第36話 オッサン、苦戦中(リーシャSide)

《リーシャ・ルヴィエオラ》Side


「くっ、この拘束を解きなさい!」

「下衆どもが……」


 ハインツの私室でリーシャと魔術師狩りは、身動きを封じられていた。臓物じみた醜い柱が背中側にあり、そこから伸びた触手が肢体に巻き付いていた。


 腕はバンザイポーズを強制され、足も大股開きになっている。なにをされても抵抗できない屈辱の体勢に、二人は怒りを露わにする。


「いい眺めだよ二人とも。頭と体をいじらなきゃならないのが残念だ」

「この変態! 最低ですわ!」

「趣味の悪さは相変わらずだな」


 私室には召喚の触媒にも使える調度品が置かれ、ワイン棚にはヴィンテージものが並んでいる。


 ハインツは金髪と銀髪の美少女を肴に、モダン風の机でワインをたしなんでいた。隣にはライトナイツが控え、警戒を続けている。


 壁際の棚には召喚陣の描かれたハンカチや、銀の剣とナイフが置かれている。二人の視線はチラチラと棚のある方向に注がれていた。


「そんなに武器が気になるのかい? 最後だし使わせてあげるのも面白いか」

「私と勝負しろハインツ。武器さえあればそこのライトナイツにも勝ってみせる。また不毛な実験を繰り返すより、私に暗殺ができるように鍛えた方がコストもかからないと思うがな」

「ハーハッハッ! ダメダメその手には乗らないよ。だいたいキミのスキルは身体能力を強化するばかりで、火力が全然足りていない。次の実験体はキミをベースに破壊力のあるスキルを搭載するよ。その結果命を終えることになってもね」


 いつものように高笑いをして、それが当然だとハインツは言った。彼にとって魔術師以外の命など、使い捨ての消耗品でしかない。


 同情や罪悪感といったおよそ人間らしい感情は、作り物じみた笑顔に浮かび上がってくることはなかった。


「チッ、小心者の腰抜けが。デカいのは図体だけか」


 わずかなチャンスに賭けた魔術師狩りは、聞こえるように舌打ちをする。恐らく無駄だとわかっていても、挑発をせずにはいられなかった。


 ここで自分が死ねば、廃棄されていった同胞たちに顔向けができない。


「我が主、上階に通じる罠にかかった者がいるようです

「一応聞いておこうか。だれだい?」

「あのリュウジと名乗った使い魔です」


 ハインツの笑みは口角を上げたまま静止した。眉間には青筋が浮かび上がり、ピクピクと痙攣している。


「リュウジ! よかった……生きてましたのね」

「あの男がまさかな。見た目よりタフなようだ」

「どういうことだろうね。胴と頭を破壊したんじゃないのかライトナイツ」

「申し訳ありません。自力で治癒できる損傷ではないはずですが」


 リーシャの歓喜が耳ざわりだと言わんばかりに、ハインツはライトナイツへ視線を送る。

 苛立ちで力が入ったのか、ワイングラスにはヒビが入っていた。


「フーッ、まあいい。罠はちゃんと作動しているんだろうな」

「ハイ、空間転移スキル【黒の迷宮】。一度取り込まれてしまえば、黄金級の使い魔でも容易に脱出することはできません」

「あれには魔眼を欺く能力もあったな。その内魔力が切れて消滅するか。万が一生きているようならお前が処分しろ」

「承知いたしました」


 己の使い魔が望んだ結果をもたらさなかったことに、ハインツは不機嫌を隠せない。

 目が飛び出るほど高価な触媒を買い集め、召喚した黄金級の使い魔を使役することに成功したのだから。


 ライトナイツにこれ以上の失態があれば、実験のスキル抽出用素材にすることも、検討しなければならなかった。


「不愉快だな。いますぐ彼女たちの頭を弄ろうか」

「お、お待ちになって! まだ貴方が知らない謎がありますわよ!」

「なにかね?」

「町の近郊にある森に魔術師の死体がありましたの。そばには使い魔を複製する魔道具までありましたわ。貴方も把握していない、第三勢力が動きだしているかもしれませんわよ」


 とっさにポーンリザードと、魔術師の死体のことが口をついて出た。正直に言えばリーシャにとって、この事件はどうでもいいことだった。


 リュウジがここにくるまでの時間を、一秒でも多く稼ぐことができるのなら。


「ああ、そのことか。あれは私の部下だよ。彼からの連絡が途切れたから、キミたちに仕事を依頼したのさ」

「元々はあの魔術師にやらせるつもりでしたのね」

「外部の人間に頼るなんてリスクしかないのでね。ただ秘密裏に進めていた計画だけあって、使える手駒はそう多くない。実験担当の魔術師どもは戦闘がからっきしだからな。比較的マシなやつが先に二人が殺され、キミが見た死体が三人目ということだ」

「なるほど。そ、そういうことでしたのね」


 あまりにもあっけなく真相が明かされたことに、リーシャは少なからず動揺していた。

 この話で会話を引っ張るつもりだったからだ。


「つまりあの魔道具も貴方が用意したものではないのですわね。あれは熟練した魔術師でなければ操作できませんもの」

「はぐれ使い魔の発生は私の耳にも入っていた。すぐに粗悪な魔道具を使っていると気づいたよ。あの程度の男に任せた私の失策だったな。まあ近くに住んでいる人間は魔道具使いが一人だし、どうでもいいがね」

「どこまでもクズだな」


 欠片も感情を動かさないハインツの言葉に、魔術師狩りが吐き捨てる。

 わかっていたことだが、町の住民がどうなろうと蟻の行列が潰れたくらいにしか思っていない。


「無駄話はここまでにして、リーシャくんの脳を交換しようか。出て来たまえオッペバロス」

「キャヒヒヒ。出番ですかいハインツ様」


 ヒルとアリクイを合体させたような姿の使い魔が、ハインツの前に現れた。品のない言葉使いで、下卑た笑みを浮かべている。


「き、気持ち悪すぎますわ」

「あいつに脳を吸われた人間を何人も見てきた。最悪の使い魔だ」

「見た目通りの邪悪さですわね」


 眉根を吊り上げる魔術師の隣で、リーシャはゴクリと生唾を飲み込んだ。








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