こころのかたち


からんからん。

からんからん。

から、からん。


街中で誰かが

商品券を当てたときのような音が

鳴り響いていた。

それはやがて脳内で変換され、

ただの金属音へと成り果てる。


きいん、きいん。

きいん、きいー。

きぃー。


あ、わかった。

耳鳴りだ。

耳鳴りなんだ。


こころ「…っ!」


あまりの驚きのあまり

唾が喉につっかえてしまって、

咄嗟に咽せてしまった。

喉に淡い痛みを抱えながら、

気づけばいつも通りの

ぽここ、という音に耳を澄ます。


変わらず教室にいた。

ぐちゃぐちゃになった机と椅子は

昨日と同じ配置のままだ。

教卓と、残しておいた1組の学習机。

椅子の上で器用に眠るなんてことは

できていなかったらしく、

いつの間にか床に寝そべっていた。

椅子は倒れた形跡がないので、

途中で起きて床に這ったのだろう。

頬には板の後がついているに違いない。

または、ずっと硬いところに

腕やら頬やらをつけていたのだから、

その部分は今真っ赤になっているだろう。


周囲を見渡すと、

明らかに違う部分があり

思わず息を呑んだ。

刹那、呼吸を忘れた鳥のように

硬直してそれを見ることしかできなかった。


窓の外には異様な光景が流れていた。

異常なほど巨大化した花が

いくつか並んでおり、

風に揺られて大きく

前後左右に動いている。

風自体はそんなに

強くないのかもしれないが、

大きいがために酷く揺れているようだった。

距離的に窓までは

届いていないようだが、

いつ倒れてくるかわからない。

そうなれば、窓ガラスは割れて

ここら一体も危険に

なってしまうかもしれない。


おちおち眠ってられず、

すぐさまその場を立って

できるだけ窓から離れた位置に

椅子を持って行った。


こころ「……気持ち悪い。」


真ん中に真っ黒な部分が

あることから、

体ごと全て吸い込まれそうで

不快感が募ってゆく。

が、よくよく見てみればどうやら

昨日陽奈の家で見た

アネモネにも似ているように見えた。

赤、白、紫。

色々な色があるのに、

全体で見ると「儚い恋」だっけ。

明るい意味はあんまりなかった。

特に。


こころ「見捨てられた、だよね。」


口に出すとよりわかる。

自分のことを言っているんじゃないかって

不意に感じてしまうほど、

僕の心は弱っているようだった。


違う、違うよ。

本当は僕が見捨てたんだ。

みんなのことを、

頼れない人だって見捨てただけなんだ。


もしここに誰かがいたら。

誰かが僕のことを

見つけてくれたならって。

もしそうなら、

ここから抜け出して

仕方なく未来のことでも考えて、

なんでもない日々を過ごすのかな。


膝を抱えることも忘れて足を伸ばし、

そのまま眠るようにして目を閉じた。


時間ばかりはあるのだし、

これまでのことでも振り返ろうかな。

えへへ、余裕そうに見えるよね。

もう半ば諦めているのかもしれない。

それでもまだここにいるってことは、

諦めているふりをしているだけってこと。


寝る前のTwitterを見て思った。

わかった。

僕は今、違う場所にいるって。

夢だと思ってた。

けれど、夢じゃないんだと思う。

もう現実での出来事も

夢での出来事も両方しっかりと

思い出すことができるんだもの。

両方僕で、両方現実だ。

ならここはどこで、

一体どうやって移動したのかと疑問は湧く。

実際には起きえない

奇妙なことが起こっているのだろう。


けれど、何故か確信めいてしまう。

僕が何かしなきゃ、

ここから出られないんだろうなって。

これは僕のために用意されたんだろうなって。

そんなわけないかな。

そんなわけないよね。

ただの16歳の子供にね。


それでも膝を抱え続けた。

顔を伏せ、窓の外の鼻からも

耳につく音からも

意識を遠ざけたかった。

やっぱり過去のことを振り返ろう。


4月、Twitterのアカウントが

