第23話:心配事

「メイ、どうしたの?」


 シンシアは数日前からメイの様子がおかしいことを心配していた。

 研究所の環境が合わないのか、検査と称しておかしなことをされているのかと疑ってはいるものの、特に怪しいところは見つかっていない。

 メイ自身に聞いたとしても――


「いや、大丈夫。何でもないよ」


 と、遠慮がちに答えられてしまうだけだった。


 シンシアはメイの事が好きだ。恨まれても仕方がないことをしたし、避けられている気がしなくもないが、メイの事が好きだ。好きだからこそ、何かしてあげたいと思うし、悩み事があるなら解決してあげたいと思う。

 嘘偽りのない心からの心配事だった。


「個人の事情ですから、私から話すのはきっとメイ嬢も望まれないでしょう」


 試しにセリウスに聞いてみても、シンシアが望んだ回答は返って来なかった。


 シンシアは悩む。メイに直接聞いても答えてくれないのはわかりきっていた。

 メイは弟がいたからか、面倒見がよく自分の事を後回しにしがちな人だとシンシアは理解していた。個人の事だったらなおの事答えてくれないだろう。


「そこまで気負わずともよろしいかと。それよりも、体の調子は如何ですか?」


 今、シンシアはセリウスとの定期健診中だった。

 定期健診と言っても、シンシアの状況を軽く調査し、少し話をするぐらいの簡素なものだ。

 机を挟んで向かい合うのも、少しずつ慣れてきたものだった。


「魂を認識できるようになったということですが。どんな感じなんですか?」

「うーん、どんな感じと言われると難しいけど……炎を見てる感じ?」


 シンシアが感じる魂は熱があるのだ。人によって熱量も違うし、色も大きさも違う。小さな太陽のような感じだとシンシアは思う。人々の内側に小さな熱を放つ球があり、それが魂だと認識している。

 熱を放っているから離れていてもシンシアには魂の持ち主の場所が何となくわかる。と言っても、何となく方向と距離がわかるだけで、具体的な位置とかはわからないし、離れすぎてもわからない。

 例えば、帝国内のこの研究所内ならばシンシアはメイやセリウスの居場所を認識できる。これがメイの家族はとなると、距離が離れすぎていて到底把握しきれない。


「ふむ、そういった話は以前してませんでしたよね。いつ頃できるようになったかはお分かりですか?」

「私の中にいたメイを感じた時からだったと思う。魂自体は何となくわかってたんだけど、もっと細かく感じ取れるようになった感じ?」

「左様ですか。因みに、メイ嬢も同様の事ができるのですか?」

「うーん……聞いたことないかも。多分、無理だと思う」


 シンシアとメイは同じようでどこか違うとシンシアは考えている。

 帰りの最中に他の人の感情についてシンシアが語っていた時、メイはわからないという表情をしていた。シンシアと違い、メイには他の人の感情が直接伝わってくるということがないというのがそこで判明した。

 感情の伝播が魂によるものであれば、メイには不可能だろう。シンシアより魂に対する感度が低いということになるのだから。


「メイ嬢にももう少し細かい健診をする必要があるかもしれませんね」

「——メイに変な事したら、許さないよ?」


 シンシアの瞳から光が消える。

 セリウスとしては予想通りの反応だったので、軽く肩をすくめる程度の反応で済ませる。


「しませんよ。重要な検体ですからね。本人の協力を得られることに越したことはないので、可能な限り本人の意思は尊重いたします。シンシア嬢のように」

「なら、いいけど……」


 ひとまずはと矛を収めるシンシア。

 一つ間違えば躊躇いなく襲い掛かる相手を目の前にしていても、セリウスは全く動じる気配がなかった。


「——つかぬことをお聞きしますが、シンシア嬢はどちらでマナーを学ばれたので?」

「え?」


 話す話題もなかったせいか、セリウスから唐突に話題を切り出された。

 シンシアは思わぬ問いに硬直する。


「所作の一つ一つが丁寧で、最低限の形になっている。どなたから教えを受けたのですか?」

「あー。うん。お母さんが厳しくって。『将来使うことになるから』って言って、色々と教えてくれたの」


 シンシアの答えを聞き、セリウスは目を細める。その表情は目の前のシンシアではなく、シンシアを通してもっと遠いところを見ているようだった。


「お母さまが――。なるほど、そういう絵だったのですね」

「何が?」

「いえ。あの人はどこまで想定通りだったのだろうかと思っただけです」


 あの人とというのが誰を指すのか。シンシアはあえて聞かなかった。

 聞いたところで答えてくれる気がしなかったというのもあるが、聞いて嫌な気分になる気がしたからだ。こういう時無駄に頭が回るのが嫌になる。

 セリウスが紅茶を飲む。シンシアは手を出さない。一度飲んだことがあるが、いまいち味がわからなかったのだ。体のせいか、元々の味覚か、飲んだことがないからわからなかった。


「話を戻しましょう。メイ嬢についてでしたね」

「そう、メイについて」

「私に言えることは、機を待つべきということです」


 セリウスが手に持っていたカップをソーサーの上に置いた。


「機を……?」

「ええ。今、メイ嬢は事をなそうとしています。自分の力で。殻を破るのを邪魔をするのは、無粋というものですよ」


 セリウスは時折難しい言葉回しを使う。こういう時は、大抵は誤魔化したいことがあるときだとシンシアは学習していた。


「つまり、結局何もできないってことでしょ」

「そう言い換えても差し支えません。見守るのは辛いですが、何もしないことが最善の時もあるのです。今のように」


 メイのしたいことをシンシアは応援したい。

 けれど、同時に心配になるのだ。

 あの日と同じ予感がしている。シンシアの最愛の母がいなくなったあの日と――。

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