第15話:人探し

 ハンター組合の規模はメイたちの町と比べて大きく、人の数も圧巻の一言。先ほどの鍛冶屋たちの区画と比較しても負けず劣らずだ。

 シンシアはメイの町の記憶を頼りに、ハンター組合のカウンターへと進む。

 受付の人は子供がやってきたことに驚いた様子も見せず応対をする。


「初めまして。ハンター組合には初めて?」

「町でお世話になってました。依頼も出したことあります」

「そっかぁ。それじゃあ、何をしに来たのかな。お姉さんに話してもらえる?」

「人探しをお願いしたくて」


 ハンター組合の役割はもちろん魔物を討伐することにある。だが、大きな町が作れるようなところは訓練された兵士が多く在住していたり、外壁があったりで魔物の脅威というのはそこまででもない。

 大きい町のハンター組合は情報の集積場所としての役割が大きい。

 情報を集積させ、現在どこの区域の魔物被害が大きくどこが魔物討伐の依頼を出しているのか。魔物の目撃情報や、自然災害の状況から今後の魔物被害の予測まで出している。

 小さな町に在住しているハンターたちはその土地に根差して魔物を狩るが、大きな町のハンターは状況に合わせて各地に出向き魔物を狩るのだ。それゆえ、大きな町のハンターほど多く仕事を選べ、便利屋としての側面も小さくなっていく。

 人探しの依頼など、ないわけではないが好まれはしない。情報屋などの別職業に頼む方が一般的だからだ。


「お父さんが森で迷子になったとか?」

「お父さんを探してるのはそうです。この町にいるはずなんですが、どこにいるのかわからなくて……」


 受付嬢はハンター組合に人探しを頼む理由として思い浮かぶ案を口にしたが、シンシアの意向とは違う。ただの人探しに動くハンターは少ない。ただの人探しは実入りが少ないというのが大きな理由であり、他の仕事が溢れるようにある中誰もそんな仕事に見向きはしない。