がらりと変化してしまって、

色々な人と出会った。

巻き込まれ仲間の6人もそうだし、

ネットの人たちもそう。

新しい出会いだけを切り取ってみれば、

それはとても良かったことのように思う。

しかし、甘いことばかりじゃなかった。

それを超える、心臓が底から

冷えてゆくような出来事がいくつもあった。


茉莉と寧々さんが

別世界線の彼女たちと

入れ替わってしまったこと。

茉莉は音楽をやっていないことになり、

寧々さんは僕と仲が良くなくて

澪と仲が良かったことになっていたこと。

寧々さんが耐えきれず家出して、

探しに行ったら犬の死体を抱えていたこと。

僕が寧々さんのお兄さんを

存在丸ごと消してしまったこと。

陽奈が声を失ったこと。

悠里が事故に遭って

記憶喪失になってしまったこと。

夏休みには澪が家出をして

うちに泊まりにきてくれたこと。

トンネルに行ったら

ありもしない素敵な架空を

見せつけられたこと。

現実は辛くて、ゴミ箱みたいな感情だって

平気で流れ着いていること。

夢だったこと。

夢だったこと。

全部夢だった。

色々なことがあった。


今でも思い出す。

あの夢の中の2人と

もっとずっと一緒にいられたら。

一緒に大学進学とか

していたのだろうか。

親友と呼べる、呼べたはずの

あの2人の姿を探したかった。

けれど、もう夢だとわかっている。

夢だとわかっている。

叶わないものだと、

ゲームやアニメの世界のものと

一緒だってわかってる。


僕にそんな綺麗なものは

与えられるはずなかったんだ。


あーあ。

上手くいなかいな。

もっと楽しいことを考えたい。

楽しかったことを思い出したい。


たくさん遊んできた。

好きなカフェや洋服やさんを

色々な人と回ってきた。

何度も遊んだ人がいるにも関わらず、

昔の僕にとって信頼できる人は

ほぼいなかった。

多くが上部のつながりだったのだ。

思い当たるのは、家族と寧々さんだけ。

今の僕は…。

…。


こころ「……ふふ。」


目をぎゅっと瞑る。

この世の全てから逃れるように。


すると、まるで今の僕を

嘲笑うかのように、

寧々さんとの記憶が

ふと蘇ってきた。





°°°°°





初めて出会ったのは

もちろんバイト先だった。

寧々さんが先輩で、

僕が後から入ってきたの。

それで、お店側には

事故が起きないように

あらかじめ僕の秘密を伝えていた。

秘密とはいえ、

必要に応じて言わないと

いけない時もあるからさ。

だから、寧々さんは

僕の秘密を最初から知ってる

ちょっと珍しいケースだった。

…とはいえ、同じクラスになった人にも

予め伝えてはいたから、

珍しいといえば少し違うのかも。

ただ、巻き込まれたメンバー6人の中では

珍しいと言えただろう。


特にイベントもない

普通の日のことだった。

バイト先に早く着いてしまって、

裏で休憩している時のこと。

僕もお世話になっている上司と

寧々さんが話しているのが聞こえてきた。

多分2人も裏で

何かしら準備をしていたのだと思う。

あくまで楽しそうな声だった。


「そう言えば寧々ちゃん、今年から不良辞めちゃったんでしょ?」


寧々「不良なんて人聞きの悪い。ただ学校に行ってなかっただけですよ。」


「あはは、それを不良って言うんだよー。」


寧々「まあでも、今はちゃんと学校行ってます。」


「戦力のある子がなかなか出れないって聞いて、もう手が足りなくなっちゃう。」


寧々「いえいえ、言い過ぎですよ。」


「いやー、ほんとにほんとに。寧々ちゃんがきてくれてからとても助かってるよー。仕事早いし、人当たりいいし。」


寧々「ふふ、ありがとうございます。」


スマホを見ながら

耳にしていただけだけど、

寧々さんほどしっかりと

していそうな人が

不登校だったと聞いて、

何だか意外だなと思っていた。

上司は不良、と言っていたけれど、

僕の思い描いているような、

