第41話 オッサン、魔王になる

「がっ……ぐうううううううううううううううううううううううぅッッ!」

「まっ、魔力供給……っっ!」


 バラバラになった俺の肉体は、ボトボトと音を立てて地面に崩れ落ちた。スプラッタ映画のようなグロシ-ンだが、血が出ていないのは救いか。


 まだ意識はあるが、魔力が大量に漏出している。リーシャの瞬間治癒も、なぜか効果がないようだ。


 牧場で頭と胴を撃たれた時よりも、回復力が大幅に落ちている。虹の光が傷に付着し続けているせいだろう。

 想像以上にライトナイツのスキルは凶悪だったようだ。


「ぐっ、リーシャたちは……」


 せめてここから逃げてほしかったが、そんな願望を嘲笑うように、ライトナイツはリーシャたちの方へ向き直った。


「テキ……スベテ、ケス」

「ハーハッハ! それでいい! すべて殺せ! 私に逆らう者は一人として生かすな!」


 ハインツの高笑いが聞こえてくる。ムカつくが、いまはどうすることもできない。

 俺の体は一ミリも動かない。


「魔力供給! 【瞬間治癒】! 【瞬間治癒】! どうして治りませんの!?」

「化け物が。かかってこい! ハインツを殺すまで死ねるか!」


 何度も治癒魔術を使う声が聞こえてくる。リーシャの気持ちを嘲笑うように、俺の体は治らなかった。


 いまのライトナイツは、クラリッサの身体能力でも一分持つか怪しい相手だ。ここで動かなければ確実にリーシャが死ぬ。


「自分の主人一人助けられないでなにが使い魔だ。動け……動け……!」


 変身スキルを発動して肉体を再生しようとしたが、切断面に変化はなかった。このままなにもできずに終わるのか。


 そう考えた次の瞬間、頭の中で声が響いた。


『苦戦しているようだな。我が魂の継承者』


 それは俺の前世だという魔王の声だった。話しかけられるのは、マイヤの工房にいた時以来か。


「なんの用だ。のんきにおしゃべりできる状況じゃないのはわかるだろ」

『安心しろ。我との会話は現実では一秒にも満たない。そこで貴様に提案がある』

「なんだよ」

『我の力を一時的に貸してやろう。スキルの規模も破壊力も、いままでとは比較にならんレベルになるはずだ。当然、あの程度の使い魔に勝つことなど造作もない』


 こちらからしたら願ってもない提案だ。だがそんな都合のいいことができるなら、もっと早く言うべきじゃないのか。

 全身バラバラにされるまで、言い出さない理由がない。


「で……どんなリスクがあるんだ?」

『ほう、気づいたか』

「当たり前だろ。ノーリスクならもっと早く言ってくれ」

『貸せば貴様は魔王として戦うことになる。この世界の基準なら星界級の上か。それだけの力に精神力が耐えられるかだな。最悪の場合自我を失い、魔力が尽きるまで世界のすべてを破壊することになる。あの魔術師の女も含めてな』


