第16話:父親との対面
次の日、シンシアはケイリムに朝食に誘われた。
前日の事もあり、情報屋について尋ねることにした。
すると、
「いえ、その必要はありませんよ」
ケイリムは事前に薬師から事情を聴いていたため、事前に手を回してくれていたらしい。
既に情報屋に情報を回し、メイの父の状況や場所は掴んでいた。
昨日いなくなったのはその都合合わせも含んでいたとのこと。
シンシアに何も言わなかったのは、馬車込みでの数日の旅の後だからゆっくりと休ませるため。途中に野宿は挟んでいないものの、子供に馬車旅はきつかっただろうという心遣いだった。
「望むのなら会いに行くことも可能ですが、どうされますか?」
なんだか手のひらの上で転がされているみたいで、少しばかりの反骨心が芽生える。
さて、シンシアは迷った。
メイの父親に会いに行ってもいい。元々それが目的だったし、最悪それさえ果たせればシンシア自身の復讐に専念できる。
シンシアを迷わせているのは昨日のハンター組合であったケラスの言葉。アダバルン――メイの父親には会うな。彼の言葉は純粋な善意によるもので嘘を言っているとは感じられなかった。
会わない方がいいような理由があるのか。昔メイの父と一緒に仕事をしていたということは、知らない仲ではないのだろう。今のメイの父についても知ってるような雰囲気だった。
「……はい、会いたいです」
だとしても、会わないわけにはいかなかった。
メイのためにも、シンシアのためにも、復讐のためにもこの問題は解決しておかないといけない。多少問題があっても何とかすればいい。何が問題なのかもわからないうちに避けていてても何もできないまま終わるだけだ。
「そうおっしゃると思ってました」
ケイリムは既に手筈だけは整えておいて、後はタイミングだけだったとのこと。
何から何までお世話になるのはシンシア的には嫌なのだが、やってくれるのを拒むことはない。
なんというか、胡散臭い。というのがシンシアのケイリムに対しての印象だった。
シンシアを見る視線もそうだが、常に何かを計られているような感覚。言われてた通りやれば問題なくできるかもしれないが、全てが怪しく感じる。
口で話している言葉と持っている感情が一致していないのがシンシアにはわかってしまうが故の気持ち悪さがあるのだ。
「では、予定を合わせておりますので、お昼過ぎに迎えをよこしますね」
はい、とシンシアは作り笑いをしながら答えた。
町中を案内につられて歩く。
緊張していないと言えば嘘になった。汗をかいているわけないのに気持ち悪さがある。
メイの父親はどんな人物なのだろうか。どんな会話をするべきなのだろうか。
無限に心配事が出てくる。心の準備が直前になって整わない。
けれど時間はすぐに過ぎ去って、会う約束の場所までたどり着いた。
「お待たせして申し訳ありません、アダバルン殿」
「いえいえ、こちらも今来たところですよケイリム殿。そっちは……ああ、メイか。大きくなったなぁ」
アダバルンがシンシアへ視線を向けたのは一瞬。
久しぶりに会ったはずの娘への興味はあるようには見えなかった。
「合わせたい人がいるというのは?」
「こちらのメイ嬢が父親と話がしたいというもので。知り合ったのも何かの縁、お力になれればと思いまして」
「おお、メイが。わざわざありがとうございますケイリム殿。メイ、こんな回りくどいことを次からはするな。伝えてくれれば幾らでも時間を作ったさ」
嘘だ。シンシアは心の中で断言した。
伝わってくる感情でシンシアにはわかる。目の前のこの男は、メイに全くいい感情を持っていない。
シンシアは混乱している。どうして? 実の娘なんじゃないの?
シンシアが持っていた家族観とは全く異なる存在に、瞬間思考が停止する。
言うしかない。ダメ元でも。同時に言っていいのか不安になる。こんなに敵意がある相手に縋ってもいいのかと。迷いが加速する。
「どうした?」
優し気に問いかけるアダバルン。
メイだったら気づかずに何も考えずに喋っていただろう。見た目では判別できないほど、子供を心配する父親の姿だった。
「——村の事で、お父さんなら何とかしてくれると思って。相談したくて」
「村で。何かあったのか」
「村長が、私たちを追い出そうとしてて。お父さんなら何とかできるって薬師のおじさんが言ってたから」
「……そうか」
——笑った?
