第5話
「あれ……暗い……えーと……明かり……は…いや!何も見えないんだ!」
意識が覚醒していくと同時に今自分が仰向けに寝ていることを理解し勢いよく起き上がる。
「ひゃぐっ!」
謎の悲鳴?と同時に防護服のシールド同士が衝突した時特有のゴンという音が鳴る。
ダメージはないがそれなりにの衝撃を受け混乱する。
「く……なに……が?」
「……だ、大丈夫ですか?!」
音標さんの心配そうな声が聞こえてきてようやく状況の理解ができてきた。
俺は音標さんが何かに驚き力んだ瞬間に意識が飛ぶほどの衝撃を受け気絶したのだ。
そして今地面に寝かされ意識が回復したという事だろう。
「大丈夫です……多分。」
そう答えながら癖で目線を右側に向けヘルメット内のバイタル表示を確認しようとして再び何も見えないことを思い出す。
「それよりも、何があったんです?」
まずは一番気になっていることを尋ねると俺の頭の上の方から男の声がする。
「それはな、俺たちが並んで待機していたのを見て驚いてしまったようでな。」
「うおっ!?びっくりした!」
突然の第3者の声に驚く。
「驚かせてしまったな。先ほどはそこの彼女も驚かせてしまったようで本当に申し訳ない。」
そうして謝罪の言葉を発した人物の声には聞き覚えがある。
同じ寮に住む
軍の士官でこの寮での最古参でもある。
「この異常事態だ。何事が起きてもいいようにとりあえずこの寮の前で寮の住人総出で待機していたってわけだ。」
手城さんの言葉に続きて後ろの方から複数の同意の声が聞こえてくる。
音標さんが俺の耳元で小声で伝えてくる。
「皆さん何も見えていないはずなのにキッチリと整列して立っていて敷地に入った瞬間全員が一斉にこっちを見たんですよ?しかも全員簡易防護服姿でした……。」
……確かにそれは怖い。
思わず俺の事を絞め落としても仕方ないかもしれない。
「伶旺、君のお連れさんはどういった方なのだ?防護服の扱い方がよく分かっていないようだったし一般の方だろう?」
「ええ、上皇陛下の屋敷で働いているメイドです。彼女は”見えて”います。」
「なんと?!」
立ち上がりながら答えると”見えている”事に俺たちを除いたその場にいたすべての人がざわつく。
「はい、ポイントは直視装置です。これを装着していればカメラを通して”見る”ことができることが分かったんです。俺は以前、直視装置を使ったことがあったのでそれを取りに来ました。」
「そうか!ならば早く行くといい。この異常な状況を少しでも改善しないとな。」
「はい!それでは行きます!」
そう答えると俺は音標さんを促し寮のエントランスへと向かう。
音標さんが俺の手を引きながら移動を始めると後ろの方では手城さんが直視装置を持っている人に心当たりがないかを尋ねているようだった。
「さっきは本当にごめんなさい。力加減ができなくて……。」
「いや、仕方がないよ。上級防護服は通常ある程度訓練を積んで自分に合った調整を自分でするものだし。」
「そ、そういうものなんですね……。」
「むしろあっさり落とされた俺の方がマズイんだよねぇ。少し落ち込むよ。俺はしっかり訓練受けたんだしさ。もし後で他の人に聞かれてもこのことは内緒だよ?後で先輩たちに叱られちゃうからさ。」
音標さんが自分を責めないように冗談っぽくさらに少し大げさに答えると音標さんは多少気が楽なったのか明らかにほっとした気配を感じた。
音標さんには冗談っぽく答えたが実際に訓練なしに訓練した俺を”落とし”たのは見事としか言えないし、”落とされ”た俺は自分自身の不甲斐なさに落ち込んでいるのは本当の事なんだけど。
音標さんと会話しつつエントランスを抜け玄関ホールへ。
「うーん……俺の部屋は2階だけど、エレベータは止まるかもしれないから階段で行こう。」
警報が鳴った時点でエレベータは使えないと思うので階段から俺の部屋のある2階へと行くことにする。
「ここから階段が始まるので気を付けてくださいね。……もしかして……?」
「どうしまし……うわ!」
階段手前で音標さんが俺の手を放したと思ったら音標さんに抱きかかえられた!
