすい。司令部との相談の結果だ。」
「わかりました。音標さんが嫌がるようなら無理強いはしませんよ?」
「それで頼む。」
音標さんにはあまり負担をかけたくないんだが……音標さんは喜んで手伝ってくれそうなんだよな。
俺が通信を終えると音標さんの方から協力を申し出てくれた。
「話している内容は聞こえていました。あたしにできる事ならどんなことでも協力させてください!」
「ありがとう。これから司令部に向かう事になった。大変だと思うけど、お願いします。」
「はい!頑張ります!」
俺が直視装置を着けている間音標さんも休憩できていたのなら良かったんだが。
防護服の補助マシマシで活動していると突然肉体や精神の限界がきて気を失ったりするので気を付けておかねば。
準備も整ったので部屋を後にし、寮の階段を降り玄関前の開けたアプローチへ。
アプローチで待機していた手城さん達はどうしているだろうか?
直視装置が必要と分かったので何らかの行動を開始しているかもしれない。
音標さんが俺を絞め落とした原因となった整列からの全員こちらを見るという光景もちょっとだけ見てみたいと思ったりしたんだが……。
……思ったりしたんだが?……ナニコレ?
簡易防護服を着た10人程度が手を前に伸ばし手探りするような感じでフラフラとアプローチ内をさまよっている。
まるでゾンビが徘徊しているようでかなり気味が悪い。
うめき声がしないだけましというか、街に広がる警報と合わさり引くとかじゃなくかなり怖い!
俺と音標さんはあまりの光景に声を発することもできずその場で立ち尽くすばかりだった。
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