シンシアの訴えを聞いて、アダバルンがかすかに笑ったようにシンシアは感じた。シンシアだからそう感じただけで、気のせいだったのかもしれない。
実際に、ケイリムが気が付いた様子はない。笑顔を張り付けて様子を伺っている。
「村長となれば、そうだな。よく相談してくれた」
アダバルンがシンシアの頭に手を伸ばす。
シンシアは思わず体を強張らせてしまうが、逃げることはせずそのまま撫でられる。
「わかった。俺の方から働きかけてみよう。何、領主様の覚えもいいんだぞ俺は」
見た目は子供を不安がらせようとしないよう、快活に振舞って見せる父親そのもの。
シンシアの目線に合わせるように姿勢を下ろして、言い聞かせるように肩に手を乗せる。
「だから安心して家に帰るといい」
シンシアはそれ以上何も言えず、頷くしかなかった。
「そういえば領主様はそういえば現在領都にいらっしゃらない様子ですが……」
「ああ、今は外に出てらっしゃいますね。ケイリム殿は領主様に用がおありで?」
「いえいえ、ちょっと気になっただけです。あまり外に出ない方ですからね。挨拶ばかりをと思ったのですが、残念でした」
ケイリムとアダバルンが少し世間話を行っているが、シンシアの耳には届かない。
シンシアは二人が会話している間、一つ気になっていたことがあった。
ケラスがアダバルンに会うなと言っていた理由。彼はアダバルンがメイたちに抱いている感情を知っていたのだろうか?
「そうだ、母さんの様子はどうだ? 元気にしているか?」
「えっ。はい、最近は元気で――」
不意に話しかけられて、シンシアは何も考えずにそのままの返答を返してしまう。
それを聞いた途端、アダバルンが一瞬だけ険しい表情をしたのを見た。
「そうか、元気ならいいんだ」
気のせいだったと言われればそう思うほどに一瞬の出来事だったが、シンシアは確かに見てしまった。
それ以上、シンシアは何もいう事もなく、この場はお開きになった。
宿に戻ってきて自室に入り、ベッドの上にシンシアは転がった。
天井を見ながら先ほどの事を考える。本当に何とかなるのだろうか、と。
シンシアから見ると、アダバルンは信用できるようには見えなかった。特に、一瞬見せた険しい顔。メイの母が元気だと何か不都合があると言わんばかりの表情。
信用できない。でもせっかくここまで来たのにどうにかできないのは問題がある。
考える。ケラスの事を頼ろうか。でも彼が言ったことを破ってしまったのに頼るのは抵抗感がある。
「……どうしよう。メイ、どうしたらいいと思う?」
言葉が漏れた。自身の中にいるメイに問いかけても返答はない。
まだそこにあるのは感じられる。魂をまだ感じている。
結論は、帰ってこない。
「——調べるしか、ないよね」
シンシアは虚空に問いかけ続ける。頭の中を整理するために。
アダバルンはメイには言えない何かを隠している。家族としてあってはならない何かを。
それを知ることができれば、何か解決の手掛かりになるかもしれない。
「それに、知ってるかもしれない」
メイの母に呪いをかけられていた事実を。
元気かどうか問いかけたあの瞬間に見せた表情。元気だと聞いて安心するのではなく、驚いたような困惑したような表情。あれは元気でないと思っていないとおかしい反応だった。
シンシアは手の中に呪いを浮かべる。どす黒い渦巻くそれは、今は何も起こさず大人しくしている。呪いの持ち主に引かれるようなこともなく、ただそこにある。
もしもこれに関係しているのであれば――許すことはできない。
そっと気づかれぬよう宿を飛び出し、シンシアは再びアダバルンを探しに町へと繰り出した。
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