「やっぱり!この方が早いですよね!」
「そ、そうかもしれないけど!そうかもしれないけどっ!」
俺の腰のあたりに手をまわし持ち上げられた俺はそのまま音標さんによって運ばれていく。
上級防護服のパワーアシストの機能を考えれば全く可能だしあり得ることではあったのだが、これまで経験したことの無い感覚と自分が守っていると思っていた女性に軽々と持ち上げられ、なすすべなく(?)運ばれていることに気恥ずかしさを感じてしまう。
ついでに言えば抱きかかえた音標さんのヘルメットが俺のお腹辺りに当たり、防護服越しとはいえ音標さんの胸のあたりが丁度下腹部辺りに当たるのは何というか……非常に……上級防護服の感触機能はなんとも罪深い。
「暴れずに動かないでくださいねー。」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいって!」
「もう少しの辛抱ですよ~。」
まるで子供をあやすように俺を運ぶ音標さんはとても楽しそうだ。
屋敷を出た時から一番明るい声かも知れない。
音標さんが落ち込んでいるよりはよっぽどいいけど、それにしても恥ずかしい。
この状態で下手に動くと上級防護服に不慣れな音標さんでは危ないと思ったので仕方なくおとなしく運ばれることにした。
恥ずかしいけど、恥ずかしいだけでもないし、役得(?)だし?
「よっこいしょ!着きましたよ!」
そういって音標さんは俺を床に下ろしす。
「ふー……ありがとう?……かな?」
「どういたしまして!」
やっぱり楽しそうだ。
「通路の一番奥が俺の部屋なので行こうか?」
「それじゃ……よっこいしょ!」
「え!?また?」
俺の手を引いていくのかと思ったらまた抱きかかえられた。
「こっちの方が早いですから♪」
「ぐぬぬ……。」
そうしてしばらく通路を歩き音標さんが立ち止まる。
「えっと、ここでしょうか?
「そうそう、そこ。下ろしてもらえる?扉どこ?」
「ここです。」
音標さんが俺の手を取り扉横の認証パネルに導いてくれた。
開錠を知らせる音が鳴り部屋へと入れるようになる。
ここまでくればたとえ何も見えない状態でもおおよその位置は分かる。
そのまま扉を開け中に入る。
「音標さんも中に入って。直視装置を探さないといけないし、手伝ってもらえる?」
「ええ、はい……おじゃましまーす。」
俺は土足でそのまま部屋に入る。
出来れば土足で上がりたくはないが非常事態に防護服を脱ぐ方がよっぽどリスクが高い。
それに上級防護服や専用防護服の下は全裸だしな。
俺が土足のまま部屋に入るのを見た音標さんも申し訳なさげに俺についてくる。
俺の部屋はいわゆる2DKというやつになる。
ざっくり説明すれば広い台所に部屋2つって感じだ。
玄関から廊下が真っ直ぐ伸び、突き当りが台所。廊下の右側に部屋2つが並んでいる形だ。
ちなみに廊下の左側は風呂とトイレになる。
「あんまり片付いてないんで恥ずかしいんだけど……見て見ぬふりしてほしい。」
「あの、なんていうか……
「もっと広くて高級な部屋かと思った?俺が継承権もったの最近だし一般人とそんなに感性も変わらないよ?……多分。それに広い部屋は落ち着かなくてねぇ……。」
廊下の右にある部屋の通路に近い方の部屋を開く。
今現在は目が見えない状態なので分からないが、たくさんの荷物が山積みになっているはずだ。
「多分この中のどこかにあると思う。寮に移ってから基本的に手を付けてないんだよね。」
「え……ええ……こ、ひっ……あ、た、タイヘンソウデスネ……。」
音標さんもちょと引き気味だ……引き気味っていうか……何か音標さんの反応が変だ?
……何かあったか?しばらくこの部屋は使ってなかったはず?
音標さんが引くような?
脳内で何か引くようなモノがあったかどうかを必死に思い出す。
「あ!」
思わず声に出てしまったが、思い出した!
あー終わったわ、俺。
「えっとあの……こういう方が好みなんですか?」
「いえ、あの……なんといいますかね?これはその、俺の趣味じゃなくてですね。無理やり押し付けられたといいますか、餞別いいますか……。俺のじゃなくて。」
「あ……はい!わかりました!そうなんですね!そういう事にしておきますね!」
「こういう女性が好みとか、こういったモノがとか、そういう事ではなくて……はい。」
もう何を言っても無駄だろうと思った俺は話を切り上げた。
そう、そこにあったのは等身大のエッチな人形で。
いや、本当に俺の趣味じゃなくて。いいからもってけと仲間から別れの際に無理やり持たされたブツなんですよ?本当に。
……音標さんは絶対これ信じてないよな。
そんな時、俺のヘルメット内でピー!という警告音が鳴る。
うん。
そうなるよね。
知ってた。
上級防護服の機能で自動的に鎮静剤が打たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます