第二章 死者の行進

第27話:魔領域突入

 シンシアたちは北を目指すことになった。北の大地は魔領域、人の手の入らぬ未踏の地。

 拠点を築くという話だったが、実際にどのようにするのかはセリウス任せで、シンシアたちはひとまず向かうことに注力した。

 人の目にはなるべくつかないように、山中や森の中をメインに移動しつつ、北方へ向かう。


 魔領域に入った瞬間、ある意味シンシアたちは途端に動きやすくなるのを実感した。同時に、なぜ拠点として魔領域をセリウスが上げたのか理解した。

 魔領域はその名の通り、魔が支配する領域。瘴気が漂い、人が立ち入るのは難しくなっている。木々が生い茂り、人の手が入っていない未開拓の森がそこには広がっていた。

 もちろん、瘴気と言ってもシンシアたちが漂わせているものに比べたら些細な量しか漂っていない。とはいっても、木を隠すならば森の中、動きやすくなるのに違いはない。


「瘴気が自然に漂ってるのってどういう仕組みなんだろう」

「基本的に魔物が出る区域には瘴気が漂っておりますね。それゆえ、瘴気がある場所には人はすまないというのが一般的です」

「魔物が瘴気を出しているの?」

「魔物が瘴気を生み出すとも、瘴気が魔物を生むとも言われますね」


 瘴気とは何なのかとシンシアは思う。自然に生み出して使ってはいるものの、謎物質であることに変わりはない。

 何かわからなくとも、有用な物質であることに変わりはない。シンシアは余計な疑問を一旦消し去り、今関係ある話題に脳を切り替えた。


「魔領域では何をするの?」

「具体的な方針としては、やはり現地の亜人種と交流を持つべきでしょうね」

「アンデッドが?」


 アンデッドと話をしてくれるような種族がいるのだろうかとシンシアは疑問に思う。

 まともな感性を持っていれば、アンデッドに出くわした時点で逃げ出す。あるいは攻撃に転じてくるのが普通の反応だ。


 アンデッドと話をしようと思うのはよっぽど変な奴か、アンデッドに恋でもしてる奇人ぐらいしかいないだろう。


「亜人種は魔物の家畜化も行っているらしいですよ」

「だからアンデッドも受け入れられるかもって?」

「楽観的すぎない?」


 セリウスに対して辛辣なのはメイだ。

 ずっと気に入らないのか、余裕があれば食って掛かっている。


「楽観的と言われればそれまでですが、最終的には武力で解決できますからね。亜人種と言えど、今のシンシア嬢に勝てる者はそうはいませんよ」


 セリウスは戦うことをシンシア任せにしているが、理由はもちろんある。不思議なことに、セリウスはメイやシンシアと違って瘴気を操る能力が低かった。

 メイはシンシアと一体だった時間が長いからこそ、瘴気への親和性が高いのではないかという仮説が立ったが、如何せんサンプルが二人では確かめようがない。


 かといって、シンシアとしてもあまり必要以上にメイやセリウスのような存在を増やすつもりもないため、仮説として放置されることとなった。


「交渉とかは任せてもいい? 私できる自信ないよ?」

「もちろん、話が通じるのであれば私がやりましょう」


 見た目的にもセリウスの方がよいだろうという方針になり、拠点となりそうな場所を探す。

 最悪の場合、木々をなぎ倒して、平野を作り上げても良いのだが、現地の亜人種と交流をする前からそれをやってしまうと、軋轢を生んでしまう可能性があるため行わなかった。


「交渉というのは、事前準備から始まっているのですよ」


 セリウスが言うと重みが違う。シンシアを誑かすために、事前準備を入念にしていた男だ。

 流石にメイも食い下がったりはしない。下手に食いつけば言い負けるのは、既に何度か実体験済みだ。


 そんな調子で森の中を進んでいると、一行は瘴気がやや濃くなったのを感じ取る。

 騒ぎが聞こえる。何かが、いる。


「ふむ。シンシア嬢、襲ってきたら殺さない程度に捕まえることはできますか?」

「わかった。捕まえた後は?」

「言葉が通じるようならば私が話しましょう。無理ならば、口を封じます」


 躊躇いのない指示にシンシアは頷く。

 次の瞬間、藪から三体の獣人が現れた。


 シンシアは瞬時に瘴気を展開し、瘴気で触手を作り出す。触手は瞬く間に飛び出してきた獣人を縛り上げ、動きを封じる。

 動きを封じた次は、完全に動きを止めるべく手を後ろへと回させて地面に倒させる。

 そこで、初めてシンシアたちは獣人たちの見た目をはっきりと認識する。


 三体ともネコ科の動物に近い見た目をしている。顔なんかはまさしくそうだし、全身に毛も生えている。服は着ている。二足歩行をしている猫。手足だけが人間に似ている感じだろうか。

 手足が器用になって、道具を使えるようになった猫。簡潔に言い表すのならばそうなるだろうか。


 シンシアとセリウスが視線で合図を送り合い、セリウスが一歩前に出て拘束された猫獣人たちに近づく。


「さて、どの言葉で話しかけましょうかね」

「グ、コトバ、ツウジル」

「おお、王国語で通じますか。それは僥倖」

「グ。シタイ、ツブス。ムラノタメ」

「ねぇ、死体って私たちの事? やっぱりアンデッドじゃダメなんじゃない?」

「まだわかりませんよ」


 ちゃちゃと入れるメイを一言で黙らせて、セリウスは再び獣人たちに向き合う。


「私達、家、探してる」

「グ。シタイ、オレラ、オソウ」

「襲いません。約束します。私達、家、探す、だけ」

「グ……」


 猫獣人たちはお互いに拘束されたまま、顔を見合わせている。

 その行動を見て、セリウスは満足そうにした。


「シンシア嬢、もう拘束を解いても大丈夫です」

「本当?」

「ええ、それが決め手となります」


 シンシアは瘴気を展開したまま、またいつでも拘束できるようにしつつも猫獣人たちを解放する。


 彼らは解放されたことに戸惑いつつ、再びシンシアたちの事を見る。だが、襲うような素振りは見せなかった。

 襲っても無駄だと判断したのか、襲う意味はないと判断したのか……


「話が得意な人のところまで案内してくれませんか? 我々が用事があるのはそちらの方ですので」


 猫獣人たちは再び顔を見合わせて、短く唸った後ついて来いと言わんばかりにシンシアたちに背を向けて歩き出した。

 当然、シンシアたちもそれについて歩いていく。

 瘴気はどんどんと濃くなっていく。

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地を這い飲み込め私の怨嗟 パンドラ @pandora

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