第18話 オッサン、ネズミを舎弟にする

「もしもーし。そこのネズミさん言葉通じる?」

「は? なんだよテメエ」


 おー、通じてる通じてる。変身にこんな効果があったとは。傍から見ればネズミが鳴いているだけなんだろうけど。


 つくづく便利なスキルだと思いながら、俺はチュウチュウと会話を続ける。


「俺の話を聞いてくれないか? いろいろ質問があるんだよ」

「テメエ見ねえ顔だな。新入りか?」

「まあそうだな。今日来たばかりだ」

「ここの新入りはな、先輩に飯を捧げる義務があるんだよ。そんなことも知らねえなんてお花畑で暮らしてきたのか?」


 そう言ってドブネズミは足元につばを吐きかけてきた。まるでガラの悪いチンピラだな。ネズミ社会のことはよく知らないが、下水道に住んでいると心が荒むのだろうか。


「食料また今度にしてくれ。いま大事な事件を追ってるから耳を貸してくれないか」

「テメエみたいなお坊ちゃんがオレは一番嫌いなんだよ。チチチチ、そうだ……今日のメシはテメエにしてやろう」


 指を差してニヤリを笑うと、俺の背後からさらに二匹のドブネズミが現れた。どうやらこいつの仲間らしく、血走った目で狙われているのがわかる。


 こいつらまるでチンピラだな。

 俺が一匹だから調子に乗っている感じがアリアリだ。


「待て待て。暴力は嫌いなんだ。ネズミ同士仲良くいこうぜ」

「そういうところがお坊ちゃんだって言うんだよ。お前らやっちまえ!」

「へい!」

「死ねえ!」


 前後から歯をむき出しにしたドブネズミたちが襲い掛かってくる。動物虐待は趣味じゃないが仕方ないな。


「【変身】」


 俺は変身スキルを使い、毛皮を鉄に変えた。ガチンッと音を立てて歯が弾かれる。少し欠けたかもしれないが、自業自得だ。


「かっ、かってえ! どうなってんだ!」

「アニキ、歯が通りません!」

「なっ、なんだとお!? こいつ本当にオレたちと同族か!?」


 違うんだよな。もう少し早く気づいてほしかったが。


「ちょっと痛い目を見てもらうぞ」

「ギャッ!」

「「ヒイイイイイイイイイイイイィーーーーッッ!」」


 両手も鉄に変身させると、目の前にいるドブネズミにボディーブローを叩き込む。体がくの字に折れ曲がり、そのまま倒れこんだ。


 続けて後ろにいる舎弟らしき二匹に、連続してフックをお見舞いした。気の毒だがこっちも仕事がある。


 ここでじゃれあっている場合じゃない。


「話を聞く気になったか?」

「へへー、すいませんボス! なんでも聞いてください!」

「オレもです!」

「オレも!」


 勝ち目がないとわかったのか、ドブネズミたちはようやくわかってくれたようだ。

 俺はこの下水道を使う不審な人物がいないかたずねた。


「そういえば変な人間がウロウロしていたような……二週間くらい前だったかな」

「そいつはどんなやつだった? 顔はわかるか?」

「いやー、オレらって基本メシのことしか考えてないんですよね。だから顔とかちょっと」

「思い出せ。そいつは二人殺してるかもしれないんだ」


 ドブネズミの胸倉をつかんでブンブンと振る。

 貴重な手がかりを逃すわけにはいかない。


「いやいや、マジでわかんないんですよ! そいつボロいマントみたいなのを羽織ってて、顔も体格も隠れてるんすよ!」

「隠れていても大体の身長わかるだろ。どのくらいだ?」

「小柄な大人って感じですね。結構素早く移動していましたし」


 低めということは女性の可能性もあるのだろうか。

 ただ気になるのは、どうして俺のように小動物へ変身しないかということだ。はぐれ使い魔ならできないわけがない。


 もちろん魔力の消費を気にしているのかもしれないが。どうも引っかかる。


「そいつはここに住んでいるのか?」

「いや、そんなことはないです。マンホールから出入りしているところを見たことがありますんで」


 拠点は地上にあるってことか。下水道で生活するような化け物ではないようだ。

 なら頻繁に移動する経路がわかれば、マンホールから潜伏先を割り出せるかもしれない。

「そいつがよく使っている道とマンホールはわかるか?」

「ん~、どうだったかな……テメエら覚えてるか?」

「オレ覚えてないっす」

「あ、オレ覚えてますよ。寝床のすぐそばをそいつがよく通るで。あっちの方向です」


 舎弟が枝分かれした排水路の一つを指さす。


「よし、お前らそこに案内しろ。急いでな」


 ドブネズミたちを先頭にして、再び下水道を走る。なんどもカーブするせいで道が覚えにくい。

 こいつら以外と頭がいいんじゃないのか。


 不審者が通った経路をしばらく進むと、その途中でマンホールを発見した。


「ご苦労だったな。またなにかあったらよろしく頼む」

「いえいえ、いつでもお手伝いしますよ」

「「お気をつけてー!」」


 ドブネズミたちと別れると、俺は元の姿に戻りマンホールから地上に出る。

 何時間も地下にいたせいで、太陽の光がいやにまぶしく感じるな。


 この周辺に魔術師狩りの拠点があるのだろうか。

 そう思って周りを見回した俺だが、一秒もかからず目に飛び込んできた建物があった。


「ここ……なのか?」


 それは静謐な気配を漂わせ、屋根に十字架をかかげた教会だった。



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