第39話 オッサン、驚愕する
「終わりだなハインツ」
「この私が不覚を取るとはな」
俺はじりじりと距離を詰める。
召喚魔術がある以上油断はできないが、魔力を流して召喚陣を発動する時間は与えないつもりだ。
まだ奥の手を残している可能性もあるから、油断は禁物だが。
「両手を上げて壁につけろ。なにかしたら容赦なく斬る」
「待てリュウジ。そいつの処分は私に任せる約束だぞ」
「まず拘束してからだ。後は好きにしてくれ」
クラリッサが口を挟んでくる。
復讐相手に手を下せるチャンスを前に、落ち着かないのはわかるが、いまは動きを封じる方が先だ。
手を手錠に変身させ、警戒しつつ近づいていく。
ハインツは唇を噛んで、この状況がマズいと理解しているようだが、唐突にしゃべりはじめた。
「待ってくれリュウジくん! どうか私を見逃してくれないだろうか?」
「いまさらなに言ってんだ。犯罪者がよ」
「私の計画が成功すれば、魔術協会は必ず正しい方向に進むと約束する。実験の犠牲になった子供たちも報われる。どうかあと少しだけ時間を与えてくれないだろうか」
どうやらハインツにも事情があるらしい。だが俺はその計画に興味はないし、いまさら許すつもりなかった。
マイヤを撃って、リーシャを人質にしたこと忘れてないからな。
これ以上敗者の悪あがきに付き合う時間はない。
「私の計画とはつまり……」
「ハインツの計画はいまの魔術協会会長の暗殺ですわ。聞くに堪えない稚拙な内容です。これ以上会話につき合う必要はありませんわよ」
「だとさ。あきらめて手を壁につけ」
「ぐ、ぐぬぬぬぅ……」
ハインツの顔はリンゴのように赤くなった。ギリギリと歯ぎしりの音まで聞こえるが、どう見ても詰みの状況だ。
無駄に抵抗せず観念しろって感じだな。
「こっ、この私が……ハインツ・ゴールドスミスがお前らのような銅級の雑魚に屈するものか! 限定召喚! 【深淵から──」
ポケットから召喚陣の描かれたハンカチを取り出し、まだ魔術を使おうとする。まったく、こいつはどこまで往生際が悪いんだ。
俺はハンカチを持った方の手を、ためらわず日本刀で切断した。ブシャアアアアァーッと派手に血しぶきが噴き上がって、机を紅に染める。
生臭い鉄に似た匂いが部屋に広がった。
クラリッサはもっとやれと言わんばかりに鼻を鳴らし、リーシャは口を押さえて顔を背けていた。
「がっ、ぎいいいいぃ……!」
「容赦なく斬るって言っただろ。ほら腕を出せ。止血してやるから」
「フ、フフフ……フフフフ……」
机にボタボタと血を流しながら、ハインツは笑っていた。
「なにが可笑しい」と言おうとして、俺は魔眼が疼いていることに気づく。
この展開は絶対にヤバいパターンだ。
いますぐに昏倒させようと、日本刀からハンマーに再変身させ、スイングしようと振りかぶる。
「ハーハッハッ! 経験不足だよリュウジくん。私はまだ終わらないイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィッッ!」
机に彫られた薄い溝に、血が流れて召喚陣を描く。ハインツの残った手には、使い魔との契約書があった。
契約書が召喚陣に叩きつけられると、ドス黒い光が湧きあがってくる。
おびただしい魔力の影響で、バチバチと空気中に火花が飛び散る。
「いますぐその手をどけろ! 心臓を貫くぞ!」
「魔力供給うううううううううぅッッ! 【血の対価・魔力解放】!」
声が響いた瞬間、黒い閃光が輝き禍々しい魔力が波紋のように広がった。衝撃で空気が震え、家具が倒れはじめる。
ビキビキと床や柱にヒビが入り、古城そのものが崩壊しつつあるのがわかる。
このままでは全員生き埋めコースだ。
「リーシャ、クラリッサ俺につかまれ!」
「はいっ!」
「仕方ないな」
二人を抱えると、窓を蹴破って城外に飛び降りた。ビルの十階から飛び降りる高さがあったが、この体なら問題なく着地できる。
その数十秒後、地響きのような音を立てて古城は完全に崩壊した。土埃が舞い上がり、瓦礫がうず高く積み上がっていく。
脱出する前にハインツの横を通ったが、あいつは最後まで笑っていた。あの魔術は一体なんだったんだ。
「終わり……ましたの?」
「ハインツもライトナイツも瓦礫の下だ。あの魔術は失敗だったようだな。間抜けな男だ」
「リーシャ、クラリッサの隣にいろ。クラリッサはいますぐ剣を構えて気を抜くな」
「どうした。なにを焦っている」
「俺の勘がヤバいと言ってるんだよ」
この「やったか!?」みたいな展開はよく知っている。こういうパターンは高確率でやってないやつだ。
魔眼で視ると案の定瓦礫の中にまだ魔力の反応が──
「なっ、に……!?」
瓦礫の中から飛び出したなにかによって、俺の右腕は引き千切られていた。速すぎて魔力の漏出もまだ起こっていない。
一体なにが起こったんだ。魔眼を発動していたのに、まったく視えなかったぞ。足元を見ると、二本の線が地面を削った跡を残して続いている。
「ハインツ……サマ。メイレイ……テキ、コロス」
地面をえぐり取りった跡を目で追うと、数十メートル離れたところにライトナイツがいた。
だが、その姿は先ほどまでとまったく違う。
黄金の鎧には黒い血管のようなものが蔓延り、手と足には鋭い爪が生えている。兜の中にいた複数の眼球は、割れた部分から露出していた。
「ま、魔力供給! 【瞬間治癒】!」
「なんだあいつは。一体どうなってるんだ!?」
「クラリッサ、絶対にリーシャのそばを離れるなよ。そっちを守る余裕はないかもしれない」
ライトナイツから感じる魔力が、凶悪なまでに膨れ上がっている。魔眼を使っていると発光が強すぎて、前が見えにくいくらいだ。
この世界に来てからそれほど経っていない俺でもわかる。こいつは捕食者のピラミッドで、頂点側にいるやつだ。
治癒の完了した右腕を日本刀に変身させ、俺は静かに構えた。
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