第12話 オッサン、お嬢様と寝る

「──やった! やりましたわリュウジ! わたくしたち勝ちましたのね!」


 試験が終了し、リーシャが俺に抱きついてきた。満面の笑顔はヒマワリのようだ。

 ようやく緊張から解放されたせいか、頬が緩んでいる。


「お、おう。俺たちの勝利だな!」


 正直なところ俺は素直に喜んでいられる状況じゃなかった。

 こんな時に申し訳ないのだが、胸が思いっきり当たっている。半球形につぶれた胸がムニュムニュと胸板を圧迫し、頭がとろけそうだ。


 まさに童貞を殺すハグ。

 落ち着け俺の股間。いまはそういう空気じゃない。



「これでお父様の家も没収されずにすみますわ。本当に……本当にありがとうございます! 貴方を召喚してよかった……!」


 これで俺もホームレス生活にならずに済みそうだ。歓喜と安堵、それに当主としての責任が入り混じり、泣き笑いの表情を浮かべるリーシャ。

 彼女はずっと俺から離れず、何度感謝の言葉を述べた。


「あのー、感動に水を差すようなんだけど、ボクはもう行っていいかい?」

「ああ、早く行け。服を忘れるなよ」


 気まずそうにロバートが背中側から言ってくる。俺が許可すると、そそくさと闘技場から出ていった。


 こうして俺とリーシャはじめての戦い、認定試験は幕を閉じたのだった。





 その夜、祝勝会を終えた俺はベッドで横になっていた。試験で何度もスキルを使ったせいか、体が鉛のように重く感じる。


 リーシャに聞いたが、使い魔は体内にある魔力の量でコンディションが変わるそうだ。いまは供給よりも消費している量が多い状況のようだ。


 基本的には魔力さえあれば食事も摂る必要はなく、本来睡眠も必要ないらしい。最近夜眠くならないのも、その関係だろう。


 皮膚も魔力を通せば汚れが落ちるので、風呂にも入らなくていいのだが、俺は風呂が好きなので入り続けるつもりだ。


 このへんは日本人のサガだな。


「今日は色々とありすぎたな」


 初めてスキルを使った本格的な戦闘、相手の肉体を破壊する感覚。一つ間違えれば俺は消滅し、リーシャも重症を負っていたかもしれない。


 これまで生きてきた世界が、いかに平和だったか実感できる。それでも元の世界に戻りたくはないし、生きている実感はいまの方が圧倒的に上なのだが。


 生きた屍のように労働で日々をただ消費する、そんな生き方をずっと続けていたからな。そんなことをつらつらと考えていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


 時計の針はもうすぐ午前零時を指そうとしている。たぶんリーシャだと思うのだが、こんな時間に一体なんの用なのだろうか。


「どうした?」

「あ、あの。よろしければわたくしと寝てくださいませんか?」


 そう言ってリーシャは、俯きがちに目を伏せた。頬はリンゴのように赤く、落ち着かなさそうに指と指を絡ませる。

 一挙一動が彼女が緊張していることを伝えていた。


 ネグリジェに着替えているせいで、体のラインが露骨に強調されている。メロンを思わせる存在感の強い胸に、キュっと細くくびれた腰、張りのあるお尻もだ。

 じろじろ見てはいけないのだが、ついつい女性らしい部分に視線が引き寄せられてしまう。


 いや、そんなことはどうでもいい。いま寝るって言わなかったか? 初日は警戒して断ったが、いまは違う理由がでてくる。


 自分の主人に使い魔が手を出していいのか。せっかくルヴィエオラ家の当主として認められたのだから、リーシャにはいい男性を見つけてほしい。

 俺のようなおっさんではなくだ。


 だがこうやって誘惑されると、理性が砂の城みたいに崩れていく。やめろ童貞を惑わせるな。

 俺の心は弱いんだ。


「練る? ああ、スキルの使い方をいっしょに練ろうってことか。でも今日は遅いからまた明日な」


 われながら勘違いをよそおった完璧な回答だ。そのまま流れで扉を閉めようとしたが、服の袖をつかまれた。


 マズい。

 これは茶番で逃げられない感じか。


「か、勘違いなさらないで! いかがわしいことではありませんから!」

「んん? どういうことだ?

「今日のリュウジはたくさんスキルを使いましたから、その分魔量供給が必要なんですの。でもわたくしの魔力もあまり残っていませんから、離れていると供給がスムーズにできませんの」

「あー、それでいっしょに寝るってことか」

「はい。だから……お願いします」


 そういう話なら仕方がないな。でも恥ずかしいのはよくわかる。

 リーシャも理屈はわかっているはずだが、男と一晩過ごすのは緊張するのだろう。


「じゃあ寝るか。でもいびきや歯ぎしりは勘弁だぞ。俺けっこう音に敏感なタイプだからな」

「もうっ、そんなことしませんわよ。リュウジこそ大丈夫なんですの」

「めっちゃうるさいかもしれん。その時は勘弁な」


 リーシャは頬を膨らませ、ポカポカと俺の胸を叩く。

 それから俺たちははじめて同じベッドで眠ることにした。


 疲れていたせいか、使い魔の体でも目を閉じるとすぐに夢の世界へ──行かなかった。


 いや、眠れるわけないだろ。アイドル並みのスタイルを持つ金髪縦ロールお嬢様が、ネグリジェ一枚で隣に寝ているんだぞ。

 あらゆる意味でギンギンになるわ。


 当のリーシャはあんなに恥ずかしがっていたのに、もう眠っているようだ。俺もなんとか頑張って、眠ってみるか。

 でないとなにかの間違いで手を出しかねないからな。


 瞳を閉じて意識を無にしようとする。いつもなら中々寝付けないが、羊を数えていると徐々にまぶたが重くなっていく。


 背中に少女の体温が感じながら、俺は夢の世界に落ちていった。





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