第8話 オッサン、試験に挑む
リーシャをベッドで寝かせて、俺は武器になりそうなものを探すことにした。
「なにか戦いに使えるものはあるか?」
「少々お待ちください」
スキルが当てにならない以上、自分の力で戦うしかない。メイドの人に頼んで、ナイフや使わない鉄棒、鉄板をゆずってもらった。
スキルを使う怪物相手にどこまで通用するかはわからないが、ないよりはマシだろう。
「それにしても眠くならないな」
昨日は普通に眠れたが、いまはまったく眠くならない。かといって頭や体がダルいわけでもなく、むしろ力がみなぎっている。
スキルを使うようになって、俺の肉体は完全な使い魔になろうとしているのだろうか。
「結局【魔眼】スキルは練習できなかったな。でも視力はかなり良くなったか」
屋敷の屋根に上って、街の方角を見る。夜も更けてほとんどの家は灯りを落としているが、遠くにある時計塔など大きな建物の窓からは光が漏れている。
俺の視力はその光に群がる虫の形と数まで、正確に視認することができた。人間の時には不可能な芸当だ。
「明日は絶対に勝つ。使い魔としてはじめての仕事だ」
なんとしてもリーシャの家を守り、美味い朝食のある使い魔ライフを謳歌する。人間の頃に散々味わった苦渋を噛みしめ、俺は決意を固めた。
◇◇◇◇
翌朝。
「おはよう」
「おはようございます。リュウジ。昨日はベッドまで運んでくれましたのね。ありがとうございます」
「それはいいんだが、体は大丈夫そうか?」
「はい。もう平気ですわ」
目が覚めたリーシャと挨拶をかわす。一晩眠ったおかげか顔色もすぐれ、体調はすっかり良くなっているようだ。
朝食をとり身支度を整えると、俺とリーシャは試験会場へ向かった。
「会場へはこの馬車で行きますの」
巨大なトカゲが引く馬車に乗りこむと、少しして発車した。揺れるが気分が悪くなるほどじゃないな。
一時間ほどすれば会場に着くらしい。
「試験の前にわたくしができることを説明しておきますわね」
試験は魔術師と使い魔がコンビを組んで戦うそうで、リーシャはサポートを担当するようだ。
そういえば召喚魔術以外になにができるか知らなかったな。
「攻撃はできませんが、【魔力供給】という魔術でリュウジの身体能力を上げたり、スキルを強化させていただきますわ」
つまりバフをかけられるってことか。
それは便利だな。
「他にもあるのか?」
「あとは【魔力障壁】でしょうか。任意の場所に魔力でできた盾を作れますの。こんな感じですわね」
言うとリーシャの手のひらに魔法陣が浮かぶ。触ると火花が飛びちり、バチンッと指が弾かれた。
この魔術も頼りになりそうだ。
「肉体の力だけで使い魔に勝てる魔術師はいません。場合によっては相手の魔術師
を狙うことで勝てるかもしれないですわね。もちろん相手も守ってくるので難しいですが」
「なるほどな。狙えたら試してみる」
俺の力じゃ相手の使い魔には勝てないかもしれない。
いざというときのために、サブプランは必要だ。
そうやってできることの確認や、作戦を考えていると馬車が止まった。
どうやら到着したようだ。
「ここがそうか。けっこうでかいな」
試験会場は円形でコロッセオのような形をした建物だった。
中に入ると受付があり、リーシャが試験の話をすると奥に通してくれた。認定試験は三十分後に行うそうだ。
俺たちは剣闘士が戦うような闘技場で、時間が来るまで待機することにした。周囲には観客席まであり、ポツポツと人が座っている
なんだか見世物にされている気分だ。
「魔術師協会の人間なら観戦も許可されていますの。有望な新人の発掘を目的にしている方もいるそうですわよ」
「野球のスカウトみたいだな」
「……野球ってなんですの?」
「合格できたら教える」
試験開始を待っていると、闘技場の俺たちとは反対側から人が歩いてきた。茶髪をマッシュルームヘアにした若い男だ。
まだ二十代前半だろうか。指輪やネックレスをやたらと身に着け、趣味の悪い成金のように見える。
