間章 冒涜の結末

第21話:研究所への帰還

 帝国の研究所まで無事に戻ってきたシンシアたちは、開幕セリウスと対談させられていた。

 シンシアもセリウスとの対話は望むところで、シンシアの目的としては連れてきたメイを一緒に住まわせて良いかの交渉をする必要があるからだ。


「さて、シンシア嬢。幾つか話したいことはありますが、まずはどうぞおかけになってください。紅茶は嗜みますか? そちらの方も一緒にどうぞ」

「セリウスさん、メイと一緒に住んでもいいですか?」

「ん? いいですよ。一緒の部屋がよろしいですか? 必要なら家具を手配させますよ」


 あっさりと承諾されてしまい、力んでいた力が一気にどこかへ失われる。

 考えてみれば、セリウスはこういう人物だったとシンシアは思い出す。よく言えば寛容、悪く言えば大半の事に興味がない。きっと今回もどうでもいいのだろう。


「失礼ですね。重要なサンプルですよ。丁重に扱うのは当然のことでしょう」


 シンシアは心を読まれたことに驚く。アンデッドだったかと疑ったが、別にセリウスが人間でないと今更言われてもそんな驚きはない。


「子供相手に服芸もできぬようでは、研究主任は務まらぬということです」


 そう言い切りセリウスは紅茶を嗜む。

 様になっているのがまたシンシアの反骨精神をくすぐる。


「話は聞きましたよ。都市を一つ滅ぼしたそうで」

「——うん、そうだよ」

「これでまた一つ、復讐の成就に近づいたということですね。おめでとうございます」


 復讐、そのためにシンシアは大勢の人々を殺した。目的を達成しつつあるのだから、喜ぶべき話なのに、シンシアはどうにも喜びきれないでいる。

 冷静になってみれば、もっとうまく出来たのではないだろうかとシンシアは考えてしまうのだ。ケラスと戦ったのも余計だったのではないだろうか。復讐を果たしたという割には後悔ばかりが募り、達成感など欠片も感じられていない。

 シンシアが達成感を得られていたのはメイを蘇らせて、町長を殺すまでの少しの間だけ。終わってみれば反省点ばかりが浮かんで仕方がない。


「不服そうですね。物事の途中で結論を出すのはあまり良いこととは言えませんよ。仮定は仮定のまま、繰り返し実証するのが科学への道です」

「科学者を目指してるわけではないんだけど……」

「何にしても、最後までやり遂げずに全てを終わった気になるのは早いということです。少なくとも、このままではお母さまのまともなお墓すら建てられませんよ?」


 セリウスの一言で、シンシアの瞳に熱が戻る。

 シンシアは少しの間とはいえ忘れてしまっていた。これは何のための復讐なのかを。

 復讐をやめるという選択肢自体はなかったとは言え、大事なことを忘れてしまっていたことにシンシアは己を引き締めなおす。


「その意気です。そうですね、今は次の話よりも休んだ方がよさそうですね。必要なものがあれば変わらず用意しますので、休まれるとよろしいかと」


 このやり取りを、胡乱げな視線でメイが見つめていた。




「ねぇ、騙されてない?」


 部屋に入って開口一番告げたのはメイだ。

 シンシアは部屋に入るなりすぐにベッドに飛び込み、大きく手を広げ大の字に転がっている。 


「正直信用できない、したくないんだけどあの人」


 真っ当な意見だった。シンシアだってそう思う。


「うーん、でも今のところ情報持ってきてくれるし、手助けもしてくれるから……」


 シンシアは上体だけを起こし、扉の前に立っているメイと向き合う。


「だからと言ってあの目はやばいよ。関わらない方がいい人の目をしてた。今からでも逃げ出さない?」

「——それは、ダメ。ダメな理由があるの」


 復讐のために時間をかけるのは仕方がない。だとしても、時間がかかりすぎてもダメなのだ。

 直接被害をもたらした本人たちが寿命や自然死してしまうほど待つことはできない。シンシアたちの寿命は半無限であり、時間は幾らでもあるが、復讐に使える時間は有限なのだ。

 もしもセリウスの手助けがなければ、シンシアは復讐しようと思ったら片端の町をしらみつぶしに探し周り、目的の兵士たちを探す必要があっただろう。


 果たして何年単位でかかることになるだろうか。今生きている人間が、生き続けてくれる間に終わることだろうか。果たして、何人の人々の犠牲の上に成り立つのだろうか。

 現状を鑑みるに、シンシアの復讐はセリウスの助力の元成り立っている。方針も、情報も、拠点ですら依存している。逃げ出して、残るのは復讐心と現実だけだ。


「……言いたいことは、まあ、わかるけれど。でも、でもじゃない?」

「言いたいことは本当にわかる、わかるの。でも、私一人じゃ絶対に復讐を達成できない。私には、セリウスさんが必要なの」


 シンシアの決意は固い。

 もしもシンシアが復讐を諦めるというのならば、メイの言う通り逃げ出す道もあるだろう。そのあとは? 一体どうなるというのか。

 今のシンシアから復讐を奪ったら何も残らない。そこにあるだけで人に害成す怪物が一匹残るだけだ。


「そこまで言うなら、私ももう何も言わないけど……」


 メイもシンシアだったからこそ、強くは言えない。

 メイはシンシアに比べて復讐心が薄い。それは復讐を遂げたからというのもあるが、物事に執着しづらい性格というのもある。逆に言えば、シンシアは執着心が強すぎるとメイは考えてすらいた。見ていて不安になるのだ。どこかで一つ掛け違えれば、世界すら滅ぼしかねない。

 手段と目的が全てひっくり返ってしまうような怪しさをシンシアは持っていた。


「それよりも、もっとお話ししよう! メイの事教えてよ」

「いや、知ってるでしょ。シンシアは私だったんだから」

「魂の中心部にある核となる部分は食べてなかったの。だから多分意識があるアンデッドに出来たと思うんだけれど」


 話を聞かせて欲しいだけだろうとメイははにかんだ。

 お互いの事は良く理解できている。何が好きで、どんな生い立ちで、どんなことが好きなのか。お互いの魂が混ざり合う中で、お互いにどんな人物なのかは知りつくしていた。

 でもシンシアは知るだけでなく言葉で聞きたかったのだ。何気ないわかりきったやり取りでも、シンシアは人と話すのが好きだから。


 二人に睡眠は必要ない。お互いが疲れ、メイが休もうと言い出すまで二人のお喋りは続いた。

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