第19話:後片付け
「許して、許してくれぇ……」
「まだダメ。まだメイは怒ってるよ」
町の中にはもはや殆ど誰も残っていない。残っているのは兵士たちの死体ばかりだ。
シンシアはアダバルンの首根っこを掴んて町中を引きずり回していた。辺りを見回して、魂を感じて、生き残りがいないかを探している。
仮に見つけても兵士でなければどうでもいいし、兵士だったらとりあえず殺す。そんな作業をアダバルンを引きずりながら行っていた。
「もうそろそろ誰もいなくなったかな? どう思う?」
「助けてくれぇ……」
「まだダメ。全部見回り終わってから」
アダバルンの足は逃げられないように足の甲を棘が貫いており、流れ出た血が地面に跡を残している。呪いも持て余し気味だったのでアダバルンの魂に混ぜ込んだ。元あった場所に戻したということで収まりもいいことだろう。
道中何回か兵士でもないのに武器を持っている人物に出くわしたが、倒れてる人たちを救助しているだけだったから見逃した。ケラスが負けたことが伝わっているのか、シンシアに挑んでくる人物はいなかった。
「あんまり長いこといすぎるのも良くないよね。もう一回りしたら帰ろうか」
シンシアがいることで町中の瘴気は非常に濃くなっている。耐性がない人間であれば、数分で動けなくなるほどの濃度。再びこの町が住めるようになるためには、多大な労力と時間が必要となるだろう。
不意にシンシアは思い出したようにアダバルンをその場に放り投げた。
「そういえば、メイはお前のせいで狼に襲われたんだよね」
解放されたことで急いで這いずり逃げようとするアダバルンの背中を見つつ、シンシアは呟く。
「もう一度だけ鬼ごっこしよう。今度こそ逃げられたら逃がしてあげるし、私は追わない」
アダバルンの顔に少し喜びの色が見えた瞬間、シンシアの足元から再び何かが生まれ始める。不定形に蠢いたそれが形を成すと、あの山にてメイを襲っていたグレイハウンドそっくりとなった。
「代わりにこの子たちが追うね」
アダバルンの顔が絶望に染まる。
足に穴が開いた状態でまともに逃げられるはずもなく、普通に走っても逃げ切れる気がしない相手に追いかけられるのだ。無理もない。
「捕まったらどうなるかなんて、言う必要ないよね。はい、よーいスタート!」
アダバルンが転げながら必死に逃げようとするも、足がもつれてすぐに倒れこむ。倒れこむとわざと瘴気の獣たちは足を止め、一定距離からさあ逃げろと急かす。
飽きるまで追いかけまわされ、時折恐怖感を煽るために手傷を負わされる。
ぼろ雑巾のようにくたびれて、もう歩けなくなって這いつくばっても許してはもらえない。
許してもらえたのは何とか町の出口にたどり着く直前。もう少しで助かると喜んだ瞬間に、足に食らいつき瘴気漂う町中へ引きずり戻された。
あと少しという希望を打ち砕かれ、入り口に這ってでも行こうと手を伸ばすも、獣に力で勝てるわけがない。
その最後の悲鳴は無様なものだった。
「……さて、のんびり眺めててもいいけど。まだやらないといけないことあるもんね」
すっきりした様子でシンシアはこの町を後にする。
残されたのは幾つもの死体と、溢れ出んばかりの瘴気だけだった。
シンシアが町を出たところ、待っていたと言わんばかりに人に囲まれる。
彼らから敵意は感じられない。作り出していた瘴気の剣を霧散させた。
「我々はセリウス様の使いです。ここから先、貴女様を無事に本国へ届けるのが役目となっております」
「セリ……ああ、あの人の。そういえばなんか言ってたっけ?」
何か問題があった時は使うように言われてた密偵たち。実際にシンシアが活用することはなかったが、彼らはいつでも動けるようにこの町で根を張っていたのだった。
「瘴気の放出を抑える薬を用意してます。こちらを服用していただき、密かに安全圏まで抜け出します」
