第6話:忍び寄る悪霊
「……寒い。寒くないけど」
レイヴアイア王国北西部の山岳地帯。レイヴアイア王国と大ガルドルディア帝国を隔てる巨大な壁。このティルティノタ山脈により、帝国はレイヴアイア王国への進行ルートを北方からではなく南方からに制限され、激しい軍事力の差があっても防衛を可能としている。
もし山岳地帯を直接通ろうとするものならば、地形による滑落の危険に始まり、山に生息する魔物に昼夜脅かされ満足に休息を取れず、頂上付近では気温の低下により思考を奪われる。満足に団体行動などとることはできない。
かといってこの山脈を通る人間がいないかと言われれば、いるのが現実だ。それは、こんな山をそのまま通るわけがないという先入観からくる警戒網の薄れ、密出入国者たちだ。もちろん命がけであり、山脈を通ろうとした人物の九割以上が途中で無念の死を遂げている。
「無理だってこんなのー! なんでこんなところで過ごさないといけないの私!」
文句を言いながら、山脈内を歩いているシンシア。既に死者であるシンシアは気温や食事、休息をものともしない行軍が可能となる。上位のアンデッドであるシンシアを襲う魔物はおらず、地形も瘴気の実体化により踏破が可能となる。細かいことにさえ目をつぶってしまえば、シンシアにとってはこれ以上ないレイヴアイア王国への再侵入ルートだった。
帝国からレイヴアイア王国へシンシアが戻る理由はただ一つ。復讐の一欠けらを実行するために他ならない。セリウスが仕入れてきた情報によると、この山を抜けた先の領地の兵士が件の兵士たちらしい。
コロトラグル伯爵領。天然の要塞に背を任せ、質実剛健という言葉を崇拝しているとすら言われる領主に治められる領地。領主は王家への忠誠が厚い。魔物の被害が多いことから魔物を狩るためハンターも多く滞在し、軍事力は高い。名産は武器などに使われる鉱物。……というのがシンシアがセリウスから聞かされた目的地の話だった。
つまりは敵が強いから気を付けろと一言でセリウスはまとめていた。
シンシアがいた領地からコロトラグル伯爵領は遠い。わざわざコロトラグル伯がシンシアたちを殺すためだけに兵を自ら出したのか。それとも別の――指示があったのか。その情報を探るのも今回の目的の一つだった。
「わかるけれど、わかるけれどおかしいって本当に。三日目だよ? この雪の中三日目だよ? どれだけ待たされればいいの?」
今回の復讐には大きな障害が三点存在する。
一つ目は全ての問題の基準となっている、シンシアと帝国の繋がりがレイヴアイア王国に発覚した時点で帝国はシンシアを処分するという点。シンシアも細かい政治はわからないが、魔物を使って他国を責めるのは大きな問題があるのは流石にわかる。
二つ目はシンシアがそのまま行動するとアンデッドであることがまるわかりになってしまうことだ。見た目もそのまま、首には縫い目、肌色も悪く、活動すると瘴気が漏れる。瘴気によってさまざまな現象を予知できることから、瘴気を探知する設備は極めて一般的らしく、仮にこのままシンシアが町に近づこうものなら即座に探知されて囲まれてしまう。
三つ目は復讐対象の騎士がどこの領の兵士かまではわかっても、実際に領内のどこで何をしているのかまではさっぱりわからないこと。そもそもシンシアが顔を見ただけなので、実際に見て探す以外に見つける方法がない。
要点をまとめると、シンシアは帝国から一切の直接的な支援を受けられず、町中に入ればアンデッドがいるとばれて満足に行動できない中で、コロトラグル伯領内を探索し自分の目で憎き騎
士を見つけ出さねばならない。
——いや、無理だよね? うん、無理。
強行突破で大暴れしようものなら、痕跡を辿られて帝国に行き着く可能性があるから潜入が必須。でも死霊系のアンデッドであるシンシアは動く瘴気発生源みたいなもので隠密行動は難しいどころか不可能。前提条件で矛盾させられている。
そこでセリウスが考えた案があり、シンシアもそれに同意した。
結果、シンシアは寒く厳しい気候の山の中、一人で三日間も人を待ち続けることとなった。
セリウスの案は至極単純。レイス系のアンデッドならば人に憑依することが可能であり、山の中に素材を取りに来た人物に憑依することで町中に潜り込むという内容だった。
曰く、シンシアの体は死んでいるから瘴気を隠せないが、生きている肉体ならば力さえ使わなければ覆い隠すことが可能。憑依の後、行動から疑われる可能性があるが、シンシアはソウルイーターという魂に関する力があるアンデッドのため、乗っ取った体の魂から必要な情報を食べてしまえば行動を真似するぐらいはできるだろうという読みだった。
憑依のためには今の体を抜け出す必要があり、こちらは既に帝国内で練習済み。体がその場に残されてしまうが、魔物は相手がまとう瘴気によって反応を変えるらしく高濃度の瘴気をまとっているシンシアの体には手を出さないうえ、これだけ寒ければ簡単には腐ることもない(そもそも腐るのかどうかもわからない)。険しい山の環境がシンシアの体を隠すのにも役立つ。
憑依先で何かあったとしても、憑依した体をすぐ抜け出して元の体のところまで急いで戻ってくれば問題なし。その後の警戒はされるだろうが、姿さえ眩ましてしまえばどうとでもなる。
一見すると問題点を全て解決したように見えて、シンシアは更に重大な問題点を失念してしまっていた。そう、憑依する体を町の外で見つけねばならず、町の外に出てくる人なんてめったにいないという重大な問題点を。
結果、三日間もの間シンシアは一人で来るかもわからない人を待ち続ける苦行を行う羽目になった。
「うーん。待つ場所が悪いのかなぁ。もうちょっと町寄りの場所の方がいいかも? でもあんまり近づきすぎて気づかれると大変だよね」
小さな村ならばともかく、町ぐらいの大きさになれば瘴気探査装置は確実にあるらしい。どの程度の距離まで探知するのか、どの程度の量で検知されるのかがシンシアにわからない以上、不必要な危険は冒したくなかった。
一応の目安として、山脈内に存在する薬草の自生地を調べ、その付近で待ってはいるのだが、如何せん人が一人で来るには場所が悪い。セリウス曰くハンターは魔物を殺すだけでなく、魔物が生息している場所の探索や情報収集も生業としているため、ハンターならば可能性が高いそうだった。
ただし、ハンターは基本的に集団行動しており、憑依の対象とするには向かない。
「一人でこんな僻地までくる人なんているのかなぁ。そもそもの考えが間違ってた? でも今更戻るのも違うし、どうしようかなぁ。……ん?」
ふいに、死霊としての感覚器に何かが引っ掛かった。
人がいる。しかも、ちょうどいいことに一人。恐怖の感情に溢れていて、何かから逃げているように慌てている感じがする。
「なにか変だけれど、ちょうどいいし行っちゃおうっと!」
シンシアは肉体を脱ぎ捨てて、霊体の姿になり感じた方へと飛んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます