第24話 オッサン、感謝される

「くそ、逃げられたか」

「ハインツ局長が言っていた通り危険な相手でしたわね」


 勝てないにしてもせめて、潜伏先を突き止められればよかったのだが。あとは俺の仕掛けが機能していることを祈るだけだ。


「お二人とも無事でぇしたか?」

「俺たちは大丈夫だ」

「ただ魔術師狩りと遭遇したんですけど、取り逃がしてしまいましたわ」

「ええっ、ここに出たんですかぁ!?」


 合流したマイヤに魔術師狩りとの戦いを説明する。マイヤの方からは、ポーンリザートはもう町にいないと報告があった。

 ひとまず危機は去ったようだ。


 ただ、マイヤにはもう一つ伝えておかないといけないことがある。人知れず死亡した彼女の使い魔のことだ。


「ぜ、ゼレドがでぇすか!? そんな……」

「俺たちがここに来た時はもう消滅するところだった。なにもできなくてすまない」

「いえ、リュウジさんのせいじゃないでぇす。ゼレドは魔術師狩りと勇敢に戦ったと信じてます」


 マイヤが言うように魔術師狩りの手によって殺されたのだろう。見張られていることに気づいたのだろうか。


「それにしても気になりますわね。なぜただの犯罪者が銀製武器を所有していたのでしょう。あれは魔術協会の関係者でなければ入手できませんのに」


 たしかに謎だな。魔術協会の関係者なのかもしれないが、それならこんなことをしている動機が知りたい。


 それにしてもさっきから傷が痛む。銀の力は使い魔にとって毒みたいなものだな。一発でもくらうとスリップダメージが入る感じだ。


「一度工房に戻りましょうか。お二人の怪我を手当しないとけませぇんし」

「そうですわね。わたくしは平気ですけど、リュウジの傷を治したいですわ」

「頼む」


 そうして俺たちは工房に帰ることにした。まだ胸に残る鈍い痛みを抱えながら、町の夜は更けていった。






 翌朝。

 リーシャに治癒能力強化の魔術を受け、傷はほとんど治っていた。ただ痛みはまだわずかに残っている。

 完治していないことが、あの剣の危険性を物語っていた。


「さっきからなんだか騒がしくないか?」


 工房の外でガヤガヤと人の声が聞こえてくる。朝っぱらから一体なんなのだろうか。


 様子を見るために玄関の扉を開けると、俺の目に予想外の光景が飛び込んできた。


「あなたが使い魔さんですね。昨晩はありがとうございました!」

「もう二度と妻や娘と会えないものかと……本当に感謝しております」

「おにーちゃん、ありがとー」

「あなたは町の救世主ですじゃ」


 扉の前には大勢の住民が集まって、次々に感謝の言葉を投げかけてきた。子供から年寄りまで、様々が声が聞こえてくる。


「お、おう」


 なにか言葉を返した方がいいのだろうが、人に感謝されること事態久しぶりすぎて、上手く反応できない。

 よくわからない感情が押し寄せてきて、気を抜くと泣きそうだ。


「あの金髪のお嬢さんにも感謝を伝えたいのじゃが」

「ずっと閉じこもって変な道具作ってるから正直敬遠してたんだ。マイヤさんに謝らせてくれ」

「えーと、あの二人はだな……」

「どうかしましたの?」

「ありゃー、すごい人でぇすね」


 俺が困っていることを察したのか、工房からリーシャとマイヤが出て来て、応対してくれた。


「みなさまの感謝の言葉しっかり伝わりましたわ。でも必要以上に恩を感じなくても大丈夫ですわよ。力のある者がその他の人々を守るのは当然のこと。それが魔術師ですから」

「えへへ、こんなに集まってくれて恐縮でぇすね。初めてちゃんと顔を見てくれた気がします」


 リーシャは自信満々に立場を示し、マイヤは照れているようだ。俺も「どういたしまして」と小声で返しておいた。


「壊れた建物とかはわたしの魔道具で直しまぁすね。【力箒】のみんな手伝ってあげてねくださーい」

「わたくしも魔術協会に魔術災害補償を申請しておきますわ」


 マイヤが命令すると、手の生えた箒たちが工房の中から現れ、住民の片づけを手伝い始めた。

 これがリーシャの理想とする魔術師の姿なのだろう。


 町の人々が去った後で、リーシャから話があった。


「昨日リュウジの背中から見たのですけれど、傷を負ったポーンリザートが町の外に逃げていきましたわ。昨日の今日なら魔眼で追うこともできるはず。きっとそこにこの事態を引き起こした張本人がいるはずですわ」


 昨晩そんなところまで観察していたのか。あのポーンリザートにはさんざん迷惑をかけられたし、黒幕がいるなら顔を拝みたい。


 マイヤは町の片づけを手伝うそうなので、外に逃げた使い魔の追跡は、俺とリーシャで行うこととなった

 さっそくスキルを発動する。


「【魔眼】こっちだな」


 町の外に続く魔力は、まるで血痕のように点々としていた。これを追っていけば大暴れの真相もわかるはずだ。

 ついでに魔術師狩りのことについても、リーシャに伝えておこう。


「魔術師狩りの方は魔眼でも行方を追えなかった。やはり痕跡を消すスキルを使っているみたいだ」

「そのことなんですけど、わたくし気づいたことがありますの。まだ推測ですけどきっと魔術師狩りは……」


 リーシャの話は俺の中で疑問に思っていたことを氷解させた。たしかにそれなら魔眼を相手に、姿をくらませたことも説明できる。


 魔力の痕跡はうす暗い森の中に続いていた。





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