窓ガラスを割って出席停止になっただとか

喧嘩をして人を殴ったとかでは

ないのだろうと思う。

本当にただ欠席していた

だけなんじゃないかって。

理由はわからないけれど、

もし、何か…あったのなら。


こころ「……。」


口の中に飴をひと粒放り込む。

かろんころんと歯に当たった。


こころ「…いちご味か。」


もしかしたら、

彼女は僕と似ているのかもしれない。


バイトを始めて

まだ日の浅いころ、

そんな淡い期待を抱いた。

けれど、寧々さんと話す機会は

なかなか来ないまま

日は経て行った。

高校1年生の春にバイトを始めて、

それから半年くらい経った時のことだろう。

業務もほぼ覚えてきて、

1人でも接客に回ったり

レジを打ったりできるようになっていた。

その中で、たまたま寧々さんと

シフトが重なったんだっけ。


特にお店の中で

話したわけじゃなかった。

全てのきっかけは

帰りの電車だった。


バイトから上がる時間は

一緒だったんだけど、

寧々さんの方が早く着替え終わって

先に退勤して行った。

その後ろ姿を追うわけでもなく、

僕も適当にタイムカードを切って

駅のホームへと向かう。


本当にたまたまだったんだ。


こころ「…?」


たまには各停で

のろのろ帰ろうと思って

ホームを歩いていたら、

寧々さんの姿を見つけた。

各停ってことは

横浜駅から近いのかな。

いつも快速とか急行で帰るから

帰りの時寧々さんと

会わなかったのかななんて

思っていた時。


ふと。


こころ「…!」


寧々さんが泣きそうな顔をして

電車を待っているのが見えてしまった。

スマホを見ているわけでもなく、

欠伸をしたわけでもなさそうで、

まだ来ない電車を待っている。

線路を挟んで反対側のホームにいる人たちを

見ているのだろうか。

顔を上げて、でも目を潤ませていた。


思わず近寄ってしまった。

ろくに関わりはなかったし

できれば明るい話題を持ちかけて

楽しく話してみたかったけど、

何かがあったのか

どうしても放って置けなくて。


こころ「……あの。」


寧々「…っ!?…あ、えっと…三門さん、でしたっけ。」


それが、僕たちが深く

関わるようになったきっかけだった。


その後深く話を聞くこともなく

このまま別々に帰るだろうなと

思っていた。

ほら、僕って避けられがちだったし。

人と違うって言うのは

人を寄せ付けない原因になっちゃうし、

何故かそれで信頼されない時もあった。

だから今回もそうだろうなって。

でも。


寧々「…この後、時間ありませんか。」


こころ「え…?」


寧々「……いえ、なんでもな」


こころ「あります、沢山!朝まででも全然!」


寧々さんは目元を拭いながらも、

僕の言葉にきょとんとしていた。

それから、少し笑って言ったんだ。


寧々「…ふふ、ありがとう。」


敬語じゃなくって、

確かにあの時はありがとうって言ってた。

それがひとつ、近づけた証のような気がして

内心ものすごく嬉しかった。


その後、寧々さんの家の

最寄駅で降りて、

近くの公園へ案内された。

どうやら寧々さんの家は

急行でも止まる駅らしく、

各停に乗ったのはたまたまだと言う。

少し、時間が欲しかったのだと。

本当、偶然が折り重なって

起こったことだった。


夜の公園はがらんとしていて、

2人でブランコを占領した。

初めは他愛のないことを

話していた気がする。

寒くなってきましたね、

もう秋ですもんね、と。

目上の人と、しかもずっと

話してみたいと興味を持っていた人と

話していたものだから、

最初の方はあまり覚えていない。

きっと緊張してたんだと思う。


夜風が頬を撫でる。

まだボブを過ぎたくらいだった髪の毛が

穏やかに揺れた。

寧々さんはその頃から

ツインテールをしていた。


寧々「…その、心配かけちゃってごめんなさい。」


こころ「いえ、全然。僕の方こそ声かけちゃってすみません。…触れられたくない時だってあるだろうに……。」


