第8話:名を重ねて

 倒れていたメイ(シンシア)を見つけたのは、ハンター四人組だった。

 ハンター四人組は、この場所の瘴気の量にまず驚き、その横にシンシアが倒れていたことでさらに驚いた様子を見せた。倒されていた魔物が本来もっと高所にいるらしい魔物だったらしく、さらに混乱が広がる。

 とりあえず人命第一ということらしく、四人組はここまでの道のりだけ四人で確認し合うと、シンシアを連れて山を下りることにした。


 ハンターという職は、本質的には魔物を殺す害獣駆除の仕事だ。魔物は世界にあまねく存在しており、その被害もまた全世界に等しくありふれている。故に、人は共通の災害に立ち向かうべくに国家間を超えた情報網、組織を設立した。魔物から人を救うことこそ誰も謗れぬ善行であると謳う彼らは、逆に言えば他の争いごとには手を出さないと理念に掲げている。人から人を守るのは騎士や兵士の仕事だ、魔物の脅威から人を守ることが我らの仕事だと。

 国家に属さない彼らは、国の権力者から煙たがられている。ある種の無法地帯。荒くれ者の集まり、はぐれ者の拠り所みたいなことになるのは当たり前の結論だった。

 それでも排斥されないのは、彼らが掲げる理念が疑いようのないものだからだ。魔物の脅威、魔物の被害というのは数え切れず、国家の枠組みでは対処できないことも多い。政治の枠組みを超えた何かが必要になるのは必然だった。


 と、いうハンターについての知識を思い返していたところで、シンシアは一つの結論をたたき出す。

 これは絶体絶命というものじゃないか、と。


「うーん。じゃあ、申し訳ないけれどもう一度最初から聞かせてもらいますね?」

「……はい」


 シンシアが連れてこられたのはハンターたちが組合と呼ぶ拠点。彼らが仕事をするにあたっての受領、報告などを行う拠点であり、ハンターたちの活動のための物品が並ぶ本拠地だ。


「メイちゃんはどうして山の中に入ったの?」

「薬草を取りに。お金が必要、だから」


 ハンターたちに連れてこられたシンシアは、瘴気に晒されたということでハンター組合にて検査を受けさせられた。その際、結果を見て組合の人が不審げにしていたのをシンシアはしっかりと見ていた。死霊の感覚器で疑いの感情を持っているのもはっきりと読み取れた。

 その場では何もなかったが、今度は何があったのかの聞き取りをされている。

 調査と聞き取りは全て個室で行われ、女性の組合員と一対一で行われていた。部屋の外では何が起きているのかを知る方法はなく、人が慌ただしく動いているぐらいしかわからない。焦りの感情は感じられるが、今のところ恐怖や怒りの感情は感じられないのが救いだった。


「その年でだなんて……。じゃあ次はグレイハウンドと出会った経緯を教えてくれるかな?」

「薬草を取るために登ってたら、途中で。必死に逃げて……」

「逃げて?」


 シンシアは怖がっている振りをしてゆっくりと首を振る。言いたくない、思い出したくもないという風に。実際にはメイの魂からその時のことを貰って、思い出しながら演技をしているからあながち嘘というわけでもない。

 なお、狼三頭より自分の方が怖がられていたことにシンシアは少しだけショックを受けた。


「…………」

「怖かったのはわかるわ。でも、お願い。どうか教えてほしいの」


 組合の人は真剣だ。ここの情報で今後の対応が決まるのなら当然。

 どこまで情報を出しても大丈夫かシンシアは検討する。嘘は言いたくない、どこかで嘘だとばれるのが怖い。かといってアンデッドを見たというのもまずい。憑依に気づかれる可能性がある。


「く、黒い剣が」

「剣が?」

「空から降ってきて、魔物たちを……」


 それ以上は何も知らないと言わんばかりに下を見ながら力なく首を横に振る。

 セリウスの反応をシンシアが見ていた限り、黒い剣を使うアンデッドなんて存在していないらしい。調査をして正体がばれる可能性はあっても時間は稼げるはず。何せバレたら即敵対、囲んで棒で叩かれてはい昇天みたいな目に遭いかねない。

 まだシンシアは何もできていない。今消えてしまえば二人殺した事実が残って終わり、復讐を果たしたどころかちょっとした小悪党がいたぐらいになってしまう。しかも殺したのが子供一人と悪人一人、覚悟を決めたのに格好もつかない。


 沈黙。組合の人は何かを深く考えているが、何を考えているのかはシンシアにはわからない。シンシアをこの場に引き付けて、討伐のための戦力を外に潜ませてるとかで、時間稼ぎがまだ必要だからその方法を考えているとかでないことを祈る。何せ、シンシアはまだ死霊の感覚での感情探知の精度を信用できていない。少なくともセリウス相手には何も反応せず、気が付いたらすぐ後ろに立たれていたことがあった。他の人も同じことができるかもしれない。


