後編
「ゆまです!あすかです!みひろです!よろしくお願いしま〜す!」
やっぱりだ…。お店に入ってきた瞬間から3人が健の方にしか見ていない。出来レースの出来上がりだ。
正直こうなることは想像してたけど、実際にそうなるのと少し悲しいものがある。ちょっとはオシャレにも気をつかってる方なんだけどな…。
でも、ここまで来たらもうヤケだ!今日は
(おい、
この状況ですらまだいけると思ってるこいつに初めて尊敬する。ほんとこの図太さ見習いたいわ。
とりあえず俺は大丈夫ってサインをして、最初のドリンクや話の邪魔にならない程度のメニューを注文した。
最近、魚が好きだからほっけの塩焼きを注文して一人で食べることにした。こんな食べ物みんなでつつくわけないからな。お腹すいたな〜。
「翔くんはお酒強いの?」
「ん?普通くらいだよ」
健争奪戦に勝てないと感じたのか、あかねちゃんが声をかけてきた。
正直、今日ワンチャン狙ってるわけじゃないから彼女たちに声をかけられても何のやる気もおきん。
とりあえず、適当に話をしてほっけを堪能して帰ろう。ほっけ、早くこないかな。
「翔くんって健くんと仲良いの?」
「うーん。普通くらいだと思うけど」
まただ。普通という言葉が悪気もなく出てきてしまう。口癖というより、この言葉が自分の化身である様に思えてきて寒気がする。
なんかめんどくさいな。。。
「ごめん!ちょっとトイレ行ってくる!」
「気をつけてね〜」
本気で早く帰りたい気分だ。しかし、ここで本当に帰らない自分を褒めたい。
でも、この時間が自分にとって良い方向に進むわけないとも思っている。
トイレの入り口でどうするか立ち往生してる時に健がトイレに来た。
「ん?健もトイレ?」
「いや。そうじゃないんだけどさ」
「ん?でも、今日の3人健狙いじゃん。誰をお持ち帰りするとか決めたの?」
「うーん。別にそう言うつもりできたわけじゃないんだよね。実は言うと翔がトイレ行ったの見かけたから来たんだよ」
「ん?俺がいるから?」
耳がおかしくなったのかと思った。学内1番のイケメン君が自分に会いたいからとか言われて普通でいられるか?
すれ違ったり目があったら挨拶するくらいの仲だ。一回、ゼミの講義で同じペアになった事はある。正直、健とちゃんと話したなんてそれくらいだ。
その程度の印象のやつに会いたいってモデルで心も身体も疲れてるんじゃないか?
「なぁ、翔?よかったら2人で飲まないか?あの女の子3人はヤツに任せてさ」
思ってもない提案だった。ただ、思うより言葉が出てた。
「いいよ。俺も早く帰ってゲームするくらいだったし!幸い帰ってもすぐにはバレない位置だし!」
我ながら潔いなと思った。でも、テーブルに戻ってもあすかちゃんって子と何でもない話を続けるだけだ。
なぜかわからないけど、思うより先に動いてみるのも気持ちいいもんだ。
そうと決めたら2人とも行動は早かった。心の中でトイレに行かずそのまま出て行った健を見て、本当に俺に会いに来たんだなと思ったら嬉しくなった。
誰かに会いたいと思われるってこんなにも人を嬉しくさせるんだな。
「それでさ、どうして俺と2人で話したいと思ったんだよ」
俺は次のお店に着いた開口一番に思ったことを口にしてた。普通に興味があった。ミスターコンをやったら殿堂入りするであろうこの男が話したいという理由を聞かずにはいられない。
「うーん。何となくだけど、翔ってなんか俺が持ってないものを持ってるなって思ったんだよね」
この男は俺の事を馬鹿にしているのか?と少しイラッとしてしまった。こんな全部持ってるイケメンに持ってないものがある?そしてそれを俺が持ってる?
