第9話:感情の共鳴

 無事に五体満足でハンター組合を抜け出したシンシアは、今後どうするべきかを考えていた。自分の分だけではなく、メイの分も復讐をすると決めた。ならばどうやって復讐を果たすべきか。


 ただただ単純に考えてしまえば、メイはこの町の人々が恨めしいのだからこの町を焼け野原にしてしまえば復讐を達成したと言えるだろう。シンシアはそれが簡単にできるとは思わないが、瘴気で悲鳴が上がり続ける町に変えるぐらいはできるだろうと考えている。

 けれども、だ。それで本当にメイたち家族をのけ者にした人々へ復讐を果たしたと言えるのだろうか? シンシアはそう思う。

 シンシアはできることなら自分が受けたのよりも大きな苦痛を味わわせてやりたい。その苦痛をもって復讐を遂げたと言える。ただ苦しませるのだけでは許せない、自身が行いを後悔させて間違っていたと認めさせてやりたい。


 ならば、メイの復讐も同様にするべきだ。

 メイの家族をのけ者にした罪を、好き勝手にされた罪を、後悔させてやらなければならない。病気のお母さんを苦しめた罪を、何もしてないメイに辛く当たった罰を与えなければならない。

 じゃあその罰は何が相応しいのか? それがシンシアにはわからなかった。具体的な方法が思い浮かばない。

 結果は保留。何かいい案が思いつくまでは、本筋の復讐のための情報収集に徹することにした。


 そう決めたものの既に日も落ち始めていて、今日はこれ以上何もできそうにない。薬草も今日は満足に取れていないため、寄る場所もない。

 何もできることがないのなら、家に戻るしかない。メイの考えに従うまま、シンシアはメイの家にやってきた。

 家までの道中、シンシアは背中に心無い視線を感じていたが、特に何もしなかった。メイがどういう目に合ってきたかは知っているし、いずれ来る復讐の時までそうやっていて笑っていてほしいとすら思った。

 そうすれば何も思うことなく復讐を果たすことができるから。


「ただいまお母さん、フェイ」


 家の玄関をくぐり、いつもの言葉を口にする。

 静まり返っていた家の奥から足音が聞こえてきて、やがて可愛らしい顔がこちらをのぞき込んでくる。


「おねえちゃん!」

「ただいま、フェイ。いい子で待っていてくれた?」

「うん! ちゃんと言いつけ守ってたよ!」


 無邪気な笑顔に荒んだ心が少しだけ癒される。同時に、この笑顔からおねえちゃんを奪ってしまったことへの罪悪感がシンシアの心を茨で締め付ける。


「……お母さんの様子は?」


 晴れ晴れとしていた笑顔がたちまち曇ってしまう。それだけでいつも通りなのだとわかってしまう。


「そっか。ちょっと待っててね、すぐにご飯作るから。先にお母さんに挨拶だけしてくるね」


 そうするのが当然であるように、シンシアは机の引き出しから薬を取り出す。その後台所から水を一杯コップに掬い、母親の部屋へと向かう。

 シンシアがメイの母親の部屋へ向かう途中、チリチリと心の奥で何かが焼ける感覚があった。シンシアはそれが何なのかわからず、メイであることを努めようとして平静を保った。


「お母さん、入るね」


 部屋の外から声をかけた後に扉を開け、〝お母さん〟の姿を見た瞬間、シンシアは心の底から後悔した。

 愛おしさが心の奥底から溢れて止まらない、苦しそうな様子を見ることが辛くてたまらない、生きていてくれていることがありがたくてしょうがない。首が繋がっている姿が嬉しくて涙があふれてくる。

 シンシアとメイの境遇、年齢、性格などが比較的近いことによって、シンシアは余りにもメイに共感してしまっていた。復讐の事からも気づくべきだった。魂の殆どを吸収したこと影響もあるのか、メイの感覚があまりに強く出てしまっている。

 思えば体の主導権を奪われたときもシンシアはメイの言葉をよく理解できた。言いたくなる気持ちがよく分かった。

 震える体を必死に抑え、シンシアは魂を吸収することの危険性を理解した。あの男とはシンシアの性格が違いすぎたからここまで影響を受けていないだけで、近い人間の魂だと受ける影響が大きすぎるのだ。