「やあリーシャ、久しぶりだね」
「ロバート……あなたが今回の試験官ですの」
「パパに頼んでそうさせてもらったんだよ。またキミと会いたくてね」
どうやら二人は知り合いのようだ。
ただリーシャの苦虫を噛み潰したような反応からすると、とても良好な関係には見えないが。
「ボクと結婚してくれれば、あんな古臭い屋敷くらい買い取ってあげたのに。キミもわからず屋だなぁ」
「その話は何度も断ったはずですわ。ルヴィエオラ家の血をあなたのような下衆に汚されたくありません。このボケ」
リーシャは露骨に顔をしかめる。なんだか口も悪くなっているみたいだ。
「カビ臭い魔術しか使えない分際でよく言うよ。身体だけは最高なんだから、黙ってボクに抱かれていればいいのに」
「資産家の父親の威光で試験をパスした七光りに言われたくありませんわね。その臭い口を閉じないと舌を縫い合わせますわよ」
思った以上に二人の関係は最悪みたいだな。というかこの男、親の金にまかせてリーシャと結婚しようとしていたのか。
はっきり言って嫌いなタイプだ。
「ふん、そこにいる冴えない男がキミの使い魔かい? たいしたスキルを持っているようには見えないけどね」
「……そんなことはありませんわ」
「まあこんなやつでも夜の相手くらいはできるか。なあお前、夜はどうやってリーシャを慰めてやってるんだ?
「てめえ……!」
その言葉を聞いた瞬間、自分の血管が切れる音が聞こえた。ロバートの腕をつかむと、骨が折れそうなほど力を込める。
「いだだだだだだ! なんだお前! 使い魔ごときが暴力を振るっていいと思っているのか!」
「知るか。リーシャに謝罪しろ。でないと折るぞ」
「リュウジだめですわ! 試験前の暴力は失格になってしまいます!」
リーシャに言われ俺は手を離した。そうでなければ容赦なく折っていただろう」
「くそが! お前に生き地獄を味わわせてやるからな! せいぜい試験開始を楽しみにしていろ!」
「お前こそ土下座でもなんでもやらせて絶対に謝罪させてやる。覚悟しろ」
「土下座……? ふんっ、もしボクが負けるようなことがあったら、罰として全裸で一人ワルツを踊ってやるよ」
「いまのセリフ覚えとけよ」
言い争いをしている間にも、どんどん頭に血が上っていく。怒りのピークは長くて六秒間っていう説は嘘だな。
と、口撃の最中にロバートはニヤリと口元を歪めた。なんだか嫌な予感がする。
「負けたら恥ずかしい思いをするんだから、勝った時の報酬も必要だとは思わないかい? でないと不公平だろう」
「なにが言いたいんですの」
「ボクが勝ったらリーシャ、キミを抱かせてくれよ。プレイの内容は全面的に任せてもらう約束でね」
「ふざけるなよお前。マジで折るぞ」
自分から罰を提案しておいてなにを言ってるんだこいつは。まさかこれを狙って試験官になったんじゃないだろうな。
お前みたいな下衆にリーシャを好きにされてたまるか。
「偉そうなことを言っておいて自信がないのかい? それでよく試験を受けようと思ったものだよ。所詮は三流魔術師の家系ってことかな」
「……わかりましたわ。わたくしが負けたら、この身体を好きにしなさい。どんなことでもしてあげますわよ」
「リーシャ! お前そんなこと……」
「心配いりませんわ。貴方を信じていますから」
ロバートは「契約成立だね。結果が楽しみだよ」と言って戻っていった。
元々の目的に加えて、さらに絶対負けられないことになったな。俺の主人に指一本触れさせるものか。
「リュウジ、勝ちましょうね」
「ああ、当然だ」
試験開始前から怒りのボルテージが上がっていく。
喧嘩もろくにしていない俺が、今日会ったばかりの相手を攻撃できるか不安だったが、それは杞憂だったようだ。
こういう下衆野郎相手なら思う存分に戦える。
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