第33話 オッサン、計画を聞く(リーシャSide)

《リーシャ・ルヴィエオラ》Side


「では行こうかリーシャくん。抵抗すればどうなるか、わかっているね?」

「……はい」

「ライトナイツは魔術師狩りを運んでくれ」

「承知いたしました」


 頭を吹き飛ばされたリュウジを、リーシャは見送ることしかできなかった。涙を流し悲しみに浸る時間さえ、いまの彼女には与えられない。

 ハインツの触手に持ち上げられ、ワイバーンの背中に騎乗させられる。


(リュウジとの契約はまだ消えていませんわ。いまは彼の治癒能力を信じるしかありません)


 肉体が魔力で構成されている使い魔は、頭や心臓を破壊されても即死するわけではない。


 ハインツがライトナイツを魔力供給で再生させたように、魔力さえ残っていれば、また立ち上がれる可能性は十分にある。

 それが奇跡にすがるような行為だとしても、リーシャは信じるしかなかった。


「離せ! この化け物が!」

「大人しくしていてください。貴方は大切な被検体なんですから」

「やめろ! 汚らしい手で触れるな!」


 ライトナイツはグリフォンに変身すると、鷹のようなかぎ爪で魔術師狩りをつかんだ。

 そのままワイバーンを追って、空を飛んでいく。


(絶対にこいつらだけは殺してやる)


 魔術師狩りは家畜のように運ばれながら、凍えるような殺意を胸に秘めた。


(まだわたくしを殺すつもりはないはず。少しでも情報を引き出しておきたいですわね)


 ワイバーンの背に乗せられ、触手で動きを封じられたまま考える。

 少しでも使える手札を増やそうと、リーシャは隣にいるハインツに話かけた。


「魔術師狩りさんから事情は聞きましたわ。貴方ほどの立場にある人が、なぜ非道な人体実験を手を染めてしまったんですの。やむを得ない事情があるなら説明してほしいですわ」

「私に悲惨な過去があり、そのせいで人体実験をしているとでも?」

「でなければ魔術師の規範となる魔術協会の局長が、こんなことをするはずがありません!」


 リーシャは真摯な眼差しでハインツの目を見た。ずっと憧れてきた魔術犯罪対策局のトップが、悪人であるはずはない。


 いままでのことはなにかの作戦で、リュウジもマイヤも無事ではないのか。情報収集と言いながらも、心のどこかで期待を捨てきれてはいなかった。

 だが、彼女の甘い幻想は粉々に打ち砕かれることとなる。


「ハーハッハッ! どこまでもおめでたいお嬢様だね。私の目的はただ一つ、魔術協会の現会長、イスカ・ゴッドフリートの暗殺だよ」

「か、会長を!?」


 予想外のセリフに、リーシャは驚きの声を上げた。イスカ・ゴッドフリートは現在の会長にして、五百年の時を生きる大魔術師だ。


 使い魔の数は千体を超え、あらゆるスキルに精通していると噂される。すべての魔術師にとって、最大の目標となる存在だ。

 その会長を暗殺するなど、神に背くほどの反逆行為である。


「そ、そんなこと口に出すのも恐ろしいですわ。とても正気とは思えません」

「あの爺さんがいると困るんだよ。高位の使い魔を召喚するために必要な触媒をすべて管理しているからね。魔術協会地下にある大宝物庫、あそこを開放すればどんな国にも負けない最強の使い魔で軍を編成できるのに」


 ハインツの眼光は野望にギラついていた。そこに魔術師たちの尊敬を集める、局長としての面影はない。


「軍隊なんて……戦争でもするつもりですの」

「他国の魔術師が力をつける中、この国では魔術も使えない下等生物のために仕事をしろという。まったく正気の沙汰とは思えないね。殺してやりたくなるのは当然だろう?」

「……それが貴方の考えですのね。よくわかりましたわ」


 この瞬間、リーシャの中でほんのわずかに残っていた期待は、完全に消え去った。目の前の男は尊敬する上司ではなく、ただの犯罪者だ。

 必ず罪を償わせると誓い、情報収集を再開する。


「では暗殺のために人体実験をしていたわけですわね。それ専門の使い魔を召喚した方が早い気もしますけど」

「ハーハッハッ! あの爺さんがどれだけの探知・結界スキルを使っていると思う? 使い魔なんて近づけたら一分以内に命令した魔術師までたどりつくだろうね。そのためには魔力を必要とせずスキルを発動できる、『ただの人間』が必要なのさ」

「身体能力強化……自己再生……魔力探知……そんなことのためになんの罪もない女性を誘拐して改造しましたの。この外道っ!」


 リーシャは自分の置かれている立場も忘れて、ハインツの頬をビンタしようとした。

 しかし、その手は触手によって拘束されてしまう。


 蒼い瞳が怒りに燃え、目の前の悪党をにらんだ。


「あまり調子に乗らない方がいい。少しでも長く生きたいならね」

「くっ……」

「私に絶対服従するというなら、条件つきで生かしてあげてもいい。それとも脳を使い魔と交換して生き人形になってみるかな?」

「貴方に従うなんて絶対にごめんですわ! 地獄に落ちなさい!」


 わずかな逡巡もなく、リーシャは言い切った。彼女が理想とする魔術師は、無辜の人々のために戦う正義の味方なのだから。


「いまのセリフを後悔しないことだ。魔術師狩りと一緒に「死なせてくれ」と懇願するまで嬲ってあげよう」


 ハインツはぞっとするほど冷たい声で言う。しかし、リーシャは気圧されず、目をそらすこともしなかった。


(リュジ、わたくしは最後まで諦めませんから。だから貴方も生きてここに来てくださいまし


 太陽が沈みはじめる頃、ワイバーンとグリフォンはハインツの邸宅に到着した。





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