第21話 オッサン、お風呂でお嬢様に謝る
「もうこんな時間か」
時計の針は十二時を回ろうとしている。夜も遅くなってきたが、俺の眼は冴えたままだった。
魔術師狩りがどこに潜んでいるかわからない以上、いつでも動けるようにしておいたほうがいい。
一応この家には結界魔術が使われていて、外部から容易に侵入はできないらしいが、用心しておくに越したことはない。
いまはリーシャとマイヤが入浴しているところだ。工房の風呂は大きいようで、二人同時でも問題ないらしい。
ちなみに俺も風呂には入るが、人間の時ほど念入りに洗う必要はなくなった。前にも思ったが、体が魔力でできているためか、老廃物が溜まるということがないのだ。
肌についた汚れも洗剤を使ったように、水で流せば簡単に落ちる。
つけ加えるとトイレに行くこともないので、食べたものはすべて魔力に溶け込んでいる。つくづく使い魔の体というのは不思議だ。
一人でぼんやりとしていると、思いがけない声が聞こえてきた。元の世界で事故に合った時以来の声だ。
『久しいな魂の継承者よ』
「……あんたか」
声の主は俺の前世だという魔王だった。頭の中でガンガンと反響するので、やたらやかましく聞こえる。
「なんの用だ。一応警戒中なんだが」
『ずいぶんな挨拶だな。我は貴様の味方だとわかったはずであろう』
こいつのおかげで死なずに済んだが、説明もなく異世界に送られたことは許していない。魂が魔族と混じったせいで、リーシャがいなかったらどこの世界に送り返されるか、わかったもんじゃないからな。
『我が送ってやった世界はおもしろいだろう? 貴様の元の生活より余程な』
「それは認めるけどな。もう人間じゃないってのはショックだぞ。スキルを使うたびに違う生き物だって思い知らされる」
『仕方あるまい。それが貴様の宿命だ』
簡単に言ってくれるな。まあ魔王なんだし価値観が全然違うんだろう。
『本題をまだ話していなかったな。貴様スキルはまだ二つしか使えんのか?』
「そうだな。悪いか?」
『うーむ、想像を絶する凡庸さだな。発想力があることは評価してやるが、この程度で満足されては困る。早く力をつけろ。いずれは我の姿に変身してもらうのだからな』
「なんで俺がお前の姿になるんだよ。わけを説明しろ」
『時が来ればわかる。もしその前に我の力が必要ならば呼べ。力を貸してやろう』
結果どうなるかはわからんがなと、魔王はつけ加えた。なんだこいつ。思わせぶりなことばかり言いやがって。
『今夜の話はここまでだ。いずれまた会おう』
「あ、こいつ……いきなり切りやがったな」
そう言って魔王の声はプツンと消えた。正直わけがわからない。一体なんだったのだろうか。
「俺が魔王の姿になる……? それが必要な時があるのか?」
「「き、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」」
「なっ、なんだ!?」
窓の外を見ながらそうつぶやいた最中、悲鳴が耳をつんざいた! 声の主はリーシャとマイヤだな。
場所は工房の中の一部屋だ。
最悪だ。まさか魔術師狩りの方から、こちらの拠点に攻め込んでくるとは思っていなかった。
しかもどういうスキルか、工房の結界や俺の五感をくぐり抜けてだ。
くそ、のんきに会話をしている場合じゃなかった。
「いま行く!」
右腕を日本刀に変身させて扉を蹴破り、部屋の中に踏み込む。そこで俺が見たのは、涙目のリーシャとマイヤ。
そして浴室の床を這う黒いGから始まる虫だった。
「りゅ、リュウジ!? は、はやく取ってくださいまし!」
「わ、わたしもその虫は苦手でぇす!」
「…………」
俺はGを手でつかむと、窓の外に放り出した。こんな体なので、人間の時にあった嫌悪感はない。
人騒がせな話だが、大事にならなくてよかった。これで二人にないかあったら、切腹ものだからな。
と、ここであることに気づいた。この状況はかなりマズいのでは?
入浴中で一糸まとわぬ少女が二人と、それを背にしているおっさんが一人。
元の世界ならパトカーのサイレンが聞こえてくる展開だ。俺は首回りがさび付いたロボットのように、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「えーと、その……」
「あっ……」
「わわわわわ」
二人も事態を把握したのか、胸と股間を手で隠し、顔を赤くして固まっている。リーシャのメロンバストと、マイヤのピーチバストはお湯で濡れて、白い肌が官能的に艶めいていた
……これ以上罪を犯さないように、視線は首より上だけにしよう。
人生で一度もこういう展開がなかったので、この後どうしたらいいのかわからない。ここは誠意を示すか。
「すまん! 敵の襲撃かと思った! 断じて見る気はなかったんだ!」
俺は浴室の床に五体投地して謝罪する。いまできる全力の誠意だ。……そして思い出したのだが、この世界に土下座という文化はないのでは?
つまりこのポーズは、全裸の女性をローアングルから見る変態の姿勢ということになる。
はい、終わりです。
このままじっとしていても仕方がないので、立ち上がってリアクションを待つ。往復ビンタでをくらう覚悟だったが、現実の反応は想定外のものだった。
「あの……わたくしは気にしていませんわよ。心配して駆け付けてくれたのでしょう? いまの動きはちょっと意味がわかりませんけど。それにリュウジになら見られても……」
「使い魔として当然の行動でぇすからね。いや~、見た目が人間だからわたしも焦っちゃいましたよ」
おお、使い魔ということでお咎めなしのようだ。人外バンザイ!リーシャもマイヤも心が広くて助かった。
「本当に悪かった! マジですまん!」
俺はもう一度謝って、浴室から退出した。
壊した扉はあとで直すことにしよう。
その後、リーシャとマイヤはベッドに入り、俺は一晩中見張りを続けたが、なにも起こらなかった。
それから二日間調査を続けたが、魔術師狩りの手がかりはつかめない。教会を見張らせているマイヤのインプからも、情報はなかった。
事態が急変したのは三日目からだった。
この日の調査も空振りで、俺たちは工房で晩飯を食べていた。その時、外の大通りから叫び声が聞こえてきた。
「みんな外に出るな! 化け物が来たぞ!」
窓の外を見てみると、人型のトカゲに似た使い魔が町を歩いていた。ぱっと見ただけでも十匹以上はいる。
これは明らかな非常事態だ。
「これはポーンリザードですわね。狂暴さで有名な使い魔ですわ」
「リーシャ、戦ってもかまわないか」
「かまいませんわ! 存分にやってくださいまし!」
「わたしも魔道具を準備して出まぁす!」
工房の外に飛び出すと、ポーンリザードは建物を破壊し、外に出た人々を襲おうとしていた。近くにいた男性に、大きく開いた顎が迫る。
俺は右腕をハンマーに変身させると、鱗だらけの横面を思いっきりぶっ叩いた。そのまま力を込めて、地面に激突させる。
ドゴオオオォンッと音が響き、土埃が舞い上がる
「グゲエエェッッ!」
「大丈夫か。早く逃げろ!」
「は、はい!」
男性はかけ足でここから離れていく。手元を見るとポーンリザードは一撃でダウンしていた。潰れた頭部から魔力があふれ出し、消滅していく。
どうやら対して強い相手じゃないみたいだな。
俺はハンマーを日本刀に変身させると、残る敵に向かっていった。
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