第9話 オッサン、試験に挑む②
「ただいまより魔術協会認定試②
闘技場に女性の声でアナウンスが響く。いよいよ試験が始まるのだ。
「改めてルールを説明します。試験は三十分一本勝負。魔術師と使い魔、二人一組で戦っていただきます。勝敗は魔術師、使い魔いずれかの戦闘続行不能か、降参で決まります。治癒魔術師も待機していますが、試験での負傷、死亡いずれに関しても協会は一切責任を負いませんので、ご注意ください」
使い魔同士の戦いって聞いた時点でバイオレンスだとは思っていたが、死ぬ可能性までは考えていなかった。
理解できる文化があっても、倫理観が日本にいた時とは違うのだ。使い魔の俺はともかく、リーシャを傷つけるわけにはいかない。
「受験者が勝利した場合は魔術犯罪対策局、一〇六家系の会員資格を引き継ぐことができます。敗北した場合、一切の援助を打ち切りますのでご理解ください」
試験開始の瞬間が刻一刻と近づいてくる。
緊張で喉が渇いて仕方がない
「リュウジ、改めてさっきはありがとうございます。あんなことを言いましたけど、本当のわたくしは手を出せるほど実力も、勇気もありませんから……貴方がいたから強気になれただけですの」
「どんな理由でもあいつに屈しなかったのならいいだろ。勇気がないなら代わりにぶん殴っといてやるよ。それで帰ったら祝勝会だな」
俺がそう言うと、リーシャはクスリと笑った。ロバートのやつはまだ使い魔も出さずに、ニヤニヤとこっちを見ている。
その余裕たっぷりの面を、いまからぶっとばしてやるからな。
「それではルヴィエオラ家次期当主、リーシャ・ルヴィエオラと、ガブリエルゼナム家銅級魔術師、ロバート・カブリエルゼナム両名によって試験を開始します。開始まであと五秒……」
カウントが始まる。
俺は自分の体を流れる魔力を意識し、集中力を高めていく。
「……四、三、二、一。試験開始!」
アナウンスと同時に、甲高い笛の音が響いた。
「いくぞ!」
「はい。魔力供給! 【身体能力強化】!」
俺はリーシャと馬車の中で打ち合わせした通りに、ロバート目掛けて疾走する。リーシャから追加で供給された魔力で、肉体に力がみなぎってくる。
全身から青白い魔力があふれ、どんどん距離が縮まっていく。あと少しで手が届く。このままロバートを攻撃できれば、それで勝利だ。
「やれやれ、どんな戦術を使ってくるかと思ったんだけどね。正面からただ突っ込んでくるだけか。アクエアリアス、さっさと片付けろ」
ロバートが嵌めている真珠の指輪がぐにゃりと歪むと、身長ニメートルはある使い魔の姿になった。
頭は逆さにした金魚鉢のようで、そこに点々と空いた穴からは水の触手がクラゲのように伸びている。
体にはピッチリと肌に張り付く、タキシードを着ていた。
人外の怪物はここに来てから何度か見たが、こいつは会った瞬間にヤバいとわかった。一瞬で全身の産毛が逆立ちをする。
無機質だが確実の殺すという意思が、ひしひしと伝わってくる。
「お前が使い魔か。悪いが容赦はしないぞ」
俺はベルトに差しておいた、鉄棒を引き抜いて殴りつける。人間なら一撃で病院送りにできると確信できる速度だ。
だが、アクエアリアスはそれをいとも簡単に手で受け止めた。
「なにっ!?」
「身体能力強化を使うまでもないな。お前のスキルを見せてやれ」
「ハイ。【水衝撃】」
「お゛っ、あ゛あ゛っ!?」
アクエアリアスの手のひらから波紋が広がり、俺の体は後ろに吹っ飛ばされた。プールに腹から落ちた時の衝撃を、何十倍にも増幅したようだ。
この肉体のおかげで痛みはないが、体の奥がジンジンと痺れる。
「くそ、なにしやがった」
「へえ、いまので壊れないんだ。じゃあたっぷりとリーシャに見せつけてやろうじゃないか。ボクの使い魔の強さをね!」
「リュウジ! 来ますわ!」
「くっ!」
「……【バブルクライシス】」
無数の巨大なシャボン玉が、俺とリーシャに襲い掛かってくる。地面にシャボン玉が触れて弾けると、その跡には大きな穴が開いていた。
あんなものをリーシャに触れさせるわけにはいかない。
「こっちに寄ってくるんじゃねえ!」
俺はナイフを投げてシャボン玉を割る。こんな時こそ距離を取って攻撃できるスキルがあればいいんだが。
生憎こっちは物理攻撃しかできないんだよ。
「リーシャ、お前の使い魔はナイフなんか投げるのか。あはははは! まさか試験をサーカスとでも思ってるのかい? それともボクを笑い死にさせる作戦かな?」
「っ……魔力供給! 【精密動作強化】!」
リーシャの魔力供給でナイフ投げの精度は上がったが、このままじゃジリ貧だ。なんとか逆転の手を探さないと。
この時俺は前から来るシャボン玉に気を取られて、懐がガラ空きだった。それが敵の策略とも気づかずに。
好機を逃さず、敵のスキルが炸裂する。
「隙ありデス。【水柱生成】」
「がっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」
俺の足元から出現した水柱が、正確に顎を打ち抜いた。
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