第16話
「そうだ、この前の取引では、ぼくは利益を上げましたよ」
クリスは落ち着いた様子で話そうとしているみたいだったけれども、胸にある喜びを隠しきれていなかった。
「相手の商人はずる賢い奴だったんですけどね、提示された額は4000ラトだったけど、私は相場を知っていたから指摘したんですよね。そしたらその商人は悔しそうにしながら、相場額より安く売ってくれました」
前提が経営している小麦畑の話なのか、それとも個人的な話なのか、なんの話をしているのかよくわからない。
けれど、チラチラとレレムにも視線を合わせるあたり、要するに自分は賢いということを遠回しに言いたいのかな、とレレムは思った。承認欲求がにじんでいる。
カルロスは「ほお」と聞いているのか聞いていないのかわからない感想を漏らした。
「ここだけの話ですが、3年経って落ち着いてきましたからね。セルべトス領と交易レベルから始められないかと思っているんです」
「へえ、そうなんですか」
「このワインも贈答用にいただいたものですよ」
人懐っこい語り口で、笑うと左側の口角が強めに上がる。お酒が回り始めて饒舌になってきているらしい。
品のいい陽気さを見ていると、好青年ではあるのかな、とレレムは思い始めた。
「これがうまく行けば、もっといろんなところに繋がりたいと思っていましてね、ここはまだ注目されていませんが、地の利が本当はいいはずなんです。ゆくゆくは商業都市にしていきたい」
自分の管理している土地からの収益源だけではなく、町全体を大きくしたいと考えているあたり、構想は大きい。
目に光が宿っている。楽しそうだった。彼の目にはありありとそのビジョンが映っているのだろう。
しかし本当に目的は商業だけなのか?
レレムは勘繰ってしまう。
ガンドレッドとダーネス王国が最後の軍事衝突を起こしてから、3年がたった。逆に言えば、事実上の休戦から3年しかたっていない。
直接の利益関係ができれば、手を切るのは難しくなる。セルべトス領主がダーネス王に帰順していると言っても、本当に忠誠心があるのかはわからない。セルべトス領を、利益を餌に引き込もうとしているのか。
……それともこれも、ただの勘繰りか。いつもみたいにまた、悪い予想をしてしまっている。
「そのためには領主の許可を得ないといけないんですが、領主の知り合いにボクの友達がいるので、彼にお願いしようかと思っているところなんです」
夢を語る人間特有の、生き生きとした雰囲気が全身から出始めている。そのまぶしさを精神的に当てられながら話を聞いていると、
「それで、ノーヴにも言っといてくれませんか?」
クリスは予想外のことを言った。
なぜここでノーヴ?
クリスの中ではつながっているのかもしれないが、レレムには唐突に感じられた。
「もし何かがあれば、ここを頼ってくれたら嬉しいです」
「……わかりました。ですがノーヴは領主ではありませんので……」
しかも、ドリレウム領主と仲が悪い。
訪れたのに知らないなんてはずは……ないはず。
訪れたら、いや、仮に訪れてなくてもおそらく耳に入るはずだ。
「何言ってるんですか。人望を掌握しているのはノーヴでしょう」
……それは、何が言いたいんだろうか。ノーヴに反乱でも起こせとでも?
「ええっと、人望があるとどうなのでしょうか?」
レレムはわざと理解が遅いフリをして相手の意図をうかがう。
「人望があれば人が使える。人が使えれば大きな事がなせる。権力で人を強制的に動かすにも、限界があるよ」
だんだんと砕けてきた。こういう考え方が、カルロスと親和性があるのかもしれない。
「それよりは人望を生まれつきもっている人間に任せた方がいい。もちろん何を考えているかは見ないといけないけれどね」
違う、ドリレウム領主はノーヴを手懐けるべきだと言いたいのかもしれない。レレムはそう理解した。
ノーヴの思想を管理しながら扱うべきだと言いたいのだろう。
けれど、その考え方は甘いとも、思った。
領主の手に負えないから、領主はノーヴの存在に手を焼いている。そしてノーヴは身近な政治については、かなり沈黙している。ということは、ノーヴは言っても無駄だと思っているのだろう。
そしてやっぱり、なぜそれを自分に言うのか、レレムはわからなかった。
自分の政治能力の高さを自慢したいのかなと思いながら、相槌をうって場を過ごしているうちに、時間が流れていく。ご飯自体はおいしかったから、レレムはそれで満足することにした。
ウェスタリアの種が芽吹くまで 武内ゆり @yuritakeuchi
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