「わかったけれど、それ私に効くの? 私、幽霊だよ?」
「セリウス様からは、魂を吸収するのと同じ方法で使えば効果が出ると聞いております」
魂の食べ方は散々行ったので手慣れている。
シンシアは言われた通り薬に手をかざして吸い込むように意識をすると、手のひらから吸い込まれるように体に溶けていくのを見た。同時に、漏れ出てしまっていた瘴気が収まっていくのを感じる。
元々とてつもなく集中すればシンシアには出来たことだが、自然と収められるのは便利としか言いようがなかった。
「これ、どういう理屈で作られてるんだろう」
「……我々には、なんともお答えしかねます」
シンシアはそうだと手を打ち、町の入り口に待機させている黒の兵士の方を見る。
「そうだ。ねぇ、この薬ってまだ残りある?」
「残り……ですか? 一応複数受け取ってはおりますが」
「じゃあもう一個貰ってもいい?」
どうぞと渡されたために、シンシアは一度町の方へと戻る。
そこに待たせていたのはメイの体を持たせた黒の兵士。
黒の兵士はシンシアが近づくと意思をくみ取り、そっとその場にメイの体を下ろした。
「メイ、起きて。私たちの復讐を終わらせに行こう」
シンシアが倒れているメイの胸にそっと手を添える。未だメイの中に残っている魂の欠片を感じ取る。
シンシアは自身が吸収したメイの魂を分離させ、メイの中に戻す。
すると、途端にメイの体が跳ねる。
「おはよう、メイ」
「……死体でも、体って痛くなるんですね」
これまでシンシアの中で全てを見ていたメイは、己に何が起こったのかも把握できていた。
シンシアがメイを飲み込んだあの日から、シンシアはメイでメイはシンシアだったのだから。何もおかしなことはない。
「まだ一人残ってる。許せないよね、殺しに行こう?」
アンデッドとして生まれ変わったメイをシンシアは誘う。
メイは体が問題なく動くことを確認すると、胡乱な視線をシンシアへ向けた。
「……その前に、言うべきことがあるんじゃないんですかぁ? 殺されるときほんっとうに怖くて怖くて仕方がなかったんですよぉ?」
「うぐっ。ご、ごめんなさい」
恨んでもいいと言った手前、シンシアはメイに強く出られない。
シンシアが続く言葉に怯えている様子を見て、メイは仕方がないと笑った。
「恨んでませんよ。だって私が私だったら、お母さんも救えなかった。シンシアの中にいて、シンシアの事も良くわかったし」
「なんかメイ、変わった?」
「変わりますよそりゃ。殺されて、頑張っても無駄だったって思い知らされて。なんもかんも世界が変わったような気がしますよ。開き直れたって言うんですかね」
メイの表情には清々しさがある。
恐怖と焦燥感に追われ続け鬱屈とした生前とは違う。全てから解放されている。
「——ありがとう、シンシア。私の家族を助けてくれて。色々と言いたいことはあるけれども、これだけは最初に言っておくね」
お互いに見合って柔らかく笑い合う。
「でも、不思議な感じだね。死んでるってのはわかるんだけど、普通に動いて喋ってる感じ」
「すぐに慣れるよ。後この薬使って。この体勝手に瘴気が漏れ出て危ないから」
シンシアから生み出されたアンデッドであるメイも、当然のごとく瘴気を多分に放出している。特に生まれたばかりで制御方法も良くわからないのか、滔々と体から流れ出てきている。
薬の使い方は先ほどまで一緒だったこともあり、メイも難なく服用出来た。途端に体から漏れ出ていた瘴気が薄くなったのだから、やはり凄い薬なのだろう。
「それじゃあ行こう。最後の仕上げが残ってる」
「そうだね。まだ実行犯が残ってる」
シンシアが差し出した手をメイが取り、二人手を繋いで領都を後にした。
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