第29話 オッサン、魔術師狩りと話す
とにかく魔術師狩りを生きたまま捕縛するという、当初の目的は達成できた。
リーシャがハインツ局長に連絡をすると、局長自ら身柄を引き取りにきてくれるそうだ。
いま俺たち三人は、町から少し離れた牧場の物置小屋で、局長が到着するのを
待っているところだ。
魔術師狩りは俺が変身で作った鉄製のロープで縛られ、小屋の柱に背中をあずけている。
問題があるとすれば意識がすでに戻っていて、さっきから罵詈雑言を浴びせてくることだな。
「愚鈍な真魔術協会の犬どもが！ 未来永劫呪われるがいい！」
「その犬に捕まったのはどこのだれだよ。続きは取調室で言ってくれ」
「……貴様らまさか本当に私のことを知らないのか？」
「知ってるよ魔術師狩りだろ。二人も魔術師を殺して逃亡した凶悪犯な」
「それだけか？ 他にはなにも知らないと？」
戦っている最中もそうだったが、魔術師狩りの言葉にはどこか含みがある。人間ではありえない身体能力といい、謎が多い人物だ。
今
回の仕事には俺たちの知らない秘密が隠されているのだろうか？
「言いたいことがあるならはっきり言えよ。どうせこっちは暇だしな」
「大丈夫ですの？ わたくしたちを惑わせる策略では？」
「わたしもちょっと不安でぇすけど」
「ちょっとでもヤバい気配を感じたらすぐに口を縛る。相手スキルを使いそうなら俺にかまわず魔道具で攻撃してくれ」
リーシャとマイヤは不安気な様子だったが、真実があるなら知りたいと説得すると納得してくれたようだ。
なにかあっても対応できるように、魔術師狩りの前には俺だけが立ち、二人は少し離れたところで会話を聞くことにした。
「お前の話を聞いてやる。ただその前にこっちの質問にも答えてもらうぞ」
「好きにしろ」
「教会の近くでインプが死んでいた。あれはお前がやったのか？」
「ああ、そうだ」
「っ……！ こいつが……！」
ポーンリザードには無理だと思っていたが、やはりゼレドを殺したのはこの女だったのか。
マイヤから怒りの感情が痛いほど伝わってくる。
「なぜ殺した？ あいつはコウモリに変身していたが、それも見破ったのか？」
「協会の追手だと思ったから殺した。魔力の気配があれば姿を変えていても使い魔かどうかくらいわかる」
それだけの理由であいつは殺されたのか。特に思い入れがあるわけではないが、あまり気分はよくない。
ただここで感情的になっても仕方ない。俺は質問を続ける。
「町の外にはぐれ使い魔の発生原因と魔術師の死体があった。あれもお前が関係しているんじゃないだろうな」
「だれだそいつは。そんな魔術師は知らないし殺してもいない。あのトカゲは私にとっても敵だからな。町が騒がしくてしようがない。感謝しているのは教会に潜り込めたことくらいだ」
あの魔術師の死体とグルで、マッチポンプをしているわけではないってことか。これだけ魔術協会を嫌っているのに、魔術師と組むのも考えづらい気はするが。
次は魔術師狩りの話を聞くことにする。
「こっちの質問は以上だ。それで、お前はどうして魔術師を殺すほど恨んでるんだよ」
「無知蒙昧なお前たちに教えてやる。私は魔術協会の人体実験によって肉体を改造された被験者の一人だ。これが法的に許可されているかどうかくらいわかるだろう」
非合法な人体実験。この言葉がまず最初に俺の頭をよぎった。
どこかのイカれた魔術師ではなく、魔術協会が犯罪行為に加担しているっていうのか!?
「で、デタラメですわ！ 魔術協会は人々の暮らしと平和を守るための組織です！ 人体実験なんて絶対にありえません！」
「リーシャさん、落ち着いてくださぁい！」
思わずとびかかろうとするリーシャを、マイヤが羽交い締めにする。
人のために戦う魔術師を目指す彼女からすれば、とても信じられない言葉だろう。
「では私の身体能力や自己治癒能力、魔力を感じ取る皮膚はどうやって手に入れたと？ 人間がスキルを使えないことは、一番わかっているだろう」
「そ、そもそもなぜ魔術協会が関わっていると思いましたの？ まったく関係ない犯罪組織の可能性だってありますわよ」
「確信できる事件があったからだ。もう三年前になるがな」
そう言うと、魔術師狩りはこの体になった経緯を語りはじめた。
それは聞くだけでも鳥肌の立つ、彼女にとって苦渋の記憶だった。
「私は魔術師なんて一年に一度出会うかどうかレベルの田舎出身だ。ある日森で焚き木を集めていると、フードを被った男たちに眠らされ、気が付いたら地下の施設にいたんだ。両親の元に帰りたいと言ったが、当然聞き入れてはもらえなかった」
施設では得体の知れない薬品の瓶と器具が山ほど用意され、そこで人体実験を受けたと魔術師狩りは続けた。
体を切り刻まれ、発狂しそうな痛みに襲われても、治癒スキルで治され死ぬことも許されなかったそうだ。
同じように連れてこられた人たちも過酷な実験に耐えられず、精神に変調をきたすか、肉体が崩壊して死亡していった。
そのまま三年の時が過ぎたが、最終的に生き残ったのは、彼女だけだったらしい。
あまりの悲惨さに、俺たち三人は言葉を失っていた。
「実験が終わって私が得たものは不気味な銀色の髪と、身体強化、自己治癒、魔力探知のスキルだった。使い魔ではなく人間がスキルを得ることに意味があるそうだが、最後まで理解できなかったな」
「で、でも終わったなら解放してくれたのでしょう？」
「どこまでもおめでたいお嬢様だな。ここまでやっても私は失敗作だったらしい。ただ血と肉には利用価値があるそうでな。私をベースに新たなプランを作成すると責任者の男が言っていた」
その責任者の男を見て、魔術協会が関わっていることを確信したようだ。
しかし、そこまで改造を受けて失敗作なんて、どこまでも救いがない。
「魔術師と関わりのない私でもその男の顔は知っていた。平和を守ると魔術師とかいうキャッチコピーで町の新聞に大きく映っていたからな。魔術協会でも地位があるんだろう？」
「だれだそいつは」
「男の名は──ハインツ・ゴールドスミスだ」
お前たちはよく知っているだろうと、魔術師狩りは暗い笑みを浮かべた。
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