「——うん。メイちゃん協力ありがとう。今後のメイちゃんについてなんだけれど」

「は、はい」

「まず、山に一人で入るのは出来れば止めてほしいの。確かにあんなことがあれば私たちを信用できないのは仕方がないと思う。けれど、メイちゃんが怪我をすればお母さんが悲しむと思って、どうかハンターに護衛の依頼を出してほしいの」

「……はい?」


 思わず疑問の声を出してしまってから、シンシアは即座にまずいことに気が付いた。

 シンシアはメイとハンターとの確執を知らない。急ぎ追加でメイの魂を齧り記憶を漁る。メイが過去に薬草の護衛をハンターに頼もうとして、法外な報酬を要求されたことがあったことをここで知る。


「彼らはあの後きちんと処分を受けたわ。それに、私たちが信頼できるハンターをきちんと紹介するから、山に入るならその人たちを連れていってほしいの。確かに決して安くないお金はかかるけれど、ノウトリ草なら少し取る量を増やせれば問題ない金額で済むはず」


 幸いなことに、違和感に気づかれたわけではなさそうだった。シンシアが目を丸くしているのも、ただ予想していなかったことを言われたからと解釈されたようだった。

 同時に、ただ純粋に心配されていることを知る。


「本当なら、もっと早く伝えるべきだったの。けど、ハンター組合は原則政治には介入できないのもあって、声を掛けられなくて。私はずっと間違ってるって思ってたんだけど――」

「どうして……?」


 様々な意味にとれる呟きだった。困惑と疑念に溢れた言葉だった。どうしてそんなことを言うのか、どうして今になってから言うのか、どうしてそんなことが言えるのか。複雑すぎる感情が込められた一言だった。

 その一言は組合の人を問答無用で黙らせるだけの重みがあったし、シンシアが一旦憑依がばれないでいられる方法を考えるのをやめるだけの圧があった。

 その言葉は、シンシアが発したものではなかった。口が勝手に動いた、メイが発した言葉だった。


「——ごめんなさい。虫が良すぎる話だったわ。調査への協力ありがとう」


 退室を促され、シンシアは部屋から退室する。部屋の外にハンターは集まっていなかった。

 憑依という手段だからか、今動かしているのがメイ自身の体だからかはわからないが、シンシアは確かに一瞬だけ体の主導権を奪われた。

 その一瞬の価値は人によって感じ方は様々だろうが、最も価値を感じたのは間違いなくシンシアだった。


 ——そう、メイ。貴女も憎いんだ。恨んでるんだ。


 それは自分の復讐のための犠牲としか思ってなかったメイという人物についての感情。都合のいいことを言われて、残り僅かの魂しか残っていないというのにシンシアすら跳ね除ける怒りを見せた、少女への共感。


 ——なら、メイ。復讐しよう。私たちで。


 哀れな犠牲者ではなく、復讐仲間として。シンシアはより深くメイへの魂を削り取った。誰を憎んでいるのか、何を憎んでいるのか、より深く知るために。

 削られ弱り切ったはずの魂は、けれども光強く輝いていた。




 部屋に残された彼女——フーリは余りにも自己満足だったと自省した。


 先ほどまで目の前にいた少女の目が忘れられない。あまりにも深い絶望を経験した目をしていた。周りを全く信用していない目だった。敵しかいないと信じ切っている目だった。

 助け船を出すつもりだったが、余計に不信感を抱かせてしまったかもしれない。それはハンター組合の理念に反する行いだった。


「まいったなぁ。やっちゃったなぁ」


 メイ。この町に住む少女。今話題の家族の一番の犠牲者。

 フーリはメイが置かれた状況を調べ、よく知っていた。ハンター組合の理念としては、魔物が関わっていなければ手を出すわけにはいかないが、人として困っている人には手を差し出すべきだと考えるのがフーリだった。ましてやあんな幼い子、大人が助けるべきだろうに。

 確かにメイは父親があまり評判のよろしくない仕事をしたかもしれない。かといって、子供にその責を負わせるのは間違っているとフーリは思う。領主様の指示となれば、領に仕える兵士は命令に逆らいようがないというのに。

