第3話
着替え終わった俺たちは次に俺の寮へ向かうことになる。
だが、その前にしておかないといけないことがある。
防護服のナビゲートリンクを設定することだ。
ナビゲートリンクというのはナビ側の設定したルートを誘導される側のヘルメット内のサブモニタにマップと進行ルートを表示させるもの。
この時にルートから外れる場合に警告音を鳴らし、向かうべき方向を防護服内の振動機能で知らせることができるのだ。
つまり、音標さんがリアルタイムでルートを指定するだけで俺は何も見えなくても行くべき方向が分かるという仕組みだ。
「ナビゲートリンク…ですか?」
「これを設定すると音標さんが俺をナビするのが楽になります。」
「へー。面白いですね~。上級防護服になると機能が沢山あるんですね~。あ、こうですか?」
……理解早くない?
俺が説明を始める前にもうナビゲートリンクの設定を始めてる!
「俺の方に通知が届いた音がしているので恐らくあっていると思います。ただ、俺の方では見えないので確認出なんですけど……」
そう言いながら恐らくは「YES/NO」の表示が出ていることを予想して”YES”の選択指示をする。
「あ!ナビゲートリンク成功したみたい!こっちに”リンク接続”ってでました!」
「よかった!こんなにスムーズに設定終わるとは思っていませんでしたよ!これでもう音標さんは俺をリモコンのように動かせるようになりますよ!」
笑って答える。
実際リモコン状態で動くことになるのだ。
操作方法を教えてる中、音標さんと話すうちに印象が変わってきた。
俺の記憶の中の音標さんは凛としてちょっととっつき難い感じだったのだが、話してみるとテキパキとしてそして可愛らしい人だった。
ナビゲートリンクを設定し、操作方法の確認も済み、寮へのルートもインプットした。
俺たちは行動を開始する。
スムーズな行動をするために俺が音標さんを背負う形で移動することにした。
移動時間を短縮するためだ。
専用防護服、あるいは上級防護服の機能を十全に活用するためにはある程度の訓練が必要なため、俺が全力で行動すると訓練を受けていない音標さんは付いてこられないだろう。
さらには不慣れな上級防護服ではシールド機能があるため、自身は怪我をしなくてもパワーアシスト機能などで周りに被害が出ることもあるのだ。
そして俺は周りが全く見えない状況では音標さんのナビが無ければ全力で行動することができない。
なにより背負う形の方が音標さんもナビに集中できると思われる。
音標さんをおんぶし、俺の頭の左側に音標さんの頭がある状態だ。
密着するようにおぶさってもらう。
この方が行動がし易いのだ。
上級防護服には触覚センサー機能が付いており、初期状態ではうっすらと防護服の外側に受けた感覚が肉体に伝わる。
密着感がちょっと嬉しい。
遠慮がちに抱きつく音標さんにもう少ししっかりと抱きつくようお願いする。
このままでは走ったりした時にすっぽ抜けてしまいそうだ。
「もう少しぎゅっとしがみついてもらえますか?このままだと落としてしまいそうで。」
「こんな感じですか?」
それまで後ろから俺の肩に置かれていた音標さんの手が俺の脇から胸の方へ伸び俺に抱きつく──というか羽交い絞めされたみたいになったが──抱きしめられた。
ぎゅっとされる事でまた心拍数が上がってきてるのを感じる。
さすがに防護服の外装部分の感触を感じるだけなので興奮はしない。
…しないはずだ。
「どうしました?……重くないですか?」
ぎゅっとされてちょっと嬉しさを噛みしめていたら音標さんに不審がられてしまった。
「お、重いなんて全然です!大丈夫ですよ!上級防護服はパワーアシスト機能もあるので音標さんが1トンあっても大丈夫ですから!」
「それって遠回しに重いって言ってるんじゃないですか?ふふふっ!ひどい!」
「か、勘弁してくださいよ。」
冗談だとわかる口調で返してくる音標さんに俺は完全に押されながら”最悪”の状況を想定し重くなっていた俺の心はだいぶ軽くなっていた。
「それじゃ、出発しますね。ナビお願いします!」
音標さんのおかげで気持ちの軽くなった俺はゆっくりと進み始める。
現在は秘書室から出たすぐのところ、ホールの奥まった部分にいる。
ホール自体は何もない広い空間なのでカンで進む。
片手で音標さんが落ちないよう支え、もう片方の手を前に突き出し壁などにぶつからないよう、普段の歩く速度の半分程度の速度で歩く。
「何かにぶつかりそうになったら教えてくださ…」
「止まってください!扉です!」
危ない。
もう扉まで来てたのか。
扉は両開きの扉でかなり大きい。
手探りで扉のドアハンドルを探す……手探りで探すが中々見つからない。
そっと音標さんの手が俺の腕を掴みドアハンドルまで誘導してくれた。
「ありがとう。」
「いえいえ。」
そんなやり取りをして扉を開く。
屋敷の扉は大きくても軽く子供でも楽々開くことができるほどだ。
扉は鍵の機能はあるが鍵を閉めるという事はない。
しかし認証を通す必要はある。
認証は誰がどこにいるのかをマークしておくのに必要な手続きで基本的に建物の出入りには認証の処理がなされるようになっている。
この状況で認証装置がちゃんと作動しているのか不安だったが扉を通る。
普段なら屋敷の管理もしているミカミが何のかんのと口煩く喋っているところだが……
バン!
