22:さらば、肉塊

 さらば、愛しのリリーさん。


 そんな気分にならざるを得なかったが、そこは我らがリリーさんだった。

 

「きゅーっ!!」


 気合の声と共に、鋭い風切り音。

 俺は思わず音を追う。

 燃えるユーカリの破片が宙を裂いて飛んでいた。

 それはちょうど目玉の上、そこに這っていたツルへと向かう。

 そして、


『ぐ、ぐわぁっ!?』


 俺は悲鳴を上げることになった。

 熱線によるものでは無い。

 もはや今日で3度目だけど、あ、熱いっ!!

 原因はバラのツルだった。

 燃えていた。

 先ほどのユーカリに負けない勢いで轟々と火炎を生んでいた。


 とにかく俺は肉塊から離れるけど、う、うん。

 なかなか体力を削られたが成功だった。

 狙い通り、バラのツルが火を吹いてくれた。


 ローズオイルなんて代物しろものがあるらしいけどさ。

 

 俺はその辺りに期待したのだ。

 油が抽出出来るぐらいであれば、油分貯蓄を付与すればユーカリに準ずるぐらいの働きをしてくれるんじゃないかって。


 結果はこれである。

 肉塊は触手もろともに火炎の中に沈んでいる。

 

 これは勝った……のか?

 俺は眉をひそめる心地で肉塊を観察する。

 かなりのダメージになっているかとは思う。

 だが、灰色や黒カニのように、黒い霧とはなってはいない。

 さらには、目玉がうごめいている。

 熱線を放つ余裕は無さそうだが、死の気配はまだ遠いのかどうか。


(ど、どうしよう?)


 俺は焦らざるを得なかった。

 次の手が浮かばないのだ。

 魔力的に促成栽培は使用不可。

 俺に出来ることは、あとは固くなってブスブス嫌がらせをするぐらいしかない。


 となると、頼れるのはリリーさんだけだろうか。

 魔力は残っているはずで、魔力変換(膂力)を使う余裕があるはずだ。


 申し訳ないが、あとは一匹でがんばってもらおう。

 俺はリリーさんにそう伝えようとしたのだが……な、なにかな?

 リリーさんは不思議な様子を見せていた。

 俺に対して、すっと片手を差し出してきている。


 賢いこの子のことだ。

 先走っての、勝利を祝っての握手とかじゃ無いはずである。

 となると、ん?

 もしかしてアレか?


『……や、やるの?』


 リリーさんはすかさずの頷きを見せてきた。

 そ、そうか。

 やるのか。

 俺には何のアイデアも無い。

 となると、リリーさんの意思を拒絶することは出来ないけど、そ、そっかー。

 やるかー、やっちゃうかー。


 俺は形状変化する。

 形としては剣だ。

 両刃の大剣。

 リリーさんは俺の柄に当たる部分を満足げに握ったが……やるのね、マジで。


 これもまた、肉塊への対抗策の1つだった。

 どうすれば肉塊に致命傷を与えられるかって考えた時のアイデアの1つだ。

 

 肉塊の巨体にダメージを与えるには、俺のトゲやリリーさんのお手手じゃ小さすぎた。

 なにかしらそれなりの大きさをもった武器を、リリーさんの卓越したパワーで振るってもらう。

 その方が有効打にはなるんじゃないかって、俺たちは考えたのだ。


 まぁ、なんで俺がその武器なのかって話なんだけどさ。

 枯れ木じゃ強度が足りず、石だと武器として扱うのは難しく。

 打製石器的な物でも作れたら良かったんだけど、丈夫な武器を作る器用さも技術も俺たちには無い。

 となると、形状変化し硬化した俺が、武器には一番ふさわしかったのだ。


 ぶっちゃけ、俺は嫌だけど。

 作戦として採用しなかったぐらいには嫌であるけど。

 だって、俺は物じゃないし。

 生きてるし。

 いくら硬化したところで、反動で痛いし。

 場合によっては死が見えかねないし。


 ただ、リリーさんは気に入っちゃったんだよねー。

 仕方が無いのかもしれなかった。

 こういうの小さい子は好きだしね。

 手頃な棒があったら、ちゃんばらしたくなるのが小さい子の本能みたいなところがあるだろうし。


 ともあれ、リリーさんは俺を上段に構える。

 んで、突進。

 燃え盛る肉塊へと肉薄する。

 しかし、よく考えると俺って耐火スキルは無いんだよね。

 大丈夫?

 これって本当に大丈夫?


 制止しようかと思ったが、時すでに遅しだった。

 リリーさんの狙いは目玉であるらしい。

 俺の視界は勢いよく動き、そして──衝撃。

 多分、目玉を上段から真っ二つに切り裂いた。


(死ぬ)


 熱いし痛いしでそれが素直な感想だったが、その甲斐はあったのかな?

 

 ……オォォ……ォォ……。


 断末魔のようなものが確かに響いたのだった。

 俺は急いで形状変化を解き、肉塊の様子に目をこらす。

 肉塊は一回りも二回りも小さくなったようだった。

 不意に、溶けた。

 霧と言うよりかは水か。

 黒い水のようになって地面に広がった。

 地面に染み込むように消えて無くなった。


『……おぉ?』


 俺は思わず辺りを見渡した。

 不思議と明るくなったように思えたのだ。

 空気が軽くなったようにも思えた。

 肉塊の支配から抜け出した。

 そんな感じがするような、しないような。


 ともあれ、良いのか?

 勝ったって、断言しても良いのかな?


 「……ふきゅー」


 リリーさんの理解ではそうらしかった。

 疲れた。

 そう言わんばかりに、その場で足を投げ出す。

 

 俺もまぁ、ベタリ。

 その場でひしゃげる。

 疲れたし、俺の場合はそれ以上に、


 ───────《ステータス》───────

【種族】グリーンスライム


レベル:101 

神性:0

体力:2/106

魔力:3/105

膂力:45

敏捷:40

魔攻:42

魔防:45


【スキル】[スキルポイント:38]

・光合成Lv35

・種子生成Lv25

・土壌改良Lv15

・木獣使役Lv1

・形状変化Lv5

・硬化Lv10

・促成栽培Lv4

 ──────────────────────


 なんの比喩ひゆでも無く死にかけてしまっているしね。

 俺は冷や汗ドバドバである。

 あ、危なかったな……。

 リリーさんによる最後の一撃は、俺にとってもトドメになる可能性があったわけか。


(次は断ろう)


 そう決意するのだが、当分はその機会は無さそうだろうか。


 静かだった。

 廃村には、静かで清らかな時間が流れている。


 陽光は穏やかに暖かく目にまぶしい。

 風はささやきのような優しさで廃屋の間を通り抜けていく。


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