第15話
スープ、焼きたてのパン、牛肉のステーキ、サラダ、ワイン……豪華だと思った。どのくらいお腹に入るだろうかと思いながら、気持ちが動く。
夕べの祈りの後、主人のクリスが食べ始めると、周りに続いてレレムも食べ始める。
「レレムさんはどこからいらっしゃいましたか?」
「ダーネス王国のドリレウム領からでございます」
クリスはさっそく話題を振り始めた。
質問はいつか絶対くると思っていたから、すぐに返答する。
「ああ、あそこですか。風光明媚で良いところだと思いますよ」
「そう言って頂けて嬉しく思います。あら、いらっしゃったことがおありですか?」
「ええそうです。ドリレウムといえばノーヴという魔女が有名でしてね、一度会ってみたいと思って旅中に訪問したことがあるのですよ」
「そうですか。確かにノーヴは有名ですからね。お会いしていかがでしたか?」
レレムはあえて中立的な言い方をした。
レレムがノーヴとのつながりを伏せて話そうとしているのにカルロスは気づいたのか、カルロスからの視線を微妙に感じたが、レレムは無視することにした。この視線は頑張って黙殺すれば、済むはずだ。
「なかなか面白い人物でしたよ。博識でありながら、思想の柔軟性も持っている。未来予知というので御託を告げるような巫女をイメージしていたのですが、彼女は未来を下ろすというよりも、彼女の頭の中に入っているような印象がありましたね」
「未来、ですか……」
ノーヴ自体は、自分の未来には無関心だ。
私も知りたい気持ちはなくもないけれど、それほどでもない、とレレムは思った。もし悲惨な未来だったら知らない方がマシだし、幸福な未来だったら、待ち遠しくなりすぎて、それがくるまでの間耐えられなくなりそうだ。
……こんな考え方をするくらいだから、知らない方がいいと思う。
「レレムさんはノーヴと出会ったことがあるのですか」
クリスは、さらに話を掘り下げようとしてきた。
運が悪いことに、相手はノーヴに対して興味があるらしい。レレムはできるだけ自分の感情を入れないように努めながら、返事をした。
「ございます」
「そうなんですか、あの人は本当に面白い。ドリレウムの街の住民はみなさん恩恵を得ているのでしょうか」
「大方そうかもしれませんね」
頭の中に生成したワードを、多少申し訳程度に抑揚をつけて口に出す。
飽きっぽいのか、それともレレムの無言の感情を察したのか、クリスは人の良さそうな笑顔のまま別の話題を聞いてきた。
「この町を出た後は、どこへ行く予定ですか?」
「王都に行こうと思っております。ノーヴから働き口を紹介されましたので」
「……へえ」
と言った声が、一瞬低く聞こえた。
「それはすごい。レレムさんは優秀なんですね。ノーヴから仕事を紹介されるなんて相当ではありませんか。神話に出てくるエルマリアの弟のようだ」
すぐに明るいトーンに戻る。
「そうでしょうか……?」
なぜ神話で例えようと思った……?という疑問が湧いてきた。
けれども、しかもそれは男性……、という事実のせいで、またか……、とレレムは思った。
困惑している間に、クリスはまた話題を変える。
「ああそうだ、今日のワインはセルべトス製のなかでも大変珍しいものなんですよ」
「お、そうなのか」
それを聞いたカルロスは飲まなきゃ損だという勢いで飲み始める。現金だ。
レレムも話題を提供されて、赤い液体に視線を移す。
セルべトスはダーネス王国の領土で、たくさん葡萄畑があるところだ。この町から近い。
全く飲まないのも勧めてくれた主人に悪いから、レレムは少し傾け、口だけつけて飲むフリをした。
クリスの視線が自分に向いた。
「美味しいでしょう?」
「ええ、まあ……」
わずかに入ってきた分が、口の中で苦く広がる。
ノーヴが「お酒は二十歳になってから」と言っていたのは飲まない理由と関係ないが、そもそも何がいいのかよくわからない。
ある時、水がなかったときに少しだけ飲んだことはあるが、すぐに体が熱くなったから、おそらく弱いのだろうと思っている。
「気に入ったらまだまだありますから遠慮なさらず」
「うまいな」
カルロスは遠慮なく浴びるようにグビグビといっていた。
それにクリスは笑った。瞳に少年が宿った。
「やあカルロス、今日は家来にもお忍びで観光したんだって?」
「隠れてはない、堂々と、な」
とカルロスは笑う。
「それは傑作だ。羨ましい限りだよ」
クリスも笑い声を立てた。それから、
「ゴホン……」
大事な話をする前ぶりのようにクリスは咳払いをする。ワインは半分減っていたが、顔色が全く変わらない。
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