第9話

艦橋は艦の軌道修正が無事終わり、ひとまずの安堵の中にあった。

まだまだ何があるかは分からないので気は抜けないが一つ山を越えたのは間違いなかった。


ひと段落したということで育波さんは張り切って読み上げ機能を付加しているようだ。

先ほど設置した育波さんの”目”となったカメラからモニタ情報を入手し各担当者が手をかざした部分の項目名とその項目の情報を読み上げるものだ。

このことで”見える”人間が手助けする必要のあることが各段に少なくなった。


……この人本当にすごいな。

他にも色々と(中には問題になりそうなモノを含む)隠し玉がありそうだ。


そして、やはり気になったのは艦長の2番艦、3番からの反応が無いという事だった。


移民艦隊は3隻の移民船で艦隊を組んで航行している。

どの艦も何らかのアクシデントで1隻だけになったとしても生き延びられるよう機材や装備も揃えられているし、訓練もされている。


それだけに今まで他の艦を気にせずに行動していたのだが……。

総司令がどうとらえているのか気になる。


「総司令、僚艦について反応がないというのは……?」

「そうでした。朝日蔵様、目視で僚艦を確認することはできましょうか?我々では通信が途絶えているという事しか把握できていないのです。」


艦橋には肉眼で僚艦を見ることのできるモニタもあるにはあるが、そもそも距離が結構離れているので豆粒程度にしか普段は見えない。

そして普段僚艦が映っているはずのモニタにはその豆粒程度すら見ることができなかった。


「……確認できませんね。」

「そうですか……。我々の艦とはぐれた……いえ、我々がはぐれのかもしれませんが、何より無事でいてくれることを願うばかりです。」

「全くその通りですね。しかしAIの沈黙と私たちの視力の喪失、これらは一体……?」

「私には皆目見当も……失礼。」


どうやら総司令に通信が入ったようだ。


「朝日蔵様。皇帝陛下並びに上皇陛下と現状の把握と今後の対応について話をしたいとの事です。」


しばらく通信をしていた総司令は俺にそう伝え、俺もそれに応じる。

皇帝陛下と上皇陛下、総司令等々の豪華メンバーに俺が紛れ込んでいいのかという気持ちはあるが、”見る”ことができるのは俺だけなのでその会議に加わらざるを得ない。


セッティングは俺がやらないとダメだしな。

会議は全て通信で行う。

直接会ってやりたいところだが、目が見えない状態では移動するだけでも大変なので通信のみだ。

先輩秘書の大沼さんや、皇帝陛下の秘書とも協力して通信会議のセッティングをする。


会議が始まり、俺が簡単に現在の状況を説明する。


「……そういったわけで現在は全く知らない宇宙で我々の艦のみで航行している状態です。」

「……2番艦も3番艦も不明……か。」


皇帝陛下が呟く。

2番艦は皇帝陛下の座乗艦だ。

今回は定期的な臣民への訪問で偶々1番艦に滞在していたのだ。

皇后陛下は身重のため今回はこちらにはおいでにならなかった。

ご心中を察するに余りある状態だ。

皇帝陛下はとても優しい方だ。

ご家族だけでなく2番艦、3番艦の臣民の事も心配されていることだろう。


「両艦については心配ではあるが現状では何も分からん。現状何もできる事がない。」


上皇陛下は一度言葉を区切り、皇帝陛下へと言葉を続ける。


「皇帝陛下、心配でしょうが気を張りすぎていてもそれでは陛下自身がもちません。今は深刻に考えすぎない方がよろしいかと。───それに、あちらは全くの無事で我々の方を心配しているかもしれませんしな。」

「伯父上、ありがとうございます。今は推移を見守ることにします。」


そうしてまた皇帝陛下は押し黙ってしまった。

上皇陛下が次の話題を取り上げる。


「もしこのまま盲目の状態であるのなら直視装置の量産も考えなければならない。」


1番艦全体でどの程度の人数が直視装置の利用者であるかは分からないが、今のままではあまりにも人数が少なすぎる。


「その件に関連してなのですが。」


遠慮がちに大沼さんが直視装置に関して補足する。


「現在直視装置の製造メーカーに在庫の確認をしてもらい、1番艦には12台の在庫があるそうです。また、直視装置の調整に関しては一人当たり10分ほどとの事です。さらに、現在AI技師などの優先度の高い業種で直視装置の調整中です。」

「と、いうわけだ。そうは言っても慣れるのに時間がかかる人もいるらしいから、必ずしも装着してすぐに活動できるというとも限らないらしいが。」


上皇陛下が大沼さんからの言葉を引き継ぐ。


思ったよりも在庫あるんだな……というか、調整、早っ!

俺の時は半日かかったのに!

いや、俺の時は他にも検査というかデータ取りもあったから時間かかったのか?

