第17話:悪霊、顕現

 シンシアには人の魂がわかる。アンデッドとしての能力か、シンシアだけのものなのかシンシアは知らないが、とにかくわかる。

 アダバルンの魂の形は先ほどあったことで把握している。それを目印に探すことにした。

 町中を動きながら徐々に周りの魂を探る。先ほどからそんな時間も経っていないため、会った場所からそう離れてはいないだろうという目星をつけて探しに行く。

 

 見つけるのに少々時間を費やしてしまった。既に空が少し暗くなり始めてしまっている。

 あんまり遅くなってもケイリムに迷惑をかけてしまうだろうから、すぐに帰るつもりだったのだが、そうは上手くいかなかった。

 一瞬日を改めるか迷って、また見つけられる保証がないことで追いかけるのを続行することにした。


「……いた」


 シンシアがアダバルンの姿を見つけた。

 両横に女性を並べてご機嫌そうに歩いている。昼間から酒に酔っている様子で、少しだけ足取りがおぼついていない。

 シンシアは少しだけ嫌な気持ちになった。ただ、まだ何もわからない。アダバルンに気づかれないように注意をしつつ、話していることを必死になって聞き取ろうとする。


 行きかう人の視線も気にせず、どこへ向かってるのかも理解せず、愚直にシンシアはアダバルンを追った。

 通り行く人々が段々と女性と男性の組み合わせが多くなり、建物の様相の怪しさが増してきたころ、アダバルンは一軒の店に入った。

 店の前まで来て、シンシアは困る。正面から入ると追ってたのがバレてしまうかもしれない。

 そうやっていると、大声で聞こえてきてしまった。


「全く、困ったもんだよなぁ!」

「あんたも本当に酷い男。実の子供のいう事ぐらい流してあげればいいのに」

「いいんだよ別に。もう必要なくなったんだ。放っておけば死ぬ奴らにどうして構わないといけない」


 アダバルンの声だった。


「何せ、もうすぐ死ぬはずなんだ。元気だとか言ってたが、そんなはずはない。きっと心配させまいと嘘ついたんだろうさ」


 何を言っているか、シンシアが内容を咀嚼するのに少しの時間がかかった。

 シンシアはそういう事なのだと、理解ができてしまった。したくなかった。


「死んでくれれば後は自由さ。簡単なもんよ、妻を失って悲しむ男。あんなちんけな村からは綺麗さっぱり後腐れなくおさらばってわけだ。わざわざ俺を頼りに来た時点でもう終わりかけてるってことなのさ。だっはっはっはっはっは!」


 汚い笑い声が聞こえてくる。聞きたくない。嘘だと言ってほしい。

 ——許せない。そうだよね? うん、そうだね。


「だから――おい、どうしたお前ら」


 店の中に正面から入ってきたシンシアに酒に酔っぱらっていたアダバルンだけが気づくのが遅れた。

 幸せなことに。


「そうだよね。うん、難しくしすぎてたんだ」


 シンシアは独り言を呟きながら、一歩一歩ゆっくりとアダバルンへ近づいていく。


「こうなったら一緒だよね。全部全部全部最初からそうしてればよかったんだ」


 少し遅れて自分に近づいてくる子供の姿をアダバルンが気づいた。


「もういっか」


 少女の体が力なくその場に倒れた。はずなのに、そこにはまだ別の少女の姿がある。

 翠の瞳に憎悪を湛えた、悪霊の姿が。



 町の鐘が鳴り響く。五回叩いては一度止み。また五回鳴り響く。緊急時を知らせる鐘の音が鳴り響く。

 町中に黒い靄が薄く充満する。足元には特に黒く、濃く沈んでいる。

 黒い靄が瘴気だといち早く気が付いたのはハンター組合の人間たちだった。

 彼らは町を覆う瘴気に気が付くと同時に周りへ危険喚起を始めた。町の人を逃がすために。

 常駐している兵士たちは少し遅れてそれに追従する。状況を確認するのに時間はかかったが、町の中にしか瘴気が届いていないことに気が付くと、すぐに町の外に一時避難するように市民へ呼びかけた。

 同時に、彼らは町中にいるであろう元凶を探し始める。

 その脅威を何とかするために。



 店の人間も、傍にいた女性も逃げ出して、アダバルンだけが取り残された。

 憎悪憎悪憎悪、小さな体に似合わない圧倒的なまでの威圧感。圧迫感。生命の本能が叫んでいる、目の前にいるのは死だと。


「ねぇ、どうしてメイのお母さんに呪いをかけたの? 家族なのに」


 シンシアはあえて質問をする。わかりきった答えを聞くために。

 もしくは、まだ少しだけ期待していたのかもしれない。先ほど聞いた話が全部嘘で、ただの聞き間違いだったんじゃないのか、と。


「な、なんだよ。お前は。なんでこんなところに――」

「質問に答えて」


 店のカウンターが激しく砕け散る。

 シンシアが作り出した瘴気の剣がアダバルンのすぐ横を掠め、奥に突き刺さった。

 シンシアの傍らにはもう一本瘴気の剣が浮かべられている。言葉にせずとも雄弁に語っていた。答えなければ、次はお前の番だと。


「家族なんでしょ? 大事なはずでしょ? なんで?」

「う、うるせぇ!」


 恐怖でカチカチと激しく歯を打ち鳴らしながら、アダバルンは自棄になって叫んだ。


「邪魔なんだよ! あいつらは! 俺がこれ以上上に行くにはあいつらは必要ねぇ! だから殺すんだよ、何が悪い、何がおかしい!」


 その答えは、シンシアの求めていたものであり、メイにとっては最悪の答えだった。

 アダバルンの叫びは続く。


「ここまで、ここまで来たんだ! 今更後戻りなんかできるかよ! 俺は、俺はこんなところで死ぬような人間じゃねぇ!」


 他の人間がそうしたように、アダバルンも狂ったように走り出す。

 シンシアはあえてそれを止めずに、横目で見逃した。

 静かになった店の中、騒がしくなってきた町の中。シンシアは静かに笑った。


「待っててね、メイ。メイが苦しんだ分、あいつも苦しめてあげるから」


 簡単には殺さない。それではメイが報われない。

 シンシアが手を挙げると、足元に広がる黒い靄から幾つもの人型が湧き出てくる。

 それらはかつてシンシアが見た兵士の姿。顔はのっぺらぼうだが、剣も鎧もそのままに再現されている。


「兵士の誰かなんて関係ない。こうなったらみんな殺そう。私たちの復讐のために」


 瘴気により生み出された黒の兵士たちは生まれたそばから次々店から飛び出していく。

 シンシアの復讐として、この町の兵士を皆殺しにするために。

 メイの復讐のために、アダバルンを苦しめるために。


「行こう、メイ。私たちの復讐を始めよう」


 兵士の一体がシンシアが抜けて動かなくなったメイの体を持ち上げると、シンシアと共に瘴気蠢く町中へとくり出していった。

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