第25話 オッサン、魔道具を発見する

「魔力の痕跡が濃くなってきたな。目標は近そうだ」


 魔眼によって傷口からしたたり落ちた魔力が、ルミノール反応のように光って見える。

 木や草に付着した痕跡は、どんどん光を増していた。


 森の中は鬱蒼としていて、俺は邪魔な枝やツタ草を斬り払いながら進む。ある程度進むと振り返って、リーシャとはぐれていないか確認した。


 使い魔になったせいで疲労をほとんど感じないのだが、人間にとってこの移動スピードはハイペースかもしれない。


「大丈夫か? キツかったらペースを落とすぞ」

「ハァハァ……平気ですわ……。ルヴィエオラ家の当主がこれくらいで泣き言を言うわけには……」


 肩で息をしながらも、リーシャは俺の速度に合わせてくれていた。お嬢様育ちの彼女にとってハードなはずなのに、休む素振りも見せない。


 俺が背負ってもいいのだが、町中と違って視界が悪いため、不意打ちに対応できるように体を自由にしておきたかった。

 気の毒だがここは頑張ってもらおう。


 黒幕がいるならさっさと出て来いと念じながら、それから進むこと十分。ついに逃走していたポーンリザートを発見した。


「こいつだな」

「怪我をしてるみたいですわ」


 俺たちは木の陰に身を隠し、小声で会話をする。ポーンリザートは片腕を失っているようで、傷口をもう片方の腕で押さえていた。


「ぎ……ガギギイィ……」


 うめき声を漏らしながら、ノロノロと進んでいく。少し歩くと、木々の数が減り、開けた場所にテントが見えてきた。

 その周りにはキャンプをしていたのか、焚火のあと残飯が確認できる。やポーンリザートはテントを目指しているようだった。


「黒幕はあそこか。攻撃してかまわないな?」

「思いっきりやってくださいまし」


 主人の許可は出た。腕を変身で鋼鉄化させ、俺は木の陰から飛び出す。


「あの夜以来だな。トカゲ野郎」

「ギャギィッ!?」


 突然の闖入者に驚くポーンリザートを殴り倒した。濁った悲鳴が上がり、砕けた歯が飛び散る。

 俺はテントの入り口を乱暴に開けた。


「ここになにが……うっ!?」


 開けた瞬間、強烈な腐臭が鼻をついた。なんだこの強烈な臭いは。思わずその場で固まってしまう。

 テントの床を見ると人が寝ていて、臭いはそこからきていた。


 いや、これは寝ているわけではなく──。


「リュウジ、どうしましたの?」

「中に入らなくていい。死体だ」

「……え?」

「テントの中に死体がある」


 死体はまだ最近のもので、腐敗した肉に蠅が集まっていた。見たところ五十近い男らしく、口元に髭が生えている。

 正直言ってかなりグロい。できればリーシャには見せたくないな。


「ぎゃ……ゲゲゲ……」

「っ……!」


 その時、殴り倒したポーンリザートが起き上がり、こちらに向かってきた。

 こいつまだ動けたのか!


 戦闘を覚悟して拳をかまえたが、向こうは俺が目に入っていないようで、死体のそばにあった木箱を抱え舌で舐めだした。

 一体なにをやってるんだ?


「ぐぁい! イイイィ……ッッ!」

「その箱がどうしたんだ」

「ギギギイイイイイイイイィーーッッ!」

「このっ、てめえ」


 ポーンリザートはいきなり豹変し、狂ったように尻尾を振り回した。テントがビリビリに引き裂かれ、死体と生活用品が転がり出る。


 俺は腕を槍に変身させると、尻尾の範囲外から眉間を突き刺した。頭部にダメージを受け限界に達したのか、そのまま倒れて動かなくなった。


「一体なにがありましたの?」

「わからん。いきなり暴れだしたんだ」


 ポーンリザートが抱えていた木箱を手に取ってみる。表面は黒く子供の知育玩具のように、円形の穴がいくつも空いていた。


「これ……魔道具【増殖巣箱】ですわね」

「それはどういうの能力があるんだ?」

「使い魔の体の一部を中に入れることで、そのコピーを生み出す増魔道具ですわ。魔力供給は魔道具側がするので、魔術師に負担はありません。ただコピーした使い魔は精神に変調をきたすこともあるので、使用には厳重に注意しないといけませんの」


 話の感じだとヤバそうな魔道具だな。あの死体はそんなものを使っていたのか。


「じゃあそこで……その、死んでる男も、自分の使い魔にやられた可能性があるってことだな」

「きっとそうですわね。首の辺りに噛まれたような痕がありますから」


 リーシャは転がり出た腐乱死体を見ながら平然と言う。俺でもなかなかクる光景だが、まったく気にしていないようだ。

 こういうところが一般人と違う魔術師なのだろう。


「町にはぐれ使い魔が出現したのはこいつが原因ってことだな。主人が死んで統制が取れなくなったってとこか。まったく迷惑な話だ」

「ただそれだと気になるところがありますわ。なぜこの男はそんな魔道具を使ったのでしょう」

「たしかに。町の金品を狙ってるなら目立ちすぎるやり方だな。魔眼があれば隠れていても簡単に見つけ出せる」

「戦うために戦力を集めていたパターンもありますわね。たとえば……魔術師狩りを相手にするつもりだったとか」」


 そうなると新たな疑問が湧いてくる。ハインツ局長から魔術師狩りの情報を伝えられたのは、俺たちしかいないはずだ。

 極秘任務を知っているこの男は、一体なに者なのだろうか?


 リーシャもそれに気づいたようで、口に指を当てて考えこんでいる。

 木々がざわめく音が必要以上に大きく聞こえる。正体不明の死体を前に、しばらく俺たちは沈黙していた。








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