寧々「ううん。声かけてくれて嬉しかったです。」


こころ「…。」


寧々「ほんと、ただ少し気分が落ち込んでただけなんです。あるじゃないですか、なんとなく、もう何もできそうにない日って。」


こころ「わかります。…ってか、そればっかり。」


寧々「それで色々思い返しちゃって。なんでこんなことしてるんだろうって思っちゃったんです。」


こころ「…吉永さんって高校2年生でしたっけ。」


寧々「はい。三門さんは1年生でしたよね。」


こころ「そうです。…そっか、2年生だと受験のこととかも言われ始めますもんね。」


寧々「…はい。少し、親が厳しくて。」


こころ「そうなんですか。」


寧々「それに私、1年生の頃は結構サボってまして。それも相まって、強い言葉を言われることが多いんです。この前は信用してないって…言われちゃって。」


その時の寧々さんの表情を

今でも覚えている。

俯いていたけれど、

それでも鮮明に残っている。

悲観的に見せないように、

自分を守るために、

困ったように眉を下げながらも

口角を上げていた。


寧々「当たり前なんですけど、こう…今の情緒のこともあって、結構きちゃって」


こころ「当たり前…じゃないです。」


寧々「…え?」


自然と口が動いていた。

当たり前じゃない。

親が子供に信用してないだなんて

間違っても言っちゃ駄目だ。

僕は親との関係がよかったから

そう言うことを考えてしまうのだろう。

家族関係での痛みを知っている人は

そんな綺麗事言わない。

だから僕は、あなたの痛みを

全てわかってあげられない。


けど。

ひとつわかることがある。


こころ「苦しい環境に慣れる必要はないと思います。」


高校が始まって

3ヶ月は頑張って登校していた。

けれど、不意に中学の時のことが

フラッシュバックした時があって、

それ以降学校を休むようになった。

高校で目に見えて

いじめに遭ったわけじゃない。

けれど、居心地が悪かった。

時々登校する中で

湊や他の人と少しだけ

交流することは出てきたけれど、

毎日行くにまでは至らなかった。

苦しい環境だったから。

僕のことを軽蔑するような目で

見ている人が大勢いることがわかってたから。

だから、距離を置いた。

それを悪いことだと思ってない。

逃げだって言う人はいるけれど、

僕は自分の心を守るための

大切な選択だったと思ってる。


こころ「実は僕も不登校で。あ、出席日数は取らなきゃと思って時々は行くんですけど。」


寧々「そうだったんですか。」


こころ「ほら、僕ってこんなだし?」


寧々「…私は、自分を貫けるってかっこいいなって思います。」


こころ「周りに馴染めなかっただけですよー。」


寧々「それでもかっこいいです。私もそうしてみたいな。」


こころ「寧々さんこそ!」


僕は思わずブランコに乗りながらも

前のめりになって口を開いた。


こころ「いつも周りのことが見えててすぐ手を差し伸べてくれるし、お客さんの対応丁寧だし、しっかりしてるし!」


寧々「…三門さん…?」


こころ「だから、その…僕も寧々さんのこと、かっこいいって思ってます。」


寧々「…ふふ、あはは。初めて言われました、そんなこと。」


こころ「そう…なんですか?」


寧々「はい。…そっか。そう見えるんですね。」


何かを憂うように

そうひと言呟いていた。


今になって思う。

彼女は家庭環境に

いろいろな問題を抱えていた。

だから、その環境が理由で

周囲を見ざるを得なかったのだろうと。

親の機嫌をとり、

親の欲しいであろう言葉を言う。

自分のことは後回しで

他人のために手を差し伸べる。

当時何も知らなかった僕は

寧々さんはどうしてそんなに

気配り上手なのだろうと思っていたっけ。


寧々「…ありがとうございます。」


こころ「ううん、こちらこそです。」


寧々「実は私、三門さんとずっと話してみたいって思ってました。」


