第30話 オッサン、悩む

「う、うそですわ! ハインツ局長がそんなこと……ありえません!」

「わたしも信じられませぇん。この場から逃れたいにしても、悪趣味すぎる嘘ですよ」


 リーシャとマイヤは混乱しつつも、魔術師狩りの話には否定的な反応だった。

 そりゃそうだ。いきなりあんな話を聞かされて、鵜吞みにする方がどうかしているか。


 正直に言うと俺は半信半疑だった。冷静に考えれば俺たちに局長に対する疑心を抱かせ、脱出を企んでいるかもしれない。


 ただ話の内容があまりに真に迫っていて、でまかせを言っているとも思えなかった。


「ハインツの顔を見たその夜、解体される寸前だった私は途中で覚醒し、近くにいた魔術師二人を殺して施設から逃げ出した。その後は町を点々としながら、追手の使い魔を撃退しつつ隠れて暮らしていた」

「この町にはその過程で流れついたってことか。それで俺たちを追手だと思って襲い掛かってきたんだな」

「そうだ。これで私の話は終わり。信じる信じないは貴様らの勝手だ。自分の頭で考えろ」


 教会の近くに出現したポーンリザードを倒したのも、あの夜ゼレドを殺し、俺と戦ったことも納得がいく。

 魔術師に対する燃えるような憎悪も。


「貴様ら本当に私についてなにも知らないようだな。馬鹿のふりをした挑発かと思ったが、情報すらろくに与えられていない捨て駒だったとはな」

「わたくしたちが利用されているとでも言いたいのかしら」

「違うのか? どうせ情報を確定させるためだけに送り込まれたのだろう。あの男が本気ならもっと容赦のない魔術師を投入している」

「っ……!」


 感情を逆なでするセリフにも言い返せず、リーシャは唇を噛む。

 ようやくルヴィエオラ家の当主として、仕事ができると思っていた彼女には酷な仕打ちだ。


「あの~、そろそろハインツ局長が来る時間なんでぇすけど。このまま引き渡しちゃって大丈夫なんでしょうか」

「引き渡すしかありませんわ。いまの話が嘘だったらどうしますの。またなんの罪もない魔術師が殺されますのよ!」

「私から言えることは一つだけだ。引き渡すならいまの話は忘れろ。でなければ貴様らも死ぬことになるぞ」


 どちらを信じればいいのか、俺にはわからない。この世界にきて一か月程度だし、判断できる材料がない。


 ただそれでも、


「もう時間がない。引き渡した後で俺は魔術師狩りを追跡する。もしなにかあるようなら、リーシャから他の局長に相談してくれ」

「でもそれだとリュウジが危険ですわ!」

「上司がシロかクロかわからないんじゃ仕事にならないだろ。変身を使って見つからないようにがんばるさ」


 いまはこれで手を打つしかない。もし局長がクロなら魔術師狩りは裁判にかけられることもなく、また実験施設に送られるはずだ。


 わざわざ捕縛を命じた相手をすぐに殺しはしないだろうし、その時間差でリーシャに動いてもらう作戦だ。


 まだ話したいことはあったが、その前に牧場へなにかが降り立ち、ドシンッと地面を震わせる音が響いた。


 物置小屋の扉を開くと、そこにはワイバーンの使い魔とハインツ局長の姿があった。

 局長の雰囲気はいつもと変わらず、太陽のような笑みを浮かべている。


「ハーハッハ! いや、よくやってくれたね三人とも! 連絡を受けた時は驚いたよ」

「お、お疲れ様ですわハインツ局長」

「それで例の魔術師狩りはどこにいるのかな?」

「ここです」


 俺は魔術師狩りを立たせると、局長の前まで連れてくる。

 あれほど怒りをあらわにしていた彼女だったが、覚悟を決めたのか黙ってにらむだけだった。


「彼女がそうなのか。殺人鬼と聞いていたがけっこうな美人じゃないか。おっと、いまのは失言だったかな」


 局長の態度におかしな点はまったくない。魔術師狩りを見たリアクションも、本当にはじめてのようだ。

 ただ、なぜだろう。さっきから妙に瞳が疼くのは。


「正直に言うとキミたちには驚かされたんだ。新人の魔術師と使い魔、戦闘専門でもない魔道具使いがここまでやれるとは思わなかった。節穴すぎる私の眼球を許してほしい」

「いえ、そんな……頭を上げてください」


 ハインツ局長は深々と頭を下げる。

 そして頭を上げると、


「だから残念だよ。ここで三人とも処分するのはね」

「えっ?」


 そう言って人差し指からビームを発射した。直撃を受けたマイヤはかすれた声を漏らし、そのまま後ろに吹っ飛ぶ。

 彼女の小さな体は三回もバウンドして、そのまま動かなくなった。


 この瞬間、間抜けな俺もようやく気づいた。目の前にいる男は一〇〇パーセント敵だということに。


「──【変身】!」


 腕を日本刀に変え、胸を突き刺そうと前に出る。だが俺の刃は指二本で真剣白刃取りをするように、受け止められた。


 力を込めたがピクリとも動かない。なんで魔術師にこんな芸当ができるんだ!?


「まさか……お前も体にスキルを埋め込んでいるのか!?」

「おいおい、いきなり馬鹿にならないでくれたまえよ。その二つある瞳は飾り物かい?」

「────ッ!!」


 魔眼で視てようやくわかった。

 こいつは、ハインツ局長じゃない。


 そのことに考えを巡らせる暇もなく、五本の指から光が煌めき、発射された光線が俺の体を打ち抜いた。

 ぽっかり穴の空いた腹部から、魔力が漏れ出ていく。


「がっ……なに者だてめえ……」

「私……いえ自分の名前はライトナイツ。ハインツ様の使い魔です」


 ハインツの姿を真似た変身スキルが解除される。

 俺の目の前には無数の眼球を兜の隙間からのぞかせる、黄金の甲冑を着た騎士がいた。






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