 結局、平民でありながら領主に仕えているのが気に食わない人たちが悪し様に言っているだけとしても、こんな辺鄙な町まで争いを持ち込まないでほしい。


「お貴族様案件なのがなぁ。貴族じゃなければ関係者全員殴り倒して終わりなのに」

「……おい、あんまり物騒なこと言ってんなよ?」

「あ、ダン。調査結果はどうだった?」

「どうもこうも、あの子に関しては結果通り、機器に何も異常はなかった。グレイハウンドが山を降りてる件については明日以降だな」


 ダンはハンター組合の職員だが、荒事側の人間だ。フーリは受付や事務業務を担当している。

 今回はフーリと一緒に山の魔物の生態系の異変についての調査を担当することになった。


「なら……メイちゃんがあんまり瘴気を浴びていなかったってことなのかな? そんなことある?」

「あいつらが瘴気の濃さを読み間違えた可能性ならあるぞ。少なくともあいつらが言ってたほど瘴気が濃いなら、近くで倒れてたあの子が何の影響も受けてないのはおかしい」


 メイが四人組に助けられて組合に運び込まれ、真っ先に調べられたのは瘴気による影響の調査だった。瘴気は魔なるものどもの発するよくわからないもので、人が触れたり吸い込んだりすると良くないことが起こる。実際瘴気が微量ながら流れこみ続けた村が瘴気に侵されて滅んだという話もある。

 ただ、その検査の結果は全くの被害なし。瘴気に晒された影響なんてどこにもなかった。


 彼女を助けたハンターたちは、現場は酷い瘴気にまみれていて危険な状況だったと判断して報告をしにすぐに戻ってきたと言っていた。そんな場所にいれば瘴気の影響がどこにもないなんて考えづらい。


「けどあの子たちだって新人ってわけじゃないのよ。すぐに避難させないとやばいって感じたのに実際は瘴気が薄かったなんて思わないけれど」

「測定結果は異常なしって出てるんだからしかたがないだろ。細かいことは明日だ明日。瘴気が実際どうだったかはわからなくとも、グレイハウンド四体を殺すような奴がいる場所に準備なしで人は送れん」

「ここ所属じゃないどっかのハンターがグレイハウンドを殺して、グレイハウンドの死体から瘴気が漏れ出てたって可能性は?」

「高々四体だろ? すぐ離れないと危険と感じるほど瘴気が濃くなるとは思わんな。しかも死んだ直後で死体は腐っていないならなおのことだ」


 ダンは元ハンターだ。実際に様々な現場を確認し、その経験から組合の仕事をする。そんな彼が断言するのなら、フーリとしてはそうなんだろうなと納得するしかない。

 なら報告と実際の内容が食い違ってる現状はどうなのかとも言いたいが。ダンはわからないことははっきりとわからないという。あまり突っついても意味がない。


「……可能性があるとすればアンデッドだな。それも高位の」

「アンデッド?」

「アンデッドはそこに存在するだけで瘴気を巻き散らす。高位のアンデッドともなれば巻き散らす瘴気の量も跳ね上がる。短時間で高濃度の瘴気を巻き散らして姿を消せるとなると、アンデッドぐらいしか思いつかない」


 フーリも知識としては知っている。ただ、アンデッドは生まれやすい土地というのが存在し、それ以外の場所で発生するのはごく稀も稀。この付近でアンデッドの目撃情報なんてないため、選択肢として思い浮かべることもなかった。


「それなら、アンデッドがグレイハウンドを殺してすぐに立ち去ったってこと?」

「いや、それならあの子が生きていることがおかしい。アンデッドは生きた人間を見逃さない、必ず殺しにかかる。グレイハウンドだけ殺してあの子だけ生かすなんて真似はしない」

「駄目じゃない」

「可能性の話をしただけだ。何度も言うが詳しいことは明日の調査で調べる」


 結局何が正しいかなんて、この場で話しているだけではわからない。

 唯一言えることは、メイが生き残っていてよかった。それぐらいだろう。


「それはそうとして、だ。フーリ、あんまり入れ込みすぎるなよ。前のところもそれで駄目になったんだろ」

「……わかってるわよ。でも子供が辛い思いしてるのに、見て見ぬふりをするのは間違ってる」

「かもな。それだけ気に食わないのならレベティア教の司祭にでもなってきたらどうだ、天職かもしれんぞ」


 フーリは歯に衣着せぬダンの物言いに思わずむっとする。


「助けを呼ぶのにも力がいる。気力とかな。どうしてもってんなら、助けが必要な時に助けられるように準備だけしとけ」


 だが、ダンの物言いは正しい。フーリは以前感情任せで失敗した経験から、ダンの言葉にしっかり耳を貸していた。


「それはそれとして、ダンに言われるの腹立つ」

「お前と違って現実主義なんでな。それじゃ、俺はもう行くぞ」

「はいはい。私は何とかメイちゃんがハンターを護衛に着けてくれるようにに説得の方法を考えますよーだ」

「ああ、人を見るのはお前の仕事だ。しっかりやってくれ」


 町に潜んだアンデッドがハンター組合の建物から出たのとちょうど同じ時間のやり取りだった。

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