第32話 オッサン、お嬢様を追いかける

「……さん! リュ……さん! ……ますか!」


 遠くから声が聞こえてくる。うるさいな……俺は死んだんじゃないのか。このまま眠らせてくれ。


「リュウジ……さん! 聞こえ……ますか!」


 声はどんどん大きくなっていく。そもそも俺は頭を消し飛ばされたんじゃないのか? なぜ声が聞こえるんだ。


「リュウジさん! 起きてくださぁい!」


 耳がキーンとするほどの、大声が聞こえてくる。暗闇に光がまたたき、意識が覚醒していく。

 俺は重たいまぶたを開いた。


「よかった……目が覚めたんでぇすね」

「……マイヤ?」


 俺の目の前には、土で顔の汚れたマイヤの姿があった。

 よほど必死で呼びかけていたのか、額には汗が浮かんでいる。


「治癒の魔道具を持っていて正解でぇした。使い魔に使うのは初めてでしたけど。頭って生えてくるんですね」


 そういえば、なんだか体が薬草くさい。その代わり俺の頭は再生して、胴体もくっついていた。

 これをすべて彼女がやってくれたのか。


「まさか魔術師狩りさんの言ってたことが全部正しかったなんて。ハインツは最低でぇすね。魔術師の風上にもおけません!」


 あの裏切りでマイヤも真実を知ったようだ。その上で俺を助けてくれたことに、感謝してもしきれない。

 あのまま見捨てた方が、自分の安全は守れただろうに。


「マイヤありがとう。とてつもない借りができてしまったな」

「いや~、復活してよかったでぇす。わたし一人じゃ途方に暮れちゃいますよ」

「なんでビームが直撃しても無事だったんだ? 悪いが絶対に死んだと思っていたぞ」

「あんな話聞いちゃったんで、念のために魔道具を準備してたんでぇす。【身代わりの仮面】一度だけ致命傷を肩代わりしてくれます」


 マイヤがふところから取り出した木彫りの仮面は、真ん中から二つに割れていた。この用心深さがなければ、死んでたってことか。


 頭から消えていたハインツへの怒りが蘇ってくる。そうだ、あの男がリーシャを連れ去ったんだ。

 このまま呆然としているわけにはいかない。


「マイヤ、俺が倒れたあとハインツとリーシャはどうなったんだ?」

「わたしも死んだフリしてたからよく見てないんですけど、二人はワイバーンに乗ってどこかに飛んでったみたいでぇす。魔術師狩りは鎧の使い魔がグリフォンに変身して運んでました」


 ハインツが言ったとおり、まだリーシャは生きているようだ。まあ彼女が死んでいたら、復活することもできないか。


「俺はいまからハインツを追う。あいつの位置を知る方法はないか?」

「それはリュウジさんの方が詳しいと思いまぁす。リーシャさんの魔力を探せばどこにいるのかわかるはずですよ」


 自分の中の魔力に意識を集中すると、糸のようなものが見えてきた。糸の先をたどっていくと、リーシャがいる方向がわかってくる。


 ここから西の方向に百キロくらいの地点か。いまも移動している最中だが、まだそんなに遠くへは行っていないようだ。


「場所はだいたいわかった。いまからすぐに追う。マイヤは一番信じられる魔術師にハインツのことを伝えてくれ」


 足に魔力を集中させ、走りだそうとする。が、その前に袖をマイヤにつかまれた。


「どうしたんだ?」

「わたしの魔道具を持っていってくださぁい。魔力を込めておきましたから、名前を呼ぶだけで使えますよ。きっと役に立つはずです」


 マイヤからいくつか魔道具をもらい、服の中にしまう。

 どれがどういう効果を持っているのかも、簡単に説明してもらった。


「行ってくる。あとは任せたぞ」

「いってらっしゃい。わたしの分までハインツをぶん殴ってくださぁい!」


 マイヤにポンッと背中を押されて、俺は走り出した。足をローラースケートのに変身させ、魔力で車輪を回転させる。


 舗装された道路ではないので操縦が難しいが、十分も走るとコツがつかめてきた。このままいけば二時間もかからず追いつけるはずだ。


 ただ、問題は魔量がどれだけ残っているかだな。ライトナイツとの戦いで使った上に、リーシャがいないので追加の魔力供給もない。

 この状態でハインツと戦い、リーシャを救出するってことか。


「余裕だろ。俺が魔王の生まれ変わりなら」


 俺は魔力の糸を追いながら、決意を込めてつぶやいた。





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