 なんて説明しようか悩む受付嬢の前では、同様の事をシンシアに案内人が説明していた。大きな町には大きな町のルールがあり、地方とはまた違うのだと。


「……じゃあ、どこへ行けばいいですか?」

「大抵は情報屋に頼みます。ケイリム様に伝えておきましょう。旦那様であれば、町の情報屋の一人二人、容易に当てをつけてくださいます」


 シンシアはケイリムに頼むのが嫌だからハンター組合に来たのに、それでは本末転倒だ。

 かといって他に方法があるかと言われればない。受付嬢は未だにどうしようか悩んでいるし、無理やりに依頼を出しても上手くいくとは思えない。

 ささやかな息苦しさを感じる。呼吸なんてしなくても問題ないはずなのに。


「おお、やっぱりか」


 降ってくる声と同時に、シンシアの視界が逆さまな精悍な男の顔で埋め尽くされたのが同時だった。

 逆さ男の顔がにかりと笑う。

 驚き後ろへ飛びのいたシンシアの背中に、硬いものが当たる。当たったのは人の足でありながら木の幹に背を預けた時と同じような重さがある。

 男はシンシアの真後ろに立ち、まるでお辞儀をするように大きく上体を曲げて上からシンシアを見下ろしていた。


「いやはや。そっくりだな。もうそんな時間が経ったのか」

「ケラスさん。戻ってきていたんですか」

「おう、きちんと仕事こなしてきたぞ。毒蛇の一体や二体じゃ少し物足りなかったがな」


 ケラスと呼ばれた男は上体を起こし、受付嬢に快活に挨拶を交わす。

 その隙にシンシアの腕が引っ張られ、案内人の背後へと回された。


「いきなりなんですかあなたは!」

「そこまで怒んなよ。どっかのお貴族様でもねぇし、ここがどんな場所が知ってきてんだろ?」

「そういう問題ではありません。これだからハンターは話が通じない……」

「無作法で悪いな。そいで、メイちゃんだろ? そっちの子は」


 呼びかけられ、シンシアは急速にメイの記憶を探る。

 目の前の人は誰か、あったことがあるか。調べてみても、一向に何も出てこない。

 間違いなく目の前の人間は知らない人間だった。


 警戒されているのを察知してか、一歩だけケラスは後ずさり笑いかける。


「昔、お前さんが赤ん坊の時に会ったことがあるのさ。母親似だなぁ。美人さんになった」

「お母さんを知ってるんですか」

「あー、昔一時期アダバルンと仕事を一緒にしてて、その縁でだな。さすがにアダバルンはわかるだろ? 父親だもんな」


 その一言でシンシアは一気に前のめりになる。


「お父さんを知ってるんですか!? 今、どこにいますか!?」


 思いのほか大きな声が出ていた。

 ケラスは怪訝そうに眉を顰め、受付嬢と一度視線を合わせて何かを確認した。受付嬢が僅かに頷くと視線を外し、別の方向へ視線を向けた。

 そちらの方には机と椅子があり、周囲ではハンターたちが何やら飲んでいるのが見えていた。


「向こうで話そう。ちと、訳がある話みたいだからな」


 長机の端に座り、他の騒いでいるハンターたちとは少し距離があるところに三人が座る。ケラスは見知った顔相手に軽く手を振りながら、一通り周囲の確認を済ませた。


「で、だ。アダバルンに何のようだ。先に言っておくが、あいつに会うのはおすすめできない」

「少し長い話になるんですが、えと……」


 シンシアは視線でケラスに了承を求め、ケラスは静かに頷いた。一応案内人の方も確認したが、ケラスの事が気に入らない態度は隠すつもりもないが、シンシアの話の邪魔もする気はないらしい。

 確認が取れると、シンシアは今メイたちの家族が置かれている状況を話し始めた。町長から圧力をかけられていること、このままではまともに生活ができないこと、薬屋から父親ならばなんとかできるかもと言われてこの町にやってきたこと。全てを順番に話した。

 話を聞いている間、ケラスは険しい顔つきを崩さなかった。聞いていて楽しい話でもなく、彼は人の不幸を笑うような人間でもなかった。


「……事情は分かった。ああ、クソ。そりゃ確かに俺ら向けの話じゃねぇが、よりにもよってか」


 話を聞いたケラスは苛立たしそうに髪の毛を乱暴に掻く。それを見て案内人がまた苦言を吐くが、気にしている様子はない。


「とりあえず、アダバルンに会うのはやめておけ」

「どうして!」

「言いたいことはわかる。だが、やめておけ。代わりに俺の知り合いの伝手を辿って何とか出来ねぇかはする。だから、やめろ」


 有無を言わさない声色。乱暴に上から押さえつける物言いだった。

 なぜかも言ってくれはしない。聞いたところで答えてはくれないだろう。

 シンシアはケラスが悪意を持っていないことだけは理解ができた。彼から感じるのは心配、あとは後悔。純粋な善意だった。


「話になりませんね」


 一言で切り捨てたのは案内人だった。


「ハンターなどという職のものが何を言うかと思ったら。そう言って物知らぬ子供を騙そうというのだから、ろくでもない」

「信用できないってのはしょうがねぇ。ハンターの柄が悪いってのは否定できない話だからな。でもな、俺は本気でメイちゃんの事を考えて発現している。表面だけ取り繕ってる男よりかは、よっぽどな」

「私は旦那様に頼まれた仕事を正しく務めようとしているだけです」

「どうだか。腹の底が透けて見えるぜ。こんな子供相手に丁寧にしなきゃいけないなんて業腹だってな。高慢ちきな商人らしいじゃねぇか、誇れよ」


 瞬く間に二人の間に火花が散る。

 ハンター組合の建物に入る前もそうだったが、案内人がハンターにいい感情を持っていないのを感じ取っていたものの、ここまで目の前で攻撃的になるほどとはシンシアは思っていなかった。仮にも暴力を仕事にしている相手なのだ、怖くはないのだろうか。


「私が業腹なのは低俗なハンターと同席している状況についてだ。ましてや、そいつが大事な取引先の子によからぬことを吹き込もうとしているときた」

「——わかったよ。悪かった。別に俺だってあんたに無理にとは言わんさ。でもな、本当にあいつに会うのだけはやめておけ。メイちゃんのことを考えるんだったな」

「なぜお前に指示されなければならない」

「俺が何言っても信用できないってんだろ? ならご自慢の情報網で調べてみればいい」

「あのっ!」


 たまらずシンシアは割り込み声を上げる。

 喧嘩をしてほしいわけではない。人目を引くのも勘弁してほしい。

 本来別の目的だったはずなのに、どうしてこうなったのか。


「あの、そろそろ他のところも見て回りたいので。それに、戻らないといけない時間もありますから」


 これ以上は無意味だと判断したシンシアは、無理やりこの場を解散させることにした。

 戻らないといけない時間というのは嘘。そんなものは決まっていない。他のところも正直見たいものはあまりなかった。せいぜい町のどこにどんなものがあるのかざっくりと知りたいぐらいだった。


「あー、悪いなメイちゃん。こんなつもりじゃなかったんだ」

「いえ、ありがとうございました」

「次はなんかご馳走させてくれ。その口うるさいのがいないときにでもな」


 言い争いで視線を集めていたせいか、ケラスはシンシアたちを入り口までは送ってくれ、そこで解散となった。

 シンシアはハンターというものについての認識を少しだけ修正することにした。

 ハンターは魔物を狩る荒くれ者たちで怖いイメージはあったものの、ここまで嫌われているとは思っていなかった。実際に関わってきた人が悪い人ではなかったというのもある。

 思えば、メイもよい印象は思っていなかった。他の要素はあったにしても、とりわけ信用はしていなかったように思う。

 自分の行動を反省して、今後から気を付けるようにすることにした。

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