外野は敵だらけ

外野は敵だらけ

　隣で眠っている彼女の頬を撫でると、その口元が緩んだ。

　彼女との時間は幸福に満ち、身体を重ねている瞬間は、これ以上の快楽が存在していることはないという確信を持つ。

　私にとって、彼女は至高の存在だった。

　だが、彼女との関係が明らかになることは、避けなければならない。

　何故なら、彼女は私の姉だからだ。

＊＊＊

　彼女に対する感情を確信したのは、見知らぬ異性から愛の告白をされたときである。

　顔を赤らめながら私に想いを伝える様子を見て、これが彼女だったならばと、私はそのとき考えていた。

　其処で、私は彼女に対する感情が如何なるものであるのかを自覚した。

　しかし、彼女もまたそのような感情を抱いている可能性は低いだろう。

　もしも彼女が私と同じような感情を持っていたのならば、それが異常事態であることに間違いは無い。

　そのように考えていたが、間違いが起きてしまったのである。

　彼女もまた、私と同じように異性から愛の告白をされた際、告白をしてきた相手が私だったならばと考えたらしい。

　私と異なっていたことは、彼女は関係が崩壊する可能性を恐れることなく、私に対して想いを吐露してきたことである。

　当然ながら、私は彼女を受け入れた。

　互いを心から想っている存在がこれほどまでに身近に存在していたのは、珍しいことだろう。

　だが、この関係が誤ったものであることは、理解していた。

　このことが他者の知るところとなれば、我々は好奇や嫌悪の目を向けられることになり、肩身が狭い思いをすることは当然の結果だろう。

　彼女もまたそのことを分かっているらしく、人目のあるところでは親しくしないようにしていた。

　我々にとって、世界は敵で満ちているのだった。

　だからこそ、片時も油断することは無かったが、その生活も限界が近付いてきていた。

　大きな秘密を抱え、それが露見してしまうのではないかと恐れる日々は、想像していた以上に精神的な疲労を蓄積させていったのである。

　彼女との時間は幸福に満ちていたが、一人と化した瞬間に、押し潰されそうになってしまうのだった。

＊＊＊

　他の女性を知らないために彼女に溺れているのではないかと考えた私は、彼女を裏切る日々を過ごすようになった。

　年上や年下、上司や部下、独身や既婚者など、様々な相手と関係を持ったが、私が満足することはなかった。

　こうなると、いよいよ認めなければならなくなってしまう。

　彼女に対する想いは間違っていると理解しながらも、快楽に溺れる愚かな人間だということを、私は認めなければならないのだ。

　それは、思考する生物ゆえの苦悩といっても過言ではないだろう。

　そのような脳を持っていなければ、私がこれほどまでに苦しむことはなかったはずだ。

　露見すれば即座に後ろ指をさされ、異常な人間だということが伝わってしまうのだと分かっているにも関わらず、彼女との関係を終了させることができない。

　まるで、空腹の猛獣がうろついている中で、猛獣の毛皮を被ることで捕食されることがないようにと怯える毎日を過ごしているかのようだった。

　だからこそ、私は唯一の味方である彼女に溺れるのだ。

　しかし、考えてみれば、それは彼女もまた同じことではないか。

　我々が頼ることができる相手は、互い以外に存在していない。

　ゆえに、手を取り合って互いを支える人生を送るべきなのではないか。

　そのように様々なことを考えたものの、結局のところ、我々が異常な存在であることには変わりなかった。

＊＊＊

　老いるまで我々の関係が他者に露見することがなかったことを思えば、我々は悪事を犯す才能があったのかもしれない。

　だが、生まれ変わって再び会うことができるのならば、今度は姉と弟ではなく、血の繋がっていない他者同士で出会いたいものだった。

　弱っている彼女にそう告げると、彼女は首を横に振った。

「公にすることができない行為に及ぶからこそ、幸福の度合いが大きくなるのです。ゆえに、私は生まれ変わったとしても、再びあなたの家族であることを望みます」

　そのとき、彼女のことを心から理解していないことに気が付いた。

　彼女は、私との恋愛を愉しんでいたのではなく、私との関係を愉しんでいたのだ。

　つまり、私ではない人間が弟であったとしても、気にすることなく関係を持つということである。

　これまでの長い時間を無駄にしてしまったかのような感覚だった。

　私の彼女に対する愛情が冷え始めたことも知らず、彼女は弱々しい笑みを浮かべていた。

　このような人間に対して好意を抱いた自分を愚かに感じ、同時に、恥ずかしくて仕方が無かったが、それを彼女に伝えることはない。

　どれほど無駄な時間だったとしても、彼女を愛していたことには変わりないからだ。

　しかし、二度と愛することはないとも確信していた。