第22話:彼も道同じ

 メイが一人で夜の研究所を歩いている。研究所と言えど流石に消灯されており、廊下は暗い。人もおらず、静寂が広がっている。

 シンシアが研究所内の大体の構造は既に知っているから案内すると言っていたが、メイが断ったのだ。

 どうにもシンシアはメイに対してかなり距離が近い。メイとしては妹が出来たみたいで決して嫌なわけではないのだが、考え事をしたい時にはうっとうしくなってしまう。フェイの時も同じ思いをしたことがある。


 メイが歩きながら考えているのは、残された家族の事だ。

 ルークたちはきっとお金を払っていた分は働いてくれるだろう。もしかしたらそれ以上やってくれているかもしれない。メイは結構あのハンター三人組を信用していた。あの三人だけじゃない、薬師の爺さんもきっと助けてくれるだろう。

 メイがいなくなったからと言って、すぐに生活できなくなるようなことはないだろう。


「……会いたいなぁ。もう一度」


 シンシアとメイで決定的に違うのは、守りたいものが守れたかどうかだ。

 シンシアの守りたかったものは既にこの世にない。だが、メイはどうだ。愛する家族は、もしかしたら町には住めなくなってしまったかもしれないけれど、生きている。

 メイはシンシアに感謝している。嘘ではない、本当だ。殺された恨みよりはるかに勝る。同時に、どうしようもなく憐れんでいる。きっと二人が対等になれる日は来ないだろう。


 メイはシンシアに何かしてあげたかった。シンシアは優しい子だ。情が深いだけの可愛らしい女の子で、人との触れ合いに飢えている。セリウスを気味悪がりながらも拒絶しないのは、シンシアによってセリウスもまた身内と呼べる存在になっている体とメイは考えていた。


 メイはふと、明かりが漏れ出ている部屋を見つけた。殆どの部屋は部屋の扉が閉じられていて中が覗けないものの、その部屋だけはかすかに扉が開いてしまっていた。

 メイが部屋の中を覗くと、ほぼ同時に声が掛けられる。


「メイ嬢ですか、どうされましたか?」


 部屋の中にいたのはセリウスだ。

 セリウスは入り口から見て奥の方にある机に向かっており、何やら書類を眺めているようだった。振り向くことなく、メイが入り口を覗いたタイミングで言い当てたものだから、メイは驚いたあまり、しりもちをつきそうになってしまった。


「足音の間隔が広く不揃いですからね、きっと周囲を観察しながら歩いてきたのでしょう。研究員はみな速足で行動しますし、軍人連中は足音の間隔が一定です。そして、この部屋は私の研究室の一室、シンシア嬢は私を避けて入ってきませんよ」


 なぜメイだとわかったのかを滔々と説明するセリウス。

 メイとしては別に聞いてもいないし、聞いても気持ち悪さを感じるだけだった。とにかく最初の印象が悪いせいで、何をしても悪く感じてしまっている。


「ふむ、もうこんな時間ですか。一休憩入れるとしましょうか。どうですか、一緒に」


 振り返り、セリウスはメイへ問う。

 メイは断ろうとして――


「二人で考えれば、悩みの解決もすぐかもしれませんよ?」


 全てを見透かしたセリウスの言葉に引き留められ、無駄を察して部屋の中に入った。




 その部屋は以外にも整頓され切った部屋だった。

 書斎と呼ぶべきなのだろうか、壁一面に本棚が置かれており、部屋の奥には一つの机が置かれている。セリウスはその机を部屋の中心に動かし、椅子をメイへと差し出す。メイが椅子に座るのを確認すると、セリウス自身は本棚に向かい、本を読みだした。


「さて、何をお話しましょうかね」

「……それも、わかってるんじゃないの」

「私は科学者であり魔法使いではありませんからね。人の頭の中を読むことはできません」


「推測はできますよ? シンシア嬢の……あり方についてとかでしょうか。私の話に応じたことから、私からの情報を知りたがっている。シンシア嬢を連れていないことから、一緒にいると考えづらいことが根拠ですね」

「ごめんなさい。ほんっとうに気持ち悪い」

「年の功と思ってください」


 正面から悪口を言われても軽く流すだけで、セリウスは本から目を離すことすらしない。


「それで、何をお聞きしたいですか? 機密に関わらないことでしたらお答えいたしますよ」

「……どうしてあの子に復讐をさせようと思ったの」

「彼女に才能があったからです」


 何の、とは言わない。そんなことはわかりきっているからだ。


「私は彼女を兵器として見ています。兵器は戦ってもらわねば困る。その理由付けとして、復讐を提案したにすぎません」

「あの子はただ愛情が深いだけ! 大好きなお母さんを失って、どうしていいのかわからないところにあなたがつけこんだから――っ!」

「違いますよ。それは、違う」


 ここで初めて、セリウスはメイの方を見た。

 初めて目を合わせたメイは、セリウスの目に宿る並々ならぬ覇気に押され、唾を飲み込んだ。


「メイ嬢。復讐において、最も重要な才能とは何だと思いますか?」

「何を――」

「大事なお話です。お答えください」


 有無を言わさぬ言動。

 メイは逆らうことができない。


「……絶えない、復讐心」

「はい、それも重要でしょう。ですが、そうではないのです」


 セリウスは持っていた本を閉じ、本棚に収めた。 


「復讐において最も重要な才能。それは、己の感情に身を任せることができるか、です」


 セリウスはゆっくりとメイが座る机の前まで歩いてくる。メイの目の前までたどりつくと、教師のように目の前に立つ。

 メイを見下ろすその瞳には何も映っていない。無感情がそこにあるだけだ。


「一時の感情で全てを台無しにできること。積み上げてきた何もかもを崩してしまえること。それこそが復讐において唯一無二の才能なのですよ」


 メイは体が震えていることに気が付いた。

 シンシアにあって、メイにないもの。二人を隔絶しているものを、この目の前の男は持っていることにメイは気が付いてしまった。


「あなたならわかるはずだ。シンシア嬢は己の身を焼き、魂すら焦がすほどの情念を持っている。矛先を定めなければどこに向かうかもわからない強大な熱を、どうして! 無視することができきますか?」


 淡々とした語りだったセリウスの言葉に熱がこもっている。

 たった二人しかいない部屋の中、大衆に語り掛けるような演説が繰り広げられている。


「なぜここまで言えるのかと疑問ですか? その回答はシンプルです」


 セリウスが怯えているメイを安心させるように笑う。


「私もまた、復讐者だからですよ」


 その眼には、見間違えようのない狂気が宿っていた。

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