第13話

 いろんな食べ物が並んでいるのを見ながら、ふと、明日のご飯が必要だなと思い立った。


「少し買い物をしてもいいでしょうか?」

「ん? 飯なら屋敷で食えるぞ?」

「早ければ明日出発しようと思っているので。買える時に買っておかないと」

「ああ、それなら行けばいいんじゃないか?」


 特に止める理由なんてない、というふうに、カルロスは言った。


 さっそく、量り売りになっているナッツ類とレーズンやベリー系のドライフルーツのコーナーに向かうと、ふわふわとした白いカビが生えていないか、変色していないかを確認しながら、小分けに袋に入れる。それから足りなくなってきた日用品もいくつか購入した。


 ほくほく顔のレレムと、その袋を見て、


「好きだなあ」


 カルロスがコメントした。アーモンドやピーナッツが好きなのを、知っているからだろう。レレムは笑顔のまま答えた。


「保存が効きますから」

「リスかよ」


 リスかどうかと聞かれて、レレムはどう答えたらいいかわからなくて考える。

 別に穴ぐらにこもって木の実を食べたり植えたりするわけではない。だから厳密に考えればリスではないのでは……と考えて、カルロスが望んでいるのは厳密さじゃなくて言葉遊びをすることだと、思考が至った。


「私がリスなら、カルロスさんは何になりそうですか?」

「うーん、サルかな」


 という言葉に、確かに顔つきが若干似ているかも、と失礼ながら思ってしまう。


「へえ、どうしてですか?」

「自分を賢いと思っているからだな」

「……そうなんですね」


 言葉の奥にある意味が、なんとなく察することができた。

 ……確かに、次男であるカルロスは、家での立場が曖昧だ。後継ぎの長男に抹殺されないように、道化を演じている状態だと言えなくもない。


 あまり重い話になってもよくない。この辺でいいかと思い、話題を変える。


「そういえば、知り合いの屋敷っておっしゃっていましたけど、その人はどんな方なんですか?」

「ああ? そうだな、まあ言っちゃえば地主なんだけど、若くて、優しい人だよ」

「そうなんですか」


 優しいという言葉は、一番参考にならないと、レレムは思っている。人あたりがいいという意味にしかならない。

 まあ、会ってみればわかるでしょう、と思った。

 貴族であれば、通常、移動方法は徒歩よりも馬車など乗り物を使うことが多い。

 しかしそれは通常の場合であって、今、カルロスは脱走している。

 ということで、徒歩で移動していた。


 到着すると、屋敷というより、小さな要塞のようだった。

 石塀は低いところで3メートルくらいあり、その前に堀があり、そこに水が張っている。


「大きいんですね」

「まあ、こういうもんだろ」


 レレムの言葉に、そういう感想を言うあたり、育ちの良さが隠しきれていない。


 入りにくいということは、防御しやすいが外に出にくいということでもある。堀の深さは2メートルくらい。石塀の上から飛び込んだら、水の衝撃で助かるのか、それとも地面の底にぶつかってしまうのか、と考えていると、入り口についた。


 門番と軽く話した後、木扉が上に持ち上げられていく。少しずつ敷地の中が見えるのに、レレムは高揚感を感じた。


「カルロス様、おかえりなさいませ。あの、そちらは……」


 木扉が人が通れるくらいの高さまで上がると、お世話係らしい女中が現れ、訊ねた。


「おう、俺の友達だ」


 友達……? レレムは言葉のチョイスに意外に思ったけど、何も言わずに見守ることにした。


「さようでございましたか。ようこそお越しくださいました。どうぞごゆっくりとお過ごしくださいませ」


 丁寧でそつのない挨拶をされる。


「お世話になります。よろしくお願いします」


 レレムも丁寧に挨拶を返すと、なぜか相手は驚いて、


「ええ、あの、よろしくお願いいたします」


と返された。それにレレムも戸惑いを感じた。


 ……もしかすると、ここに来るのは偉い人ばかりなのだろう。丁寧に挨拶を返されることが少ないのかもしれない。


 これは悪いことをしたのかな、とレレムは気持ちが揺らいだ。郷に入れば郷に従え、だ。あまり目立ちたくはないんだけども。次から気をつけよう、と思った。


 敷地の中は、かなりの広さがあった。庭園が西陽に輝く。植物はちらほらと花を咲かせて、光と影が美しかった。


 屋敷にも、ほんのり明かりがつき始めている。窓ガラスからこぼれ出るオレンジ色の光は、豊かさの象徴に見えた。


「……」


 古き良き建築様式がそこにあった。


 歴史を積み重ねたものの雰囲気は、レレムの好きなものだった。

石造のゴツゴツとしたテクスチャ。何ともいえない灰色。苔が蒸した後の茶色い跡。


 虫が視界をよぎる。夕陽に照らされた屋敷の壁は赤黄色に染まり、濃い陰影をつける。


 月明かりに照らされたこの建物は、どんな表情を見せるのだろう。レレムはその情景を想像した。


 地面の土は柔らかい。馬車が通れるよう、綺麗に石畳で舗装されている。住み込みで働いている人の家が、奥に並んでいる。そして裏手に馬小屋があるらしく、動物の匂いがする。


 レレムは頭の中で、どこに何があるのか、地図を作っていく。


 確かに、ここは安全かもしれない、とレレムは思った。ここだったら変な人は入ってこれないだろう。


 それほど距離はないのに、屋敷まで移動する小型の馬車が出た。


「何人くらいが働かれているんですか?」


 この生活を回していくのに、どのくらいの人数がいるのだろう。


「20、30人くらいです。不定期に来る人も含めると50人ほどになりましょうか」

「それはすごい、大人数ですね」


 レレムも一時期屋敷で働いたことがあるから、その人数の意味することが体感としてつかめた。


「町で一番大きい屋敷ですから」


 町で一番。

 ウェスタリアも言っていたことを思い出した。

 それが、ここでは自慢できるポイントなのかな、と推察する。


 屋敷の入り口は、吹き抜けのホールとなっていた。ホールでは音が響きやすい。けれどもそれに紛れて、足音の響く音が、なんというか、他の家に入った時よりも空気を多く含んでいた。地下があるのでは?とレレムは思った。これだけ大きければ、そのくらいあってもおかしくはない。


「あー……あの、急に押しかける形になってしまって……」

「問題ございません。来客される方もいらっしゃいますから」


と案内係の女中は答える。


 ちょうどその時、


「あっ」


カルロスが声を上げた。視線の先には、見覚えのある服装をした執事が、一物抱えた満面の笑みを浮かべている。あの人は、カルロスの旅行についてきている執事だったらしい、とレレムは二人の空気感で察した。

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