第12話 波


 机の上に小冊子が一冊。それが次なる展示だった。


 俺はその冊子を手に取る。真っ白な表紙に、明朝体の文字が記されていた。


「古代都市アトランティスの歴史について」


「どれどれ・・・・・・」

 俺は、冊子を開いてその中身を読み始める。


 それは、アトランティスという国のはじまりから滅亡までを描いたものだった。


 恐らく、結構な割合を想像で書いている。神々が織りなす神話的な物語から、建国へ。群雄割拠の戦乱の世。そして大陸は統一され、アトランティス誕生。


 高校生にしては、充分過ぎるくらいの完成度だった。しかも、文芸部ではなく美術部が書いているんだよな、これ。いや、文芸部も手伝っているのだろうか?


 読み進めていくうちにある箇所で目がとまる。


「アトランティスの政治制度」と書かれた部分には、次のようなことが記されていた。


「本来、権力というものは民の生殺与奪の権を国家が握る、というものだった。しかし近代になると、人を殺すことから生かしておくことに、もっといえば人を生かして家畜のように管理していくという方向に、権力は変質していった。思想家のフーコーはこれを“生権力”と呼んだ。


 アトランティスにおいても、このような権力の変質は同様に起こった。しかし、アトランティスはさらにその先へと向かった。管理する権力から、解放の権力へ。生命の神秘を理解した彼らは、各自が独自に共振しあう、驚異的な相互維持型の権力を・・・・・・」


 正直、中二病感も否めない文章だが、これはきっと、間違いなくシャー芯のきみが書いた文章だ。俺は確信する。そのことに気付いたとき、俺の心の中がじんわりと暖かくなってきた。


 元はといえば、たかがシャー芯一本の貸し借りから始まったこと。それから始まった、彼女との逢瀬。会話。そんな、取るに足らない些細なことが、彼女の中にちょっとした影響を与えた。その結果が、今こうしてこの小さな冊子に記されている。


 ただの高校生の空想、お遊びといえばそれまでかもしれない。だがその空想が、俺を太古の世界へと運んでくれた。遠い昔に滅び去ったアトランティスの国に、俺

の痕跡を発見できた。そのことが、よく分からない感情の波を、俺の心の中に巻き起こした。


 俺はむさぼるように「古代都市アトランティスの歴史について」を読んでいく。


「フーコー先輩、いらっしゃい。こんにちは」


 丁度最後まで読み終わったとき、聞き慣れた声――いま、なによりも一番聞きたい声がした。


「ああ、こんにちは」


 いつの間にか教室にやってきたシャー芯の君に、己のうちに渦巻く感動を知られないように必死に冷静な表情を取り繕いながら、俺はあいさつを返すのだった。

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