第7話 呼び方


 十日間ほど、シャー芯のきみあるいはりーちゃんと出会うことはなかった。


 ひょっとして、生活サイクルが変わり、俺の使う時間帯の電車に乗らないようになったのか。だとしたら、一抹の寂しさを感じるな。


 しかし俺の寂しさは杞憂で終わった。シャー芯の君とは、ある朝にまた会うことになった。


 今回は、俺の方から声をかけてみる。


「おはよう、りーちゃん」


 そう呼びかけると彼女は俺の方を振り返る。そして、みるみるうちに顔を曇らせ、不機嫌な表情になる。


「なによ、あなた・・・・・・突然りーちゃんなんて、随分となれなれしいわね」


 棘を含んだ物言いなのに、不思議と心が痛まない口調だった。


「いや・・・・・・といってもさ。お前だって、俺のことをフーコー先輩とか陰で呼んでいたんだろう?お互い様だろ」

「陰で、て・・・・・・別に陰口ってわけじゃないわよ。ただ、あなたの名前を知らないから、そう呼ぶ以外になかったのよ」

「まあまあ、落ち着けよ・・・・・・。別に俺は怒っているわけじゃないからな?」


 なんとなく、売り言葉に買い言葉の喧嘩ムードに流れそうな感じだったので、シャー芯の君をなだめる。


「それはそれとしてだ。話は変わるが、この前一緒にいた海玲みれいちゃんって、ひょっとして一緒にアトランティスとか描いているのか?」


 話題を転じて、なんとかシャー芯の君を落ち着けようとする俺。


「ええ、まあそんなところよ。といっても今回のプロジェクトでは、彼女は設定担当が主なのだけれど」

「というと、どんな役職なんだ?」

「簡単に説明すると、アトランティスの政治制度やらなんやらを考案する係よ。で、彼女とちょっとした政治学の話をしていたときに、政治学のレポートを書いていたというあなたの話題になって、それで便宜的に“フーコー先輩”て呼び名になっただけよ。いい?それだけの理由だからね、私があなたを話題にしていたのは」


 クールなイメージの強いシャー芯の君にしては珍しく、後半が早口になっていた。


 自分の意見を言いたいだけ言うと、俺の返事など待たずに、シャー芯の君は風のように去って行った。

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