第20話 オッサン、団欒する

「たしかになにかありそうですわね。ただ……」


 リーシャに一通り事情は説明した。ただ現状では証拠がないため、これ以上なにかできることはないようだった。


 それに関しては俺も同意見だ。今晩マイヤにも相談するそうなので、なにかアドバイスをもらえるかもしれない。


 その後は遅めの昼食を食べて、休憩を挟んだ。午後からまた聞き込みを行ったが、目立った収穫はなかった。

 中々刑事ドラマのようにはいかないな。


「今日はもう終わりにしまようか」

「そうするか」


 太陽が地平線にかくれ空が青黒くなった頃、調査は終了した。一日中歩き回ってせいで、やや足が痛い。

 リーシャも疲れているようだ。お嬢様の彼女にいきなりの肉体労働は、キツいのかもしれない。

 地図にある赤丸を確認して、俺たちは今晩泊まるマイヤの工房に向かった。


「ここだな」

「ですわね」


 工房は他の家よりも一回りほど大きく、屋根の中央には巨大な煙突がそびえ立っていた。軒下には髑髏の人形や、香りの強い薬草がぶら下げてある。

 魔眼を使えば全体が街灯のように発光して見えるだろう。


 ……この町の人が魔術師を警戒するのは、マイヤが原因でもあるのでは?

 まあ、いまそのことは忘れよう。これから世話になるわけだしな。


「おかえりなさい。お疲れ様でぇした」

「ただいまですわ。おじゃましますわね」

「ただいま。今晩はよろしく頼む」


 扉を開けるとマイヤが出迎えてくれた。俺たちの料理を作ってくれていのか、三角巾とエプロンを着けている。

 正直かなり可愛い。おっとりした奥さんって感じで似合ってるな。


「……リュウジ、じっと見すぎじゃありませんこと?」

「いやいや、普通だろ!?」

「ふーん、まあいいですけど」


 リーシャがジト目で俺の横腹をつついてくる。もしかして嫉妬しているのだろか。

 ……ないな。飼い犬が自分よりお客になついているようなものだろう。


 と、その時、


 グウウウウゥゥ~~っっ!


 俺の隣から大きな音でお腹が鳴った。


「わ、わたくしったら……恥ずかしいですわ」

「お腹すいてまぁすよね。ごはんにしましょうか」


 リーシャは頬を染めて照れ笑いをしている。この体だと空腹を感じづらいが、人間なら腹の虫が鳴る時間か。


 マイヤはそう言って、ダイニングに案内してくれた。木製のテーブルと人数分の椅子が

 並べてある。


「いつも作ってるメニューなんで自信ありまぁす。冷めない内にどうぞ」


 テーブルの上には白いパンとシチュー、それと切り分けられたベーコン置かれている。素朴だが食欲をそそる匂いがただよってきている。


 ずっと立っていた疲れもあるので、さっそく食事につくことにした。


「いただきます」


 シチューをスプーンですくって口に運ぶ。うん、美味い! やわらかなキャベツと玉ねぎ、ゴロゴロした人参とジャガイモの触感がたまらない。

 ニンニクのコクとチーズの風味、鶏もも肉の歯ごたえも最高だ。


 この世界でいまのところマズいものは食べたことないな。魔力で生きていける体でも、やっぱり食事は必要だ。


「美味い! 美味い! スプーンが止まらない!」

「ちょっと、がっつきすぎですわよ。マイヤさん、すごく美味しいですわ」

「えへへ。ありがとうございまぁす。おかわりもありますよ」


 魔術師の街とは違う、野性味あふれる味を楽しむ。俺はベーコンとパンも食べて、シチューを三杯おかわりした。

 食事が終わると、今日の調査結果をマイヤに報告した。


「教会が怪しいでぇすか。わたしが話を聞いた時はなにもなかったですけど……わかりました。わたしも使い魔に監視させてみますね」

「使い魔はまだ見てなかったな。ここにいるのか?」

「はぁい。いますよー」


 マイヤが靴のかかとで床を叩くと、壁にかかっている絵が変身してインプが姿を現した。

「ドウモ……」


 顔つきは偏屈な老人のようで、俺たちと目を合わせようとしない。会釈をすると、部屋の隅に行ってしまった。

 社交的なタイプではないようだが、見知らぬ人間と会話したくない気持ちは、わからないでもない。


「あんまり愛想はよくないけど、この子がいまの使い魔でぇす。ゼレド、教会を見張って怪しい人がいたら報告して」


 ゼレドと呼ばれたインプは黙ってうなずくと、窓を開けコウモリに変身して飛び立っていった。

 俺の仕掛けもあるとはいえ、打てる手は多い方がいい。


「いまのが使い魔ってことはパートナーはいないのか?」


 リーシャから前に、魔術師はパートナーとなる使い魔を選ぶと聞いたことがある。常に魔力を供給し、この世界に留まらせるには信頼できる相手が必要だ。


 様々な使い魔と契約し、全員を支配するタイプもいるそうだが、これはかなりの実力がいるらしい。


「わたしは魔道具の製作が専門でぇすから。使い魔はランクの低い子をその時で使い分ける感じですね」

「魔道具がどういうものかよく知らないんだよな。リーシャが使ってる眼鏡もそうなんだったか」


「そうですわね。魔道具自体に魔力が込められていますから、だれでも使えるのが利点ですわ。その分回数制限はありますけど」

「魔道具とはスキルを閉じ込めることに成功した道具ですぇから。作り方はみんなそれぞれ違いますけどね。製作者の中には使い魔を生きたまますり潰して、塗料に混ぜる人もいるとか……」

「こわっ! 芸術家タイプの殺人鬼かよ」

「あはは、冗談でぇすよ。本当は口に出せる内容じゃありまえんから」

「ふふ、わかりますわ。わたくしもリュウジの前では言えないことがありますもの」


 そう言って二人は「アハハハハ」と笑った。

 なにわろてんねんという気分だが、これが魔術師ジョークなのだろうか。


 俺も材料にされないように気をつけよう。


「そういえばお二人の部屋なんですけど、物が多くて一部屋しかないんでぇすよね。大丈夫ですか?」

「え!? で、ではまたリュウジと同じベッドで……?」

「いや、なにかあった時のために起きてるぞ。魔力が十分にあって眠くないからな」

「チッ……いえ、リュウジがそれでいいなら。マイヤさん部屋は奥の扉でいいのかしら」

 いま思いっきり舌打ちされた気がするな。

 年頃の少女はおっさんと一緒に寝たくないと思うんだが、リーシャのこういうところはイマイチよくわからん。


「お部屋は合ってますけど、お二人って変わった関係でぇすね。まるで使い魔じゃなくて、人間と接しているような……」

「そ、そうですか? 普通だと思いますけど」

「ほ、他の魔術師たちは違うのか?」

「主人とその奴隷みたいなところも多いでぇすよ。上下関係をはっきりさせておかないと、契約書を盗んではぐれになる使い魔が多いっていうのもありますけど」


 リーシャといると気づかないが、召喚した時の契約書があると、使い魔は主人の命令に逆らえないんだったな。

 はぐれになる使い魔がいるのも、わかる気がする。


 魔術師狩りもその一体なのだろうかと俺は思った。







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