第16話 オッサン、初仕事を受ける

「魔術師狩り……ですか? 噂くらいですけれど」

「ほう、どんな噂だね」

「魔術師が夜一人で歩いていると、気づかない内に腕を失っていた。使い魔が帰ってこないと思っていたら、両目にナイフを刺された状態で川に浮かんでいた。……などでしょうか。この半年で急に話題が広がりだした印象ですわ。魔術関係のトラブルは珍しいことではありませんから、半信半疑でしたけど」

「うむ。巷ではその認識だな。実際無関係な事件も多いだろう」


 そんな噂があったのか。おだやかじゃないな。


「だが魔術師狩りは実際に存在する。まだ公にはなっていないが、治癒術式研究局の魔術師が二人殺されているとの情報だ」

「魔術協会でも犠牲者が出ていますの!? すぐに対策本部を立ち上げませんと!」

「落ち着きたまえ。私が独自に調査したところ、魔術師狩りは魔力の痕跡を残さない能力を持っているらしい。つまり魔眼による追跡は不可能ということだ。人海戦術という手もあるが、下手に刺激して逃げられては元も子もない」

「ではなぜわたくしたちを? 残念ながらご期待に添える捜査能力は持ち合わせていないのと思いますわ」


 新人コンビに任せるには重すぎる内容に思える。

 俺も犬に変身することすらできないからな。まだ警察犬を呼んできた方が、よほど役に立ちそうだ。


「ハーハッハ! そう謙遜することもないだろう。キミの使い魔はこの世界にはない、特殊な武器や機械に変身できると聞いているよ。今回呼んだのはその未知のスキルが捜査に使えると思ったからだ」」

「え、えっと……それはその……」

「ああ、答えなくてもかまわない。使い魔のスキルは魔術師にとって秘中の秘。同僚にすら明かさない者も多いからね」


 なんか試験のことが誇張して伝わっていないか? 魔眼でも見つけ出せないやつを探しだせるほど、便利なスキルじゃないんだが。

 リーシャも困惑しているが、立場的に言い出せないようだ。


「ハインツ局長、お言葉ですが俺にそこまでの力はありません。買いかぶりすぎです」

「ほう、だがキミの魂は平凡とはほど遠いようだぞ。まだ秘めた素質に気づいてないだけかもしれないな」


 もうそんなことまで見抜いているのか。ただ明るく気さくなだけじゃない。

 局長の立場まで上り詰めたのは伊達じゃないってことか。


「そう緊張しなくてもいい。仕事に失敗したら即クビなんてこともない。ただ新人ならではの視点で捜査に当たってもらいたいだけだよ」

「わかりました。そこまでわたくしたちを信頼してくださるのなら全力を尽くします」

「では仕事の場所を伝えよう。私のつかんだ情報ではここから西に三百キロほど離れた

 メモリという町に潜伏しているらしい」


 この都市にはいないのか。車がないから移動に時間がかかりそうだな。

 馬車にずっと揺られているのは、けっこう腰にくるし。


「以前から町に住んでいる魔術師には連絡しておいたから、現地で協力してくれたまえ。それと魔術師狩りを『生きたまま拘束』することが今回の最優先目的だ。無理なら住処を突き止めて私に連絡をくれてもいい」

「戦うことになっても、俺のスキルで殺すのはダメということですか?」

「どうやって魔力の痕跡を消しているのかその能力を把握しておきたい。同じような犯罪者を生まないためにもね。とはいえ腕の一本や二本奪うくらいはかまわないよ。その程度ならすぐに治せるからね」


 前から思っていたが、この世界では重症の定義がかなり軽いらしい。魔力でなんでも治せるなら仕方がないことかもしれないが。

 多少やりすぎても問題ないのは助かるな。俺も無理に相手を殺したいわけじゃない。


「明日には出発できるように手配しておこう。今日は準備と休息に当てたまえ」

「ありがとうございます。話は以上でしょうか?」

「うむ。よろしく頼んだよ。リーシャくん、リュウジくん」


 長い話が終わって、ようやく局長室から解放された。なんだかどっと疲れた気分だ。気負わないように配慮してくれていたが、それでも責任がのしかかってくる

 俺はエレベーターまでの廊下を歩きながらリーシャに話かける。


「初仕事から難しそうだな。大丈夫か?」

「え、ええ! お父様はずっとこの仕事に携わってきましたもの。わたくしも負けてられませんわ」


 プレッシャーが重そうだが、リーシャはやる気のようだ。なら使い魔の俺が気後れしている場合じゃないな。

 二つしかないスキルでどこまでやれるかわからないが、最善を尽くそう。


「わたくしはカフェオレにしますわ。リュウジはどれにします?」

「じゃあブラックで」


 エレベーターに乗って一階まで降りる。それからリーシャは売店でコーヒーを奢ってくれた。本人は苦い味に慣れないらしい。


 二人で庭園のベンチに座り、飲みながら今回の話をする。ここのベンチは盗聴禁止のスキルが使われており、密談にも使われると教えてもらった。


「魔術師狩りはどんなやつなんだろうな? やっぱり頭のおかしくなった魔術師か一般市民単独の犯行か?」

「でもそれだと二人も犠牲者が出ていることが説明できませんの。戦闘専門ではない治癒魔術師といえど、護衛の使い魔はすぐそばにいるはずですから」

「刃物なんかで殺害するのは無理ってことか」

「ですからわたくしは『はぐれ使い魔』の仕業だと考えていますわ」


 はぐれ使い魔って単語ははじめて聞いたな。俺がどういうことか質問すると、リーシャが答えてくれた。


「はぐれ使い魔とは主人たる魔術師を持たない使い魔のことですわ。なんらかの原因で魔術師だけが死亡した場合に起こる現象です」

「それっておかしくないか。使い魔が存在できるのは魔力供給があるからだろ? そのままだと消滅するんじゃないか」

「だからはぐれ使い魔は人間の魂を食べることで魔力を補充していますの。魔術師でない人間すら魂に魔力はありますから。狙う相手を魔術師にすればかなりの量の魔力を吸収することができますわ」


 ぞっとした。いままで深く考えずに供給されていた魔力を、そんなやり方で補充しているやつもいるのか。

 食事で満たされない以上、当人からすれば仕方のないことなのだろうが。


 俺はあらためて今回の仕事に対する決意を固めた。

 犯人は絶対に俺たちの手でつかまえてやる。





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