こころ「…えっ!いやいや、そんな冗談は」


寧々「冗談じゃないです。」


公園に来てから初めて

寧々さんがこちらを見てくれた。

もう涙は引いていて、

そしてさっきほど

苦しくなさそうで

穏やかに笑っていた。


寧々「…これからも、時々こうやって話しませんか。」


こころ「…!はい、ぜひ!」





°°°°°





こころ「…。」


いつの間にか目を開いて

花を眺めていたらしい。


思い切って体に力を入れて立ち上がり、

怖かったはずの花に近づいた。

これまで以上に香りが強い。

陽奈の家に行った時のことが

つい5分前かのように思い出される。


ぽこ。

ぼ、ここ。

ぶくく。


いつまでも聞こえるこの音。

窓の鍵に手をかけそっと開き、

そのまま勢いよく

窓を開いてみた。


ぶわっと花の香りと

泡のような音が流れ込んでくる。

耳元で何かが

弾け続けているような感覚に、

空間が揺れているわけでもないのに

酔ってしまいそうになる。


こころ「…わ、こんなところにまで。」


窓の縁には、等身大サイズの

アネモネが伸びていた。

巨大化している花にばかり

目を取られていたけれど、

こんなところにまで

伸びていたらしい。


こころ「…。」


思いっきり伸びをする。

鼻が馬鹿になるほど息を吸い込む。

そしてそのまま教室に

向かって歩き出した。


教卓を山積みにした机らのすぐ前に。

そして、僕の使っていたひと組を

教卓のあった場所に置いた。


…。

もう、気づいてるよ。

ここは夢でもあって、現実でもある。

日に日に夢に…というより

この空間にいる時間は長くなっている。

夢らしくないことに

お腹だって空いてきちゃった。


…あーあ。

これまでの不可解な出来事って

ちゃんと自分で出たいって感じて

動いてきたから出れたんだろうな。

トンネルの時は危うかったけど、

陽奈の言葉に心を動かされたことは

嘘じゃない。

後ろ髪を引かれることは

幾度となくあっても、

あの時は彼女の言葉に揺さぶられた。


でも、今は。


こころ「…誰も……。」


陽奈も茉莉も澪も、寧々さんも。

他のみんなだってそう。

見つけてくれなかった。

見つけてもらおうとしなかった。

僕は臆病者だから

踏み出すことができなかった。

信頼関係を求めていたくせに、

寧々さんとのそれがなくなって以降

手に入れることを恐れた。

喪失を味わったからこそ

再度無くすことが怖かったのかもしれない。

…みんなに罪はない。

ただただ僕が自分の首を絞めただけ。


多くの人と関わった。

それに気づかないふりをして

ここに止まるのは

愚行でしかないだろう。


陽奈に言えなかったな。

本当のこと。


きっと、彼女は未来を見ていると、

その先が見えていると

知ってしまったから。

僕と一緒じゃないって

わかってしまったから。


こころ「…。」


息を吐く。

吸って、鼻が痛くなるほどの香りを

これでもかと思うほど吸って。

そして、浅く吐いた。

頭がくらりとしてくる。

きっとこの香りと、

空間認識が歪むような音を

聞き続けているだからだろう。


…なんとなく、わかってた。

わかってたから。

だからいいよ。

もういいよ。


こころ「…寧々さんのお兄さんを消してしまったこと…これで精算できるといいな。」


なんて、ずるいか。


こころ「……ごめんね。」


誰に対してだろう。

ほろ、とこぼれた言葉と共に

雫が一滴床に滑り落ちた。

こんなことなら、

早めに前の黒板に

卒業おめでとうなんて

ふざけて書いておけばよかったな。


心地の良いを超えて、

不快感を纏う感覚の中。

そっと目を閉じた。


トンネルの中の扉の奥。

僕の季節は秋だった。


ちょうどよかった。

それを最後に、夢に眠った。







空想教室 終

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