第20話:フェイの決意
町長が死んだ。
その知らせが町中に駆け抜けたのは早朝すぐの事だった。
話によると、寝室で胸を貫かれて死んでいたらしい。刃物による犯行だが凶器は見つかっていない。
領都が魔物に襲われたという知らせも届いた。
曰く瘴気に汚染され、人の住めるような土地ではなくなってしまったという。
周りがそんな話題に熱狂している中、今後の活動についてルークたち三人は相談をしていた。
「町長が殺された。魔物の仕業みたいだね」
「瘴気と言い、この間のグレイハウンドの一件と手口が似てねぇか?」
「だから、何。魔物が考えて人を殺してるとでも?」
「ありえねぇか。流石に」
町長が死んだ以上、次の町長が任命されるはずだ。しかし任命者が来るはずの領都は現在機能していない。しばらくは村としての機能は鈍るだろう。
「メイちゃんも心配だよね」
「無事だといーがなぁ」
彼らの興味は町長が何に殺されたのか、彼らに依頼をしていた少女の安否だった。
もちろん、領都が壊滅させられたことも驚きだが、彼らに取ってはあまり関係がない。領都の事は領都のハンターがどうにかするべきだ。彼らのような辺境のハンターにできることはあまりない。
「皆さん。今お時間よろしいですか?」
「おや、フールさん。どうかしましたか?」
「先ほど、皆さんに用があるって方がいらしてましたよ。ケラスさんって方ですが、お知り合いですか?」
「ケラスさん。うん、知ってるよ。でも、領都のハンターであるケラスさんが僕たちに一体?」
ケラスは徳がある人物だとルークは思っている。大規模掃討の時にはいつも主張してきてくれる上、人以上の働きをしながら報酬は正当な分しか受け取らない。
ただそれだけだ。顔を合わせたことは数あれど、親しい仲というわけでは無い。
そんな彼から接触があったということは、何らかの明確な目的があるに違いない。
もしかしたらそれは領都で起こったことと関係しているのかもしれない。
「カル、ティノン。僕は会いに行きたいと思うけど、どうかな?」
「いいじゃねーの? どうせ今やることは何も無いしな」
「私も賛成。少しでも情報がもらえるかも」
三人はフールからケラスはこの場所で待っていると言伝を受け取った。
三人を驚かせたのは、その場所がメイの家だったことだ。
メイの家を訪れた三名は、戸を叩くと暗い顔をした男が戸を開けた。
彼とは面識がある。メイを領都に連れて行った商人であるケイリムだ。
「ああ、皆さん来てくださいましたか。良かった」
「ケイリムさん。この場所を指定したってことは――」
ケイリムは静かに頷いた。
小さな体で頑張っていた女の子が無事であってほしい。そう願っていた三人だが、一様に表情が強張った。
決して良い知らせを持って帰ってきてくれたわけではない。雰囲気が雄弁に語っていた。
「ひとまず、中へ。あまり外では話せない話ですから」
「……わかりました」
中に案内されると、小さな食卓を囲むようにメイの母と弟、ケラスが既に座っていた。前者の顔色は夜の海のように暗く、ケラスは体のそこらかしこに包帯が巻かれて痛々しさが目立つ。
葬式の真っ最中と言われても納得できるほど、部屋の空気は重かった。
「来たか。お前らがメイちゃんの依頼を受けてたって言うハンターたちだな?」
「はい、僕はルーク。こちらはカルとティノンです」
「俺はケラス。領都のハンターだったんだが……まあ、話に聞いた通りだ」
居心地が悪そうにケラスは自身の頭を掻く。
「向こうでメイちゃんとあった」
「メイは、メイは無事なんですか!?」
「落ち着いてください、ご婦人」
「落ち着いていられますか! あの子の、あの子の姿がどこにもないんです」
メイの母が叫ぶ。もっともな意見だ。
安全な旅になるはずが魔物騒ぎが発生し娘が行方不明。
落ち着かせようとするケイリムと、問いただすメイの母の会話を遮ったのはケラスだった。
「メイちゃんについては後で話す。俺からの話したいことは、領都を襲った魔物についてだ」
「まさか、戦ったんですか」
「ああ。シンシアってわかるか。この前処刑されたはずの公女さんと会話した」
処刑されたはずの人間と会った。
その情報はハンターたちに事態の重要性を把握させるのに足りていて、内容は異常性を伝えるのにも十分だった。
「会話したってのは、一方的に話しかけていたわけではなく?」
「ああ、間違いなく会話が成立していた。そのうえで、俺を殺さず見逃した」
「アンデッドが!? 冗談きっついぜそれは」
「冗談ならここにいる俺自体がアンデッドってことになるな。だが俺は生きている。これが俺が言っていることを証明する何よりの証拠だ」
ケラスが鼻で笑うと、それ以上は誰も何も言わなかった。
アンデッドが生者を無差別に襲うのは有名な話だ、アンデッドと相対して生きているのであればアンデッドを殺したか上手く逃げ延びたかのどちらかしかない。
ケラスの状態を確認すると、両腕の他にも足を動かしづらそうにしているのがわかる。そんな状況で逃げ切れるはずがない。でも討伐報告は上がってきていない。
「それでだな。アンデッド――公女さんがメイちゃんを連れているのを見た」
「なんでまたそんなことが」
「俺にはわからん。だが――」
ケラスはそれ以上を言いよどみ、最終的に出てきたのはため息だった。
この空気の中、言えるはずもない。実際にメイの死体を見たなどと。
「とにかく、メイちゃんは公女さんが連れ去った。それを伝えに来たんだ」
「どうして僕たちに?」
「この商人さんから聞いたんだよ。お前たちがメイちゃんから依頼受けてるってな。依頼人の状況については知っておいた方がいいだろ」
ただそれだけだと、どうにもやるせない様子でケラスは言い切った。
沈黙が場を支配する。現状どうのしようもないことを理解してしまった。
ケラスは沈黙の中、一つの可能性を考えていた。
アンデッド、シンシアがケラスの名前を知っていたという事実についてだ。
ケラスは名乗った覚えはない。生前に関わったこともない。聞いていた話によると、生前のシンシアがハンターと関りがあるような生活を送っていたわけでもなさそうだった。
霊体のアンデッド、話が通じる、すぐそばに置かれていたメイの死体。全ての要素がかみ合ってしまう。もしそうならば、それはいつからだという問題も発生してしまうことにも気が付いていた。
この仮定があっていたとすれば、ケラスが見逃された理由も何となく想像ができる。何とも子供らしい理由で、だ。
「……お兄さんとおじさんはハンターなんだよね?」
沈黙を破ったのは、これまで黙っていたメイの弟。フェイが唐突に口を開いた。
「……ああ、そうだが」
「ハンターなら、瘴気があるところにも入っていける? アンデッドとも戦える?」
「そういうのはハンターの仕事だが――おい、本気か?」
質問の意図を把握するケラス。ルークとカルも遅れて理解した。
「僕がお姉ちゃんを探しに行く。連れ去られたんなら、僕が連れ戻す」
そう宣言するフェイの目には、強い意志が燃え盛っていた。
「僕は、ハンターになる」
そう言い切ったフェイの表情は、人を殺す覚悟を決めた時のシンシアと同じ顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます