第2話 オッサン、お嬢様に押し当てられる
「あのー、落ち着きまして?」
「すまん、取り乱した。よく考えたらあんたのせいじゃないしな」
腹の底から叫んだ俺は、肩で息をしながらうなずいた。頭の中は次から次へと湧いて疑問でめちゃくちゃだ。
たしかなことは、頭の中で話した魔王が原因ということだけ。
それにしても、ここは本当に地球のどこかですらない異世界なのか? 魔術や召喚、それに使い魔とは一体どういうものなんだ?
「……一つずつ整理したい。俺の質問に答えてくれるか?」
「わたくしにわかることでしたら」
「まずここは俺の元いた世界とは違うんだな?」
「はい、召喚魔術とは他の次元に存在する世界から魔族や精霊を呼び出すものですの。貴方から見ればここは異世界ですわね」
「元の世界に戻ることはできるのか?」
「もちろんできますわ。ただ普通に召喚した場合のパターンですけど……」
リーシャが言いよどむ。なんだその俺は普通じゃないみたいな言い方は。
不安になるじゃないか。
「魔王の力が覚醒した状態では、貴方が元いた世界か魔界か選ぶことができませんの。最悪の場合、血の海や魔物しかいない砂漠に戻ることになりますわね」
「最悪じゃねーか」
生き返ったのはいいが、まさか異世界に召喚されるなんて想像もしていなかった。
おまけに俺と魔族の魂を分離しないと、永久に日本には帰れないってことか。
『おお、ちょうど呼んでいる者がおるではないか。そこへ送ってやろう』じゃない。
あの魔王いまの自分になんてことしやがるんだ。
「次の質問だ。あんたは魔術師で召喚魔術を使って、従者になる使い魔を呼び出したかったわけだな。その結果手違いで俺が来たわけだが」
「ええ、そうですわ。でもよく理解できますわね。うかがった話の内容ですと、魔術が存在しない文明の方に見えましたのに」
「そのへんはゲームやラノベで色々な」
想像していた通り、ここはゲームさながらの魔術があるファンタジー世界のようだ。
異世界をテーマにしたライトノベルも何冊か読んだが、まさか自分が転移してくることになるとは思わなかった。
こういうのは女神がチート能力をくれるものじゃないのか。魔王、魔王、と言ってい
るが、いまのところなにもないぞ。
「使い魔ってことは俺になにかやらせたいことがあるんだろ? そっちの目的を教えてくれないか」
リーシャの目的は早めに知っておいた方がいい。見た目は可愛らしいお嬢様だが、そういうやつに限って、ド外道ってパターンもあるからな。
もしヤバいことを考えてるなら、逃げる準備が必要だ。
「ええ、わたくしにはどうしても、やらなければならないことがありますの。貴方がガルティノーサ本人でなかったとしても。協力してもらいますわよ」
リーシャの声色が厳しくなり、雰囲気が変わった。
これは実は悪党だったパターンか。
「召喚契約書がある限りわたくしには逆らえません。手始めに貴方の力を見せてもらいますわ。さあ、一番得意とするスキルを発動なさい!」
呪文の書かれた古い紙を見せつけながら、俺に命令してくる。くそ、異世界でも奴隷のように働かされるのか。
……そう思ったが、とくになにも起きなった。
だいたいスキルってなんだよ。
「あ、あれ? おかしいですわね。えっと、ではお手! お座りですわ!」
「俺は犬か。やらないぞ」
「う、うそ……ですわ……召喚契約書が効いていませんの!?」
リーシャはその場でがっくりと膝をついた。
すごく落ち込んでいるが、こちらとしてはラッキーだ。勝手に召喚された上に、命令されて操られるのはごめんだからな。
「……もう終わりですわ。こうなったら……なにか他の……」
「大丈夫か?」
ブツブツ言いながらリーシャは立ち上がった。目が座っているのが怖いんだが。
それから、彼女は予想外の行動にでた。
「あ、あの……使い魔として協力してくれるのでしたら、わたくしの身体を好きにしていいですわよ」
「おっ、おい! なにしてんだ!?」
リーシャは俺の手をとると、自分の胸に押し当てた。特大のマシュマロを想像させる、やわらかな感触が手に伝わってくる。
指の形に合わせて、むにゅりと谷間がたわんだ。
混乱していて顔をよく見てなかったが、彼女は相当な美人だしスタイルもいい。年齢は高校生くらいだろうか。
元の世界なら顔の良さで、アイドルや女優に引っ張りだこだろう。
そんな少女の胸を触るなんて、平常心ではいられない。
「貴方が望むならなんでもしますわ。わ、わたくしは真剣ですわよ」
リーシャはもう片方の手をドレスの下に入れようとしてくる。ヤバい。体が熱くなってきた。
童貞の俺にこの状況は刺激が強すぎる。女性と手をつなぐことだって、小学生以来なのに。
なんでもというのだから、このまま彼女を抱くこともできるのだろう。
だが俺は──。
「いや、ダメだ。そういうことはできない」
そう言って彼女を突き放した。
「どうして……わたくしには魅力がありませんの?」
「そうじゃない。弱みにつけこむようなことをしたくないだけだ。前世の魔王だって自分の女は実力で手に入れたはずだからな。そういう関係になるなら、本当に惚れてからにしてくれ」
「はい……」
リーシャはうつむいて静かになった。妙に顔が赤い気がするが、どうやら納得してくれたようだ。
かっこ良さげなことを言ったばかりだが、本音は全然ちがう。冷静に考えてみよう。前世がなんだろうと、俺のような彼女いない歴=年齢のおっさんに身体を許す女性がいるだろうか?
いや、いない。
そんな男に色仕掛けをするということは、なにかとんでもない策略があるに違いない。例えば性行為をした相手を従属させる魔術だ。
俺はこの世界について無知だからな。一時の欲望に流されず、クレバーにいくぞ。
「あんたの使い魔になるかどうかは、この世界を見てから判断する。それまで待っていてくれ」
「ごめんなさい。わたくし焦りすぎていましたわね」
すぐに帰る方法もないし、リーシャが信頼できる人間なら、使い魔になるのも悪くないだろう。
金持ちのお嬢様のようだし、食うには困らなさそうだ。
使い魔がなにをするのか、まだよくわかっていないが。
「では、もう夜も遅いですからゆっくり休んでください。大きな事故に合われたようですし、無理はいけませんわ」
カーテンが閉まっているせいでわからなかったが、いまは夜なのか。そういえば眠気でまぶたが重いような気もする。
ただ、異世界のよくわからん場所で眠るのは不安もあるが。
「信用していいんだな?」
「はい。ルヴィエオラ家の名誉に誓って危害は加えません。リュウジさん」
「わかった。お言葉に甘えてもらう」
リーシャから鍵を受け取って、俺は二階にある客室に泊まることにした。扉を開けると、簡素な机とやわらかそうなベットが目に入る。
俺はベッドに倒れ込むと、初めて味わう羽毛の感触に包まれながら瞳を閉じた。
リーシャがはじめて俺の名前を呼んだ夜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます