第10話 オッサン、試験に挑む③

 歯と歯が打ち鳴らされる音が聞こえ、俺の体は空中に浮きあがった。水の冷たい感触が服を濡らす。


 くそ、警戒してたのに直撃してしまった。あの水のスキル便利すぎるだろ。どこからでも攻撃がくるし、応用力が高すぎる。


 水柱の射程から離れると、重力に従って落下がはじまる。

 俺は闘技場の床に顔面からぶつかりそうになり──。


「魔力障壁! 【緩衝展開】!」


 ギリギリのところでリーシャの魔術に助けられた。円形の魔法陣がクッションのように衝撃を吸収する。


 ふー、危なかった。さすがに頭から複雑骨折するのは勘弁だ。


「リュウジ! 無事ですの!?」

「ああ、助かった」

「チッ、飛距離の最高記録を見られると思ったのに」


 まだ耳鳴りのように周囲の声が聞こえる。人間のままなら舌を噛み千切る重傷を負っていたかもしれない。

 もしくは脳を揺らされて昏倒していただろう。もちろん頭が残っていればの話だが。


 普通に動ける魔王の体とリーシャの魔力に感謝だな。


「少し油断した。続きをやろうか」

「おもしろいことを言う使い魔デスネ」

「雑魚相手に手間取るな。さっさと片付けろ! 間違ってもボクに近づけるなよ!」


 俺は立ち上がって、鉄棒を構える。ここまでまともにダメージを与えられていない。まずは一撃くらわせてやりたい。


 もしくはロバートを昏倒させるかだが、魔力障壁を展開していて厄介だ。あいつ魔力の消耗が気にならないのか?


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッッ!」

「…………悪くない動きデス」


 アクエアリアスの手刀と俺の鉄棒がぶつかり合う。試験がスタートした時よりも、手足がよく動く。

 はじめはやはり緊張していたのだろう。


 これで決定打さえあればいいんだが、お互いに決め手を欠く状況だ。

 リーシャ、ロバートの援護を交え、五分以上も攻防が続く。


 そして、先にしびれを切らしたのは、試験官側のコンビだった。


「あー、まどろっこしい! いつまでグダグダとやっているんだ!

「申し訳ありませン」

「トロフィーを傷物にしたくなかったんだけどなぁ。めんどうだし、魔力の供給元を叩くか」

「承知しましタ。【アクアピストル】」


 アクエアリアスの指先から水の弾丸が発射される。その狙いは使い魔ではなく、魔力を供給する魔術師だ。


「ま、魔力障壁! 【防御展開】!」

「再装填【アクアピストル】」


 障壁が水の弾丸を防ぐ。だが一発二発をしのいでも、すぐに次の弾丸が発射された。このままでは障壁が持たない。


 ただでさえ俺の存在を維持するのに魔力を使っているのだから。


「っ……魔力が……」

「まってろ! いま行く!」


 俺は走ってリーシャの前の立つと、背中で敵のスキルを受け止めた。


 ガンッ! ガンガンガンガンガンッ!


「──ッ! くそっ! がっ、ぐううううううううううううううぅッッ!」

「ははははは! モロにくらいやがったぞコイツ!」

「そんな……リュウジ!」


 鉄板に雨粒が当たったような音が響き、水の弾丸が背中を容赦なく叩く。鈍い痛みが少しずつ体に溜まっていく。


 まだ死ぬレベルじゃないが、このままくらい続けるのはマズいな。メイドさんに用意してもらった服もボロボロだ。


「もうやめてくださいまし! これ以上貴方が傷つくところを見たくありません!」 


 一方的にボコボコにされていると思ったのだろうか。穴だらけになった服をつかんで、リーシャが涙目でこっちを見てくる。


 まあ実際そうなんだが、主人にこんな顔をさせてしまう自分が情けない。


「馬鹿なこと言うなよ。ここから奇跡の大逆転がはじまるってのに」

「やっぱりスキルも使えないのに戦うなんて無茶だったんですわ! わたくしもう降参──」

「そのセリフはお前が危険になった時だけだ。傷ならあとで治せばいい」


 これぐらいクレーン車に押しつぶされた痛みに比べれば、どうってことはない。ただこのままでは勝ち目がないのも事実だ。


 さて、どうするか。


「まったく、頑丈さだけはあるようだな。遠距離から撃ちまくるのはもうやめだ。終わりにするぞ」

「ハイ」

「魔力供給、【スキル強化】」


 ロバートは自身の魔力障壁を解除すると、手を前に突き出した。魔力供給を受け、アクエアリアスの体が赤い光に包まれる。


 体内の魔力量が膨れ上がり、あふれた魔力の影響でビリビリと空気が震え始めた。ついに解放された全力を前に、リーシャが生唾を飲む音が聞こえた。。


「ボクたちくらいになれば、基本スキルでもここまでのことができるんだよ。アクエリアス、あの雑魚どもに見せつけてやれ」

「ハイ、ロバート様。【変身・強化】」


 変身スキルでアクエアリアスの左腕が、六体の大蛇に姿を変える。牙の先から滴り落ちた毒は、地面をドス黒く変色させる。


 さらに右腕は三日月のような大鎌になった。人間なら頭からつま先まで一撃で両断できるようなサイズだ。


 攻撃に入る前ですでにプレッシャーがすごい。もう完全に化け物だな。


「部分的に変身スキルを使ってますの!? しかも生物と金属を同時に!? そんなことありえませんわ!」

「ナイスリアクション。これがアクエリアスの近接戦闘特化形態さ。泣いて謝ってももう遅いけどね」

「魔力供給もスキルも上回られるなんて……どうすれば……」


 圧倒的な力の差を見せつけられて絶望の声が漏れる。俺も変身スキルのことをなにも知らなければ、同じ反応だっただろう。


 だが、あの明らかに強そうな姿を見て、一番最初に思ったことはこれだった。


「【変身】って手足みたいな一部分だけでもいいんだな。というか生物でなくてもいいのか?」

「え? そ、それはそうですけど……部分変身は生物、無機物問わず高度な技術ですのよ。一部だけ別の物質ですと魔力の流れが滞ってしまいますから」

「なるほどな」


 のんきすぎる質問にリーシャは戸惑っているようだ。


 正直に言って俺には部分変身が高度な技術には思えなかった。むしろ別の生き物になるより、簡単だと直感が告げている。


 前世だという魔王の直感が。


「作戦会議は事前に済ませておくんだな。アクエアリアス! 雑魚魔術師と使い魔を蹴散らせ!」

「ハイ。承知しましタ」


 アクエアリアスが駆け、六体の大蛇が襲い掛かってくる。鋭い牙が体に突き刺さる前に、俺はスキルを発動した。


「【変身】」


 その直後、牙があちこちから喰らいついてくる。瘴気の漂う毒の雫がしたたる様子も、、しっかりと見えた。


「あはははは! もろに食らったぞあのバカ!」

「バカはお前だ。よく見ろ」

「はは……はぁ!?」


 鋼鉄になった俺の皮膚は、大蛇の牙も毒も通さなかった。間抜け面で口を開けたままのロバートに向かって、はっきりと唇を動かす。


「ヒントをくれてありがとよ。俺にはこっち方が向いているみたいだ」






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