「……メイ? ああ、お帰りなさい」


 お母さんはメイの姿を確認すると、寝たきりの寝台から起き上がろうとしていた。


「お母さん! 無理に起きようとしないで」


 すぐさまシンシアは駆けよって、また横にさせる。


「ごめんなさい、メイ。私が――うっ、ゲホッ、カハッ!」


 ―—違う、違う。謝ってほしいわけじゃない。謝ってほしくなんてどこにもない。生きてくれているだけで嬉しい。そこにいてくれるだけで大丈夫。だから謝らないで、悲しい顔をしないで。

 ただでさえ家族思いだったメイの感情に最愛の母親を失ったシンシアの経験が重なって、どうしようもないほど混乱してしまっていた。もはやどっちが素で、どっちが主体で動いているのかすらわからないほどに。


「大丈夫、大丈夫だからお母さん。ほら、お薬飲んで。すぐに良くなるから、全部大丈夫だから……」


 用意してあった粉薬と水の入ったコップを手渡し、手助けしながら薬を飲ませる。

 薬を飲んだメイの母は、少しだけ笑って、シンシアにされるがまま再び横になった。

 ほっと一息をついたその時、シンシアはふと、それを見た。メイの母親の魂に何か、黒い染みのようなものが纏わりついている。見るからに悍ましいそれは、病気によるものなんかではあるはずがない。


 シンシアは思わず手を伸ばし、それに触れる。形はないはずなのに、薄汚れたヘドロのように汚くメイの母親の魂にへばりついている。これは良くないものだと察する。そっと元々の魂に触れぬよう、ついた汚れだけをふき取るようにシンシアは魂に干渉する。

 汚れをくみ取るように、絡みついた紐を解くように、黒の汚泥がシンシアの指に巻き取られていく。

 アンデッドであるシンシアだからこそ、その汚泥に触れても影響を受けずに済んだ。同時にアンデッドであるシンシアは、この黒の汚泥から憎悪に似た感情を感じ取っていた。

 人の魂に作用し、負の感情によってもたらされるもの。シンシアにとっては母が語る物語の中でしか聞いたことがない存在。メイも知識として聞いたことはあっても実際に見たことはない禁忌のもの。


「……呪い?」


 シンシアは思わず呟いてしまっていたが、幸いなことにメイの母親には聞かれていないようだった。




 その後、薬が効いたという風にすっかり寝てしまったメイの母を部屋において、シンシアはメイの記憶をもとに料理を作りフェイと一緒に食事を取った。フェイだけを先に寝室へ帰して、シンシアは一人居間で考え事をしていた。

 呪いは禁術と呼ばれる魔法の一種だ。基本的にいずれの国家でも禁じられており、見つかった瞬間に厳重な処罰の対象となる。シンシアが呪いについて知っているのはその程度のものだ。

 ただ、呪いは誰かが誰かにかけるものである、というのは理解ができる。誰かがメイの母に呪いをかけた。それが病として表に現れ、今の状況に至る。

 次の問題は、誰が呪いをかけたのか。


「許せない……」


 メイの母に呪いをかけた人を、呪いをかけようと思った人を、呪いをかけられるほどに疎まれる原因を作った人間への憎悪が膨らんでいく。それはシンシアの思いでもありメイの思いでもあった。

 メイの復讐の目標が立った。まずは呪いをかけた元凶を見つけ出す。その後——散々苦しめて殺す。メイの母が受けた苦しみを上回る苦しみを味わわせて殺す。

 削ぎ取った呪いは今もシンシアの中にある。意識すれば解き放つことも消し去ることもできるかもしれないが、何かに使えるかもしれないと考え今は持っておくことにした。呪い自身が呪いをかけた人を教えてくれればよかったのだが、そんな様子はどこにもない。

 シンシアはふとメイの母が寝ている部屋の方向へ視線を向けた。

 娘を奪っておいて言えたことではないが、どうか幸せになってほしい。


 そっと静かに目を閉じた。瞼の裏側には何も映らないことに安堵しながら。

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