前世魔王のオッサン、異世界に召喚されお嬢様の使い魔になる

須々木ウイ

第1話 オッサン、前世を知る

「本当にどうしようもない人生だったな……」


 口から血の塊を吐き出しながら、俺はつぶやいた。横転したクレーン車に押し潰され、胸から下はもう感覚がない。

 まわりの作業員が叫ぶ声や、サイレンの音がどこか遠くに聞こえる


 小学校に入学した数日後に母さんは事故で亡くなった。父……というかあのクズ男はギャンブルに明け暮れたあげく、大量の借金を残して蒸発。


 中学を卒業したあとは、ひたすら借金を返すだけの日々だった。楽しそうにキャンパスライフを送る同年代から、ずっと目をそらしながら。


 工事現場で働くようになって、ようやく借金をすべて払い終えた頃には、もう三十四歳だ。


 体はガタガタで、慢性的な腰痛に悩まされる日々。それでも、ここから新しい人生をスタートると思った矢先に、この事故だ。


 俺、戸羽竜二とばりゅうじの人生を言葉にするなら、借金と労働だろう。というかそれ以外のイベントは存在しない。

 

 金はない。彼女もいない。人づき合いは現場の同僚だけ。なにからなにまで終わっている。

「来世があるならもっとマシな人生を送らせてくれよ。まあ、そもそも生まれ変わりたくないけどな」


 意識が薄れだして、体から力が抜けていく。はじめて味わう死の感覚。母さん、俺もそっちに行けるかな……。

 あとせめて童貞だけは卒業したかった……。


 その時、頭の中で声が響いた。


『なんと無様な。それでも我が魂の継承者か!』

「うるさいな。……というかだれだよお前」

『無知蒙昧な貴様に教えてやろう。我が名は魔界七十七魔王の一人、《千の顔を持つ暴王》ガルティノーサである!』


 無駄に大声をだすせいで、頭がクラクラする。言ってることは意味不明だし、今わの際に中二病とか勘弁してくれ。


『我は貴様の前世である。だが貴様はつまらん人生を送り、ゴミ虫のように死のうとしているな。そのようなこと魔王の矜持にかけて絶対に許さん!』

「頼むから静かにしろ。どうせ俺のイマジナリーなんとかだろ。こっちはいま死ぬとこなんだよ」

『不敬なやつだがいまは許そう。とにかく貴様はここで死ぬ運命ではない。我の力に目覚め別の世界で生きなおすがいい。おお、ちょうど呼んでいる人間がおるではないか。そこへ送ってやろう』

「勝手に言ってろ。くそっ、意識が……」


 最期の瞬間まで変なやつに説教されるなんて、なんて人生だ。でも、もう眠い……すべてがどうでもよくなってくる。


 体中が凍えるように寒くなって、視界が暗転していく。瞳を閉じて、俺は暗黒の世界に堕ちていった。






 ◇◇◇◇






「──血と黄金に契約において、わたくしに従いなさい! 《千の顔を持つ暴王》ガルティノーサ!!」


 女の声が聞こえる。つまり俺は死に損なったってことか? まだ目は開かないし、体の感覚もないが、暗闇の中に意識だけはある。


 ここは病院のベッドの上だろうか。それにしても、すいぶん大きな声で叫んでいるな。周りの患者は迷惑してるんじゃないのか……。

 そんなことを考えていると、突然視界が開けた。


 大量の光が眼球を刺激し、俺は仰向けで天井を見上げていた。天井といっても病院の無機質なやつじゃない。


 まばゆいばかりに輝く、シャンデリアがぶら下がった天井だ。まわりを見ると、豪奢な絨毯や、無数の蝋燭と高価そうな調度品が見える。

 幅の広い階段やずらりと並ぶ扉の感じから、西洋のお屋敷のようだと思った。


 俺がいる場所だけは絨毯が剥がされ、奇妙な文字と円と星を組み合わせた、図形が描かれている。

 まるでなにかの儀式をしていたみたいだ。


 いやいやいや……一体ここはどこなんだ!? 混乱した頭で起き上がろうとすると、声の女が話かけてきた。


「はじめまして。わたくしはリーシャ・ルヴィエオラ。貴方を召喚した魔術師ですわ。契約と対価により、これからはわたくしの使い魔として働いてもらいますわよ」


 金色の髪を縦ロールにして、胸元の開いた赤いドレスを着ている。海外の歴史ドラマに登場する、令嬢のように見える。


 だが、言っている内容はまったく意味がわからない。

 一応俺には日本語に聞こえるが、本当に現代人なのだろうか?


「悪いが、もう少しわかりやすくいってくれ」

「ふふ、七十七魔王の一人、ガルティノーサほどの高位存在が、小娘に従うなんて納得できないかしら? でも、これからは口の利き方に気をつけてもらいますわよ」


 使い魔は魔術師に絶対服従なことくらいわかっているでしょう? と自信満々にリーシャは話を続ける。


「わざわざ中年男性の姿をしているのは気をつかっているのかしら。魔王本来の姿でも、物怖じするわたくしではありませんけど」


 なんだが盛り上がってるみたいだが、まだ理解できないぞ。死ぬ前に聞いた単語がいろいろ聞こえてくるが。


 いや、実は俺も薄々気づいている。これが大掛かりなセットを使った、ドッキリなんかの類じゃないことに。


「よくわからないが勘違いしてるぞ。俺の名前は戸羽竜二だ。たぶん魔王じゃないし、ガルティノーサでもない」

「おかしいですわね……召喚された世界の基本情報は自動的に取得されるはず。貴方のいた世界は魔界ですわよね? そして鉄血の魔族の国を統べる王が貴方なのでしょう?」

「俺は生まれも育ちも日本だ。それにただの人間だ!」

「に、人間!? 見たままですの!? ま、ままま、まさかそんなわけが……」


 リーシャは慌ててポケットから出した眼鏡をかけると、俺の体をまじまじと見た。

 眼鏡のレンズにはパチパチと、火花のようなものが瞬いている。


「た、たしかに魂の形は人間ですわね。でも色は魔族の魂ですわ。こんなのいままで見たことがありませんの。ここに召喚される前になにか、特別なことがあったのではなくて?」


 そう訊かれて、俺は自分の住んでいた世界のことを軽く説明し、事故のことを話した。死ぬ間際に聞こえてきた声のことも。


 うーん、うーんとうなってから、リーシャは再び口を開いた。


「信じられない話ですけど、貴方は魔王の生まれ変わりですわ。いままで自覚がなかったようですけど、死の危険が迫ったことで前世から干渉され、力が覚醒したみたいですわね。姿が以前のままなのは、精神的な負荷を抑えるためだと思います」

「やっぱり、そうなのか……」


 信じられない話だが、ここまで非現実的なことが起こっていると、さすがに認めるしかない。

 別の世界で生きなおすとか、呼んでいる者がいると言っていたってことは……。


「つまり、俺がいまここにいるのは、ガルティノーサとかいう魔王だと思って呼び出されたってことか? 召喚魔法的なやつで」

「結論から言うと、そうなりますわね……」

「ふ、ふざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」


 俺は三十四年の人生で、一番大きな声で叫んでいた。




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