第37話 オッサン、ピンチに駆けつける
「それでどっちの女の脳を吸えばいいんですかい?」
「金髪の方だ。記憶を吸収したらお前が脳に変身して身体を操縦しろ」
オッペバロスの細長い口からさらに細長く、先端が針のようになった舌が伸びてくる。好物を前に舌なめずりをするように、口元が歪んだ。
「そ、それ以上気持ち悪いものを近づけないで! わたくしに触れたら許しませんわよ!」
「キャヒヒヒ、いい顔だぁ。いまオレのぶっといやつを頭蓋骨にぶち込んでやるからなぁ」
舌の先端が額に狙いを定め、ゆっくりと近づいてくる。明確な死の気配にリーシャの全身から汗が吹き出し、膝が震えだした。
オッペバロスは恐怖におびえる表情を楽しむために、触れる寸前のところで舌をチロチロと弄ぶ。
ハインツは少し気分が晴れたのか、ワインを口に流し込んだ。
「こ、こないで! 止まりなさい!」
「どこまでゴミクズなんだ貴様は!」
「私だって有能な魔術師を殺すのは心苦しいんだよ。キミが私の名前さえ出さなければね」
「────ッッ」
魔術師狩りの殺意が限界に達し、ハインツに飛びかかろうとする。
しかし、現実は五体を拘束している触手が軋んだだけだった。
「いや……やめて……
「イヒヒ。んじゃいただきまーす」
「あ、ああ……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!」
舌の先端が額に触れ、侵入を開始しようとする。気丈に振舞っていたリーシャも、ついに耐えきれなくなり、頬を涙の粒が伝い落ちた。
魔
術師狩りすら顔をそむけるほどの、絶望に彩られた悲鳴が私室に響き渡る。
(リュウジ……わたくしを助けて……!)
瞳を閉じ死を覚悟したリーシャが最後に想ったのは、自分を諦観から救い出してくれた使い魔のことだった。
◆◆◆◆
無数の海鳥から逃げ切り、俺は目当ての穴にたどりついた。穴の奥には出口らしき光が見える。
今度こそ正解であってくれと祈りながら、光の中に飛びこむ。
「あれは……リーシャか!?」
次に視界へ入ってきたのは、上から見たリーシャの姿だった。すぐそばには魔術師狩りの姿もある。
いや、その前になんだあの気持ち悪い使い魔は。グロくてキモ長い舌をリーシャに近づけるな。
相手を見た目で判断するべきではないのだろうが、あのビジュアルはどう見ても敵だ。
俺は腕を日本刀に変身させると、使い魔の伸びた舌に振り下ろした。
「ギャヒ!? へ……ヒギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィッッ! した! オレの舌がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」
「リュウジ! 無事でしたのね! よかった……」
「遅いぞ使い魔」
「これはひょっとして間一髪ってやつか」
リーシャの瞳には大粒の涙が浮かんでいた。部屋の反対側にはハインツとライトナイツのやつまでいる。
俺がモタモタやっている間に、かなりヤバい状況だったようだ。
「俺の主人に手を出してただで済むと思ってるのか」
「な、なんだテメエは! オレの舌をぶった切りやがって! ゆるさねぇえええええええええええッ!」
醜いアリクイじみた使い魔は、五指の爪を鋭く伸ばし襲い掛かってきた。だが遅い。
俺はすれ違い様に刃を振るい、胴体を両断する。
血しぶきのように、魔力とピンク色の肉塊が飛び散った。
「はぎぃッッ! お、オレの体がぁ! ハインツ様助けてくださいいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィいぃッッ!」
「ライトナイツ。やれ」
「はい」
「ほ……ほげぇっ!?」
ライトナイツの指から発射されたビームが、アリクイ使い魔の頭を撃ちぬいた。意識が消滅したのか、肉体の崩壊がはじまっていく。
「一応訊くがそいつはお前の仲間じゃないのか」
「女子供をいたぶるための使い魔だ。そんなやつに魔力を割いている余裕はなさそうなのでね」
「だろうな。そう言うと思った」
刃でリーシャと魔術師狩りを縛っていた触手を断ち斬る。
これで二人は自由だ。
「ここからが本番だ。リーシャ、魔力供給を頼んだ」
「頼まれましたわ。思いっきりやってくださいまし!」
「魔術師狩り、リーシャを守ってくれ。約束するならハインツはお前の好きにさせてやる」
「あの男を地獄に送れるならなんでもしてやる。あと私の名前はクラリッサだ」
クラリッサに後ろを任せ、俺は前に進んでいく。ハインツの隣にいたライトナイツも、同じように進み出る。
最後の戦いがはじまろうとしていた。
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