第7話 オッサン、スキルの練習をする
「よし、やるか」
嘆いていてもはじまらない。俺は気を取り直して、パンパンと頬を叩く。
そもそもスキルをまともに使えないと話にならないしな。そういう意味では二つだけの方が習得が簡単かもしれない。
「まずは【変身】のスキルから使ってみるか。でも他の生き物になるってどうやるんだ?」
「わたくしの知っている使い魔だと眉間に皺を寄せて、なりたい生き物をイメージしている感じでしたわ。ゴブリンやインプにもできますから、具体的な体の構造などの知識は必要ないはずです」
これできなかったらゴブリン以下ってことにならないか? さすがに前世が魔王で
そんなことにはならないと思いたいが。
もうすでに嫌な予感がしている。
「変身した相手の能力はコピーできるのか? まさか見た目だけってことはないよな……?」
「元にした生き物の体の仕組みはコピーできますわ。鳥なら飛べますし、魚なら水の中を泳げます。ドラゴンなら火を噴くこともできますわね」
「ドラゴンはいいよな。まだあきらめきれないんだが」
「気持ちはわかりますけど、世界の異なる生き物に変身するのは難易度が高いですわね。それと魔力を必要とするスキルはコピーできません。だからランクの低い使い魔が、高度なスキルを使うなんてことはできませんわ」
変身スキルっていっても、色々と制約はあるわけか。まあでないとすべての使い魔が使えるわけないな。
「あと変身した相手の記憶をコピーすることもできませんわ。だから浮気のアリバイ作りをした魔術師が奥さんにバレて、刺されるなんてこともありましたわね……」
「なるほど、大体のことはわかった。実際にやってみるから見ててくれ」
俺は眉間に皺を寄せて、変身したい生き物をイメージする。まずはハードルの低くそうな子犬でやってみるか。
それができたら、戦闘で使えような熊かライオンを試してみよう。
なんにしても、こんなところで躓くわけにはいかない。
俺は子犬……そう柴犬の子犬なんだ……。体毛は茶色で足と尻尾が短く、フワフワモコモコしているかわいい子犬……。
姿形をイメージして、眉間に意識を集中していく。すると全身に電流が流れるような刺激があり、まぶたの裏に青白い光が見えてきた。
これが魔力が流れる感覚だと、生まれ変わった体が覚えていく。
徐々に自分の輪郭があやふやになり、体が別の物質に再構成されていく。一際強い光を感じた時、俺はスキルを使用したのだと確信できた。
「ワ……こ……これが、子犬の、体か」
変身してもしゃべることはできるようだ。これは助かるな。
あと当たり前だが目線がかなり低い。この位置だとリーシャの靴くらいしか見えないぞ。
ひとまず結果がどんなものか訊いてみるか。
「どうだ? 子犬をイメージしてみたんだが」
「う、うーん、コメントに困りますわね……ご自身で見てみます?」
「……なんだこれ」
リーシャの手鏡に写った俺の姿は、犬とも猫ともつかない珍妙な生き物だった。確実に言えることは犬ではないということだ。
ためしに鳴いてみたが、ワンとニャーが混ざったような鳴き声だった。これだと人間の言葉しかしゃべれないじゃないか。
他の犬と会ったらイジメられるぞ。
「いやさすがにここで躓くやつはいないだろ。もう何回か練習したらできるから待っててくれ」
「じゃあわたくし飲み物を取ってきますわね」
「ああ、よろしく頼む」
ゲームでいうチュートリアルで、苦戦しているわけにはいかない。こっちには時間がないんだ。
俺は気合を入れて変身のスキルを再度発動した。
五時間後。
そこには変身スキルもまともに使えない敗北者の姿があった。飲み終わったマグカップが四個も地面に転がっている。
まさか子犬に変身することすらこんなに難しいとは。熊やライオンなんて果てしなく遠い道のりだ。
ちゃんと変身できていない生き物は、体のバランスが悪く歩くことすらままならない。キメラや鵺はあれでちゃんとした生き物だったんだな。
「はぁはぁ、今日はこれくらいにしといてやるか」
「あの、もしよろしければ虫に変身してみませんか? 美術用に昆虫のデッサン専門のインプをいますし、小さい生き物の方が難易度が低いと思うんですの」
「虫か……そこからか……」
情けないがそれすらできないよりはマシだ。俺は虫の姿になった自分をイメージする。芋虫よりはわずかでも空を飛べてた方が役に立つだろう。
虫……俺は虫になるんだ。小さくてすばしっこい虫に……。頭の中でイメージが固まり、魔力が体を巡っていく。
俺の体は小さくなり、姿を変えはじめた。
それからさらに二時間後。
外は日が沈んで夜になっていた。
「で、できたぞ。これが【変身】スキルだな」
「すごいですわ! 完璧です!」
コガネムシに変身した俺は、飛び立ってリーシャの人差し指の上に止まることができた。まだ飛行は不安定だが、脚や羽を動かすことはできる。
問題はこれがどう戦闘の役立つのかということだが……。
「不甲斐なくて悪い。明日は俺のフィジカルだけで勝負することになりそうだ」
「謝らないでください。わたくしはリュウジを信じていますから」
リーシャは一点の曇りもない瞳でこっちを見てくる。ただのおっさんに信用があるわけもないし、もはや前世が魔王だという希望にすがるしかないのだろうか。
まあ身体能力は上がっているわけだし、それでなんとするしかない。
そういえばスキルの練習で気付かなかったが、リーシャの顔色は疲れている感じがする。よく見れば衣服にも汗がにじんでいた。
「なんだか顔色が悪いぞ。もしかして風邪か?」
「いえ、魔力を供給していましたので少し疲れただけですわ。お気遣いなく」
「魔力の供給? どいうことだ?」
「この世界に呼び出した使い魔は、魔術師が魔力を供給することで存在を維持していますの。供給量に差はありますが、基本的にはインプでも魔王でも同じですわ。そして、スキルを使えばその分追加で魔力を消費しますの」
つまり俺が変身に失敗している間も、リーシャは魔力を消費し続けていたのか。それが疲労につながって、体調を乱していたんだ。
のんきにスキルを使いまくっていた自分が情けない。
「すまない。俺にスキルの才能がないせいで疲れさせたな」
「いえ、これはどんな魔術師でもすることですから。それに距離が近かったので魔力供給もやりやすかってですわ。距離が離れるほど供給の線が細くなりますの。でも……ちょっと眠いですわね……」
「リーシャ!」
俺に身体をあずけて、リーシャは寝息を立てはじめた。家系と思い出を守ろうと必死な少女は、風に舞う羽のように軽かった。
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