ともあれ早いならそれに越したことはないか。

……ちょっと釈然としないものもあるが。


それにしても、直視装置のメーカーとすでに話が付いているのは流石としか言いようがない。

この分だと政府の方とも話がついてそうだな。


さらに大沼さんが続ける。


「それから……現在直視装置の装着者ですが、全部で51名です。但しこれは艦隊全部の数で1番艦には11名になります。この数には朝日蔵様と育波少尉は含まれておりません。ですので合わせると1番艦には13名になります。」


今度は総司令が大沼さんへ尋ねる。


「そうすると育波少尉のようなリストにない者も何人かはいるのかな?」

「全くいないと断言はできませんが、可能性は低いと思われます。と、言いますのもこのリストは艦隊への参加時、または参加以降に直視装置を使用する事になった方々のリストなので。そもそも隠し持って艦隊に参加する事は通常ありません。」

「そうか。少ないな。人口眼球の人はいるのか?」

「そちらは人には原則禁止になっております。様々な要因などでメンテナンスができなくなる可能性がありますので……。しかし主にAIの実体に利用されいるので生産自体はされているのですが。」


AIの実体、つまりはアンドロイドをAIが操作するタイプのことだ。

一般には実体AIと呼ばれている。

資源衛星内部での実体AIの運用は一般的で1番艦資源衛星でも3体のAIが稼働している。


資源衛星は政府の管轄なのでこちらに情報は入ってきていないだろうな。

AIの沈黙という状況だと実体AIがどうなっているのか気になるところだ。

資源衛星内で運用されている実体AIは通信タイプではなく内蔵タイプだろうからAIの状態が分かりやすそうだが……。


「AIの方も沈黙したままか。」


AIの話が出たところで上皇陛下がAIについての現状を確認する。


「そうなります。原因は未だ不明です。最優先でAI技術者に直視装置の装着を進めています。」

「ならば技術者たちの報告待ちになるか。」


艦内の膨大なシステムはAIの補助が無ければ立ち行かない。

一刻も早い復帰がなされなければ例え艦が無事でも艦内の居住者が無事でいられない。

重い空気が会議参加者たちにのしかかる。


「それでは次に……。目の前の青い惑星に関してだな。」


気を取り直すように上皇陛下が次の話題を取り上げる。

総司令が上皇陛下の言葉に続ける。


「例の惑星は残念ながら我々はまだどんな星なのかを見る事が出来ないでいるのですが……皇帝陛下にはこの目の前の惑星の呼称を決めていただきたいと思います。」

「え、あ、そうだな……われらの故郷より緑の多い惑星と聞いた。あくまでも仮称として”ウィリデ”というのはどうだ?実物を自分の目で確かめることができた際に正式な呼称を決めたい。」


突然話を振られた皇帝陛下は少し動揺しつつもあくまで仮称として”ウィリデ”と名付けられた。


「では仮称ウィリデに関しては……実のところすでに周回軌道に入るところであります。」


居住可能そうな惑星があった場合にはひとまず周回軌道に入り観察と調査を行うことになっているし、特に今回は衝突しそうな軌道であったこともあって周回軌道に入らざるを得なかったという事もあるのだろう。


「周回軌道に入ってから本格的に動くことになるな。皇帝陛下これでよろしいですな?」


上皇陛下が会議の終了を告げ、皇帝陛下に号令を促す。


「うん、それでは各人よろしく頼む。」

「「「はっ!」」」


こうして動き始め、大沼さんは会議の決定を政府へと伝える。


全体の方針が決まったが、まだ周回軌道に入るまでには時間があるので俺も少し休ませてもらおう。

育波さんの読み上げ機能も動き始めているし休んでも大丈夫だろう。


椅子の背もたれに寄りかかり力抜き目を瞑る。

自覚はあまりなかったが疲れていたのだろうすぐに眠りについてしまった……。


…………。


「……。」


横目でヘルメット内の表示パネルの時間を確認する。

30分も寝てたのか。

少し寝すぎたかもしれない。


「すみません寝すぎました。」

「いえ、構いませんよ。読み上げ機能もあって特に問題はありません。ですが……そうですね。そろそろ育波少尉を休ませてもいいかもしれません。」

「それでは私と音標さんと交代して休んでもらいましょう。」


育波さんと”見る”役割の交代をするために未だ俺の横で寝息を立てている音標さんを起こすことにする。


「音標さん、そろそろ起きて。」

「……ふぁい……。」

「そろそろ俺たちと育波さんの交代をするから、疲れているだろうけど……お願い。」

「……え!あ、はい!」


まだ半分寝ぼけていた感のあった音標さんだったが交代と聞いて気合を入れたようだった。


俺が育波さんへ交代を告げようとしたその時。


「な、緊急警報!緊急っス!な、なんっスか!これ!?」


絶叫に近い育波さんの声が艦橋内に響く。

艦橋の窓から先ほどまで無かった巨大なビルが見える。


「ビル!?……違う!これは……2番艦!!!」


2番艦の特徴的な円筒形の船体とその周りに浮かぶ複数の小型資源衛星が俺たちの艦と垂直の向きで存在していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る