 すべては俺のメンタルしだいってことか。失敗すればライトナイツに敗北するよりも、最悪な展開になる。


 ここは冷静に時間をかけて考えた方がいいのかもしれない。大量虐殺者として、歴史に名を残す可能性だってある。


 だが、俺の答えはもう決まっていた。


「力を貸してくれ。俺がお前の生まれ変りだってことを証明してやる」

『グハハハハハハハ! 面白い! では足掻いてみせろ戸羽竜二!』

「お、おおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッッ!?」


 全身が沸騰するような感覚に襲われ、バラバラになった体が元に戻っていく。

 魔力が脳天からつま先まで駆け巡り、いままでの自分が分解され、再構築される衝撃。


 現実世界で一秒が経過したと認識した瞬間、俺はその場で立ち上がった。


「リュウジ!? 復活しましたの!?」

「一体どうやったんだ」

「ば、馬鹿な!? あれほどの損傷から再生できるわけがない!」


 リーシャにクラリッサ、ついでにハインツも驚いている。死体がいきなり蘇ったんだから当然か。


「さっきの俺とは違う。決着をつけるぞライトナイツ」

「……ゲガ。キエ……ロ。ギギギギギギギギイッッ!」

「【変身・降魔】!」


 頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。変身のイメージは魔王として君臨する自分。

 あふれ出る魔力は炎に変わり、全身を覆って俺を別の存在に作り変える。


 炎が消えた時、俺は頭に山羊の角を生やし、燃える蝙蝠の翼を羽ばたかせる魔王に変身していた。

 周りの木が膝くらいの高さしかない。体長は三十メートル以上ありそうだ。


「リベンジの時間だ。いくぞ」

「ギガ、ガガギギギギギギギギギッ! 【虹の大光閃・大滅界砲】」


 ライトナイツがスキルを発動し、虹色のビームが俺の体に直撃する。だが、もう消滅させられることはなかった。

 月まで届きそうな激しい虹の奔流を、すべて胸板で受け止める。


「フンッ!」

「ギッ!? イイイイイイイィ!?」

「な、なんだその姿は!? まるで魔界の王のではないか!?」


 理性を失ったライトナイツでも強さがわかるのか、この戦いで始めて動揺していることがわかる。

 ハインツも予想外の事態に、慌てだしている。


「ハインツ、サマ。コレハ……」

「怖じ気づくなライトナイツ! 撃って撃って撃ちまくれ!」

「アビビビィ……【虹の大光閃・連千極砲】!」


 頭上に魔法陣が展開し、虹色のビームが無数の雨となって降り注ぐ。

 俺は羽を巨大な広げて、リーシャとクラリッサを守った。


 すべてを消滅させる強力無比な光線も、いまは皮膚を軽く焦がすだけだ。


「変身・王鉄」

「アギ……ギガアァ!?」

「まさかそれは……魔王の武具か!?」


 拳が赤黒いガントレットに変身する。その周りに巻き付いているのは、ヒュドラと呼ばれる多首の大蛇だ。


 魔力がガントレットのある腕に集中し、圧倒的な力が漲ってくるのがわかる。

 肘からはロケットを打ち上げるように火炎が噴き出し、星をも砕けそうな力が溜まっていく。



「待ちたまえリュウジくん! いまからでも話し合いで解決できないだろうか!? やはり争いはなにも産まないと思うんだ!」

 「これで終わりだ。吹き飛べ」

「アガッ!? アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」


 肘のブーストで加速したガントレットが、ライトナイツの全身を捉える。

 ビキビキと鎧に亀裂が入る音が聞こえ、肉体が崩壊に向かっていく。


 腕を振りぬいた瞬間、パァンッと甲高い音が響き、ライトナイツは塵となって、この世界から完全に消滅した。


 あとには僅かな魔力の残滓さえ残らない。


「すごいですわ……。これがリュウジの真の力ですのね」

「なんて威圧感だ。桁外れだな」


 リーシャとクラリッサの声が聞こえてくる。二人と勝利を喜びたいところだが、ここからが問題だ。


「ぐっ、あぐうううううううウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウううううううううぅッッ!」

「どうしましたの!? すごく苦しそうですわ!

「来るな! 巻き込まれるぞ!」


 魔王の力が体を蝕んでいくのがわかる。圧倒的な破壊衝動が、俺の意識を乗っ取ろうとしてくる。

 この世界のすべてを壊したくてたまらない。


「くそっ、飲み込まれる……!」


 前世で散々味わった苦渋の記憶が蘇ってくる。借金を残して蒸発した父親、母さんの死、借金の取り立てや長時間の重労働。


 世界のすべてを憎んだ怒りが、全身に回ってくる。


「壊したい……なにもかもを……ごあ、ガグウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥッッ!」

「そんなリュウジの体が!」

「完全な魔王になろうとしているのか。しっかりしろ使い魔! このままではすべてが吹き飛ぶぞ!」


 肉体が膨張を始め、体は二倍、三倍とさらなる巨体へと変貌していく。

 羽が次から次へと増え、牙が口から溢れ出す。


 暴力衝動を抑えられなくなってくる。


『どうやらここまでのようだな。残念だが我にはどうにもできぬ。なにもかも灰燼にするのだな。貴様の主人も仲間も』

「リーシャを……だと……?」


 それだけ絶対にできない。

 夢も希望もない世界から、俺を引っ張り出してくれた大恩人を。

 自分の手で殺すなんて、やってたまるか!


『やはり我の力には耐えられぬか。あきらめて意識を飛ばせ。せめて世界を破壊する光景だけは見えないようにしてやろう』

「馬鹿にするな。俺が……戸羽竜二が《千の顔を持つ暴王》! ガルティノーサだ! 前世は引っ込んでろ!」


 俺は破壊衝動を拳にこめて、自分の胸を貫いた。体に大穴が開き、強大な力が抜け出ていくのがわかる。


 変身が解除され、俺は人間の姿に戻った。


『驚いたな。まさか精神力だけで我に抗うとは』

「これからは安心して俺に任せろ。魔王らしく暴れてやるよ」

『フン、ひよっこが吠えよるわ。まあいい。貴様が我の力をどう使うか見ものだな。ではしばしの別れといこうか』

「……ッ! ガルティノーサッッ!」


 頭の中からガルティノーサの意識が薄れて、眠りについていくのがわかる。

 俺をいまの魔王だと認めてくれたのだろうか。


 少し感傷に浸っていると、体が落下を始めていることに気づいた。

 ヤバい。


 このままだと地面に激突だ!

 もう指一本動かす魔力がないのに!


「魔術障壁! 【保護展開】!」


 地面にぶつかる直前で魔法陣に包まれ、ゆっくりと下りる。

 はー、危なかった。


 俺を助けてくれた、リーシャが慌てて駆け寄ってくる。


「おかえりなさい。リュウジ。本当に……本当に無事でよかったですわ」

「ただいまリーシャ」


 リーシャは俺を膝枕しながら、涙目で顔を近づけてくる。

 こんな状況で言うのもなんだが、やっぱり彼女は美人だ。


 金髪の縦ロールが頬に触れ、薔薇の香水が鼻をくすぐってくる。


 心地よい疲労感を覚えながら、主人の手を握った。










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