第14話
執事は笑顔を保ったまま告げた。
「何も言わずにどこかにお出かけなさるのは観心しませんな」
私もそう思います、とレレムは同意した。
しかしカルロスは、ニヤニヤと陽気な含み笑いを作りながら、
「まあまあまあ、それは後で、で。今日は知り合いに出会えたんだよ」
と話題をそらして、出会った経緯を説明し始める。
「街を歩いていたらばったり会ってな。そういえば書店には行けたんだっけ?」
「行けましたよ」
「で、その後もばったりあってな。これはもう運命だと思ったから部屋数も空いているだろうし泊まらないかって誘ったんだよ、それからちょっと薬屋に寄って……」
このままだったら執事が叱責してもいいような気がするが、そうはさせまいと思っているのか、いい具合に時間が消費されていく。
まさかじゃないけど、そのために呼ばれたのだろうか……?
「それはそれは、聞きたいのはやまやまなのですがお食事処に先に向かいましょう」
という執事の言葉を勝ち取っていた。
「記憶違いなら恐縮なのですが、もしかして先ほどお会いしましたか」
レレムに向かって、執事は尋ねてくる。さすが記憶力がいい。
カルロスは意外そうに口を開いた。
「お、そうなのか」
「はい……。レレムと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「おお、これはこれは。私はグスタフです。以後お見知りおきを」
グスタフはにこやかに挨拶を返す。
レレムは改めてその姿を観察した。
長身で肩幅が広く、がたいがいい。そのせいか、ジャケットを着ても仕事のできそうな雰囲気の奥に威圧感があるように感じる。
カルロスより年上のはずだけど、自己管理もしっかりしているのか、それとも胸に野望でも秘めているのか、老いや衰弱を感じさせない活気あるオーラを放っている。
カルロスは何かを言いたそうにしていたが、やめた。執事に対して子供っぽい感情が抜けきれていないように見えた。
反対に執事は、客人の前だからか私情をおくびにもにじみ出さない。その対照的な二人に、おかしみを感じた。
食堂に入ると、白いテーブルクロスのかけられた長テーブルに、6つの椅子があった。だだっ広い部屋の大きさから見て、客人の人数によってテーブルの数を変えているのだろうと思った。
席の一つが、すでに埋まっていた。礼装を着させられた、という表現が似合うような、ぼんやりと宙を見ている老人が座っている。
入る前に案内係に「叔父様もいらっしゃいますが、耳を悪くされておりまして……会話もままならないことも最近は多いので、お気になされずお過ごしください」と伝えられた、その人だろうと思った。
老人はレレムを見て、
「おお……」
表情に不安そうな影がかすめた。目も悪いのか、見えにくそうに目を細める。
レレムは咄嗟に微笑を作って、挨拶をした。
「こんばんは。本日はご一緒させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
レレムが一礼すると、動いたり話したりはしなかったけれどもこわばった表情筋が少し緩んだように見えた。耄碌した叔父がいると言っていたが、外に表現するシグナルが少ないだけで、本当はわかっているのかもしれない。
席に着くように促され、レレムは言われる通りにする。
客として招かれるということは、周りに選別の目で見られるということでもある。レレムは既に複数の視線を感じて、居心地の悪さを感じた。こういう時に堂々としている人は羨ましい。気にしていないのか、気づいていないのかはわからないけれど。
けれど、羨ましがっても敏感な感受性が消えるわけではない。
そういう時は、一番自分にとって重要になってくる視線への対応に、意識するようにする。
この場合は……。
「ああ、みなさん。今晩も集まってくださってありがとう」
主人が入ってくる。
30歳もいっていない、若旦那という印象だった。
準正装をしていたが、シャツといい上着といい、布の質感が違うのが見えた。黄土色の短髪にはワックスがかかって、きれいに整えられている。
切れ長の瞳の色は緑。確かに一見すると優しそうに見えるけれども、その瞳の奥に冷たさが宿っているようにレレムは感じた。視線があった瞬間、氷の矢で射抜かれたような気持ちに襲われた。
気のせい?
主人はすぐに目を細め、慣れた様子で歓迎の意を示した。微笑むと左側の口角が強めに上がる。
「本日も新しい客人がいらっしゃったようで。これはどうも。私はクリス・ハーグリーヴズ と申します。お会いできて誠に光栄です。どうぞリラックスしてください。ここを自分の家だと思ってくださって構いませんよ」
新しい客人——自分のことだ、と気づく。
レレムは一礼してから自分の表情、姿勢、声の調子に気をつけて挨拶を返す。
「初めまして。レレムと申します。この度はカルロス様のご紹介に預かり参列させていただきました。このような機会をいただき誠にありがとうございます」
リラックスする?
そんなの無理に決まっている。別に相手が貴族だからとかじゃない。どんな反応をするのかわからない初対面相手に、自分の本心や感情をさらけ出すことなんてできない。
そんなことをブツブツと思いながらも、運ばれてくる料理に目を奪われた。
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