「きゃっ!」
音標さんの声が上がる。
おぶっている音標さんの足が扉にぶつかってしまった。
「す、すみません!」
「い、いえ、私がちゃんとナビしてたら当たらなかったので私の方が悪いんです。」
そうは言ってもおぶっている俺が注意しなければいけなかったことだ。
上級防護服を着ているのでダメージはないはずだが、これは俺がしっかりと注意していなければいけないことだ。
「いえ、いえ、俺がちゃんと空間把握できていなかったので……」
「いえ、私が……」
いえいえの応酬になりそうになりこっと面白くなってきてつい噴出した。
「ふっ」
「ふふっ」
二人同時に軽く吹き出し笑い合う。
「お互い気を付けましょう。当たりそうになったら言ってくださいね。」
「はい。」
こうして再び歩き始める。
「ポーン!」
という認証完了のチャイムだけが鳴る。
「ミカミさんの反応ないんですね?」
「そうですね…彼の状態も心配ですね。」
いつもの送り出しがないだけでこんなにも不安になるのかと思いつつ屋敷を出る。
玄関から正門へ向かう。
門までは50mくらいだ。
方向を音標さんに確認し走る。
門までは何もない開けた場所なので安心して走る。
そして普段通りなら門の脇には宮内省と神祇省の門番がいる。
門番はその役割から普段は防護服を着用し不動の姿勢で門の外で番をしているのだが、異常事態にどうしているのか分からなかった。
「門番はどうしてますか?」
「いつもと違いますね。1人が敷地内の通用門近くに立っています。」
「もしかしたら大沼さんが話を通してくれているのかもしれませんね。」
走りながら話していると門に着き、音標さんの誘導で門番に近づく。
足音が聞こえたのであろうこちらの方に向き直る音がすると門番の1人が話しかけてくる。
「来たか?上皇陛下の秘書と先導者だな!」
「はい、そうです。」
見えないながらも声のする方を向き答える。
俺たちを確認すると通用門を開けてくれた。
どうやら門番には俺たちが来ることが知らされていたらしい。
俺たちが来るまでに通用門を通りやすいように準備してくれていたのだ。
「話は聞いているぞ!一刻も早い原状回復のため頑張ってくれ!」
「はい、最善を尽くします!」
「頼んだぞ!」
「頼まれました!いってきます!」
「……は、はい!いってきます。」
期待に応えるべく気合を入れて可能な限り力強く答えると、音標さんも少し遅れて返事をし門をくぐる。
上皇陛下の御所は小高い丘の上の多くの自然が配置された場所の中心部にあり、丘の下にある街を一望することができる。
付近には公園や神祇省関連の建物もあり、平日休日を問わず天気の良い日には丘の上の公園に散歩に来る人も多い。
しかし、今は朝も早くあまり人はいないはず。
門を出てすぐのところで丘の下の状況を音標さんに聞こうとしたところで警報が鳴り響く。
ようやく政府の方でも対応することができるようになったのだろう。
警報が鳴るには遅い気もするが、何かしらの破壊的な動きも無く、殆どの国民の視力が奪われたという前代未聞の異常事態となれば警報が発令されるのが遅くなるのも理解できる。
”異常事態が発生しております──国民の皆さんは落ち着いて防護服の着用及びシェルターへの避難をしてください──原因に関しましては現在調査中です──繰り返します……”
警報の後にそういったアナウンスが繰り返し流れる。
同時に各所にあるシェルターから位置を知らせる誘導音も聞こえてきた。
音標さんがぼそりと呟く。
「警報…ですね…。」
「恐らくほぼ全員がこの異常事態に遭遇しているでしょうから警報自体はあまり意味がないかもしれませんね。何か起きた際にはすぐにシェルターか防護服を徹底していますから。」
「………」
行き先を音標さんに伝いなければならなかったのだが、押し黙ってしまった音標さんにはなんとなく話しかけづらかった。
そんな状況だったので、ひとまず丘を下ることにした。
丘を下るだけなら誘導装置のナビだけで音標さんの指示が無くても問題ないからだ。
少し歩いたところでにこのままではいけないと話しかける。
警報とアナウンスは繰り返し流れている。
「…ところで街の様子はどうですか?」
俺が尋ねると、音標さんはそれまで胸に回していた腕を放し俺の肩に手を置いて軽く上に伸びるような形で周りを見渡した。
「…特に変わりはないようです。上の街も下の街も…」
答えた音標さんの声は少し震えていた。
元のおぶさる形に戻っても音標さんの手は俺の胸の方には回らず俺の肩に置かれたままだった。
「見た目大丈夫そうなら大丈夫だと思いますよ!それに早朝だし?まだ寝てる人も多いんじゃないんですかね?」
「え…あ、はい……」
音標さんの反応は鈍かった。
街の被害を気にしているのかと思い気に病むことの無いように少し軽い感じで答えたのだがあまり効果はなかったようだ。
明らかに先ほどから音標さんの元気がない。
音標さんが見てくれた市街方面、屋敷の反対側にある街は上下に分かれている。
巨大な展望デッキのような場所に街が作られているのだ。
下の街には主に行政関連施設などが多くあり、上の街は商店などが多い。
上下に分かれた街は一般的に段市街と呼ばれている。
街に大きな混乱が無さそうなのはひとまずは安心できる。
早朝とはいえ小さな混乱はあるだろうが、普段から有事の際の訓練もしているので多くの人が自力で対処できているはず。
そして音標さんのように直視装置を使用している人も多くはないが存在している。
そういった人たちが助けになってくているに違いない。
だが俺にとっての懸念は急に元気のなくなった音標さんだ。
俺は丘の坂を下りながらどうすべきか考えはじめた。
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