こんな出会った女の子みんなに言い寄られて、こちとら元カノに振られ。来年、モデル事務所に所属する人間と普通に営業職で客にぺこぺこする人間。いいだろう。ここまで来たらどんなところを俺が持ってるのか聞いてやろう。
「俺はそうは思わないけど、なんでそんな事思ったの?」
さぁ。どんな答えが来るかな。俺は心がウキウキしながら健の口が開くのを待っていた。
「翔って人の表情や態度を読むのが上手いじゃん。相手を立てて自分が引くというかさ。その匙加減が上手いなって思うんだよね。この前ゼミで一緒になった時、俺ができない事をわかったのか代わりに色々とやってくれたじゃん。あれすごく嬉しかったんだよね」
思いもよらない言葉が返ってきた。てっきり馬鹿にした事が来るのだろうと思っていたから、鳩が豆鉄砲を食ったような顔選手権があったら、それこそ殿堂入りできそうな顔をしていたと思う。
「いやいや。俺、自分では全くそんなこと思ったことないよ。そんなことめっちゃ気にしたことなかったな。」
「そうなの!!逆にすごいわ!俺あの時めっちゃ助かったのに!それを無意識でやるとか嘘だろ!?」
「どうなんだろう?でも、俺に察する力があるとは思えないけどな。あの時は健が首の後を掻いてたからだよ?あれ健が困った時によくやってるじゃん?」
「え!うそ!まじ!!俺そんな癖知らねぇよ!翔、お前すごいな!!ちょっとそんな人初めて出会ったわ!翔のこと余計に知りたくなったんだけど!」
初めてそんなこと言われて正直照れた。
その時思った。普通って言葉を乱用している理由に。
自分が普通という言葉を使う時はこれ以上相手に自分の事を知られたくない時に使っている事を。
相手が自分に興味があっても自分から距離を作っていた。
そしてその時に便利な言葉が"普通"だ。
普通と言っていれば謙遜もできる。そして、これが当たり前だから凄いことでもなく、この言葉を使えば相手が勝手に状況を納得してくれる。
そんな魔法の言葉を知らずのうちに使いながら俺は人と距離を取ろうとしていた。
付き合った元カノは自分から告白したわけじゃない。興味がなかったわけじゃないけど、別れた時にあの子のことをそこまで考えていなかった。
別れた時、そこまで辛くなかったのは、自分からあの子との距離を縮めようとしてなかったんだと今ならわかる。
どうしてかわからない。でも、いつも普通で逃げてたけど、今だけはこんな自分に興味を抱いてくれてる健に正面から向き合ってみようと感じた。
「別にそんな凄い事じゃないけどね。ふつ… でも、何でだろう。どうしてか人のことを見えちゃったりするんだね。」
「俺思うけど、それ翔の才能だと思うよ?」
「う〜ん、そうかな?そういえば、健って卒論の題材決めた?」
「めっちゃ話題変えるじゃん!でも、俺は決めたよ。先輩が研究してた卒論を使わせてもらう事にしてる。本当はモデルの仕事をしたくて学校も休学しようとしてたんだけど、卒業までもう少しじゃん?それなら、早く卒業して本格的にモデルに専念しようかなと思ってさ。でも、今もモデルの仕事はしたいから卒論にあんまり時間をかけない様にしようって決めたんだ。」
意思のある決断だった。来年の事も考えて今やらないといけない事を取捨選択する健をみてかっこいいなと思った。
なんとなくで決めるんじゃない。自分の想いに耳を傾けて自分のやりたいことに全力を注ぐ。
「そんな翔は卒論決めたの?」
「いや、まだ決めてないんだよね」
「マジか!翔ならもう決めてるもんだと思ってたわ。でも、なんであれ翔の卒論はちょっと読んでみたいわ」
「そう言って読んだ後に『おもんな!』とか言わないでくれよ〜。」
「それは約束できそうにないな!」
いつの間にか話が盛り上がってしまった。建は明日撮影が早いらしく、先に電車で帰った。
「ちゃんとラインしてくれよ〜!」
去り際に恋人に伝えるような言葉をかける健に笑ってしまった。
そういえば、女の子3人の相手をしてるあいつどうしてるかな。
今ならあかねちゃんに対しても普通って言葉を使わずにいられるかな。元カノにあった時も彼女に向き合う事ができるかな。
時間は戻らないし、戻りたいとも思っていない自分に何か気持ちがホッとしている。
残暑のジメジメした湿気に満たされた蒸し暑い夜がこんなにも爽快に満ち足りてる矛盾に少し笑みが溢れた。
「いや〜卒論の発表めんどくさかったわ〜。俺の時、教授からの目線とか質問とか酷くない?」
みんなの卒論が発表が終わってゼミの部屋でゆっくりしてる。
やつの卒論の内容が卒業生の卒論と全く同じだったからだ。まさか『です→ます』に変えただけとは。。。あれは俺でもわかる。
そりゃ教授も『こんな生徒初めてだ!!』って怒り狂う気持ちもわかる。
「でも、健の卒論も先輩の卒論ほぼパクリだったな」
「まぁな。正直、時間かけなくなかったし。でも、考察とか最低限文献とか読んだりしたぞ!お前と一緒にはするな!」
「マジで!?それで良いなら俺もそうしとけばよかった〜」
「たぶん、お前はそれでも怒られてたかもな?でも、翔の卒論はめっちゃ面白かったぞ!教授も絶賛してたじゃん!あの題材いつ考えたんだよ?」
「ん?あれ?ん〜、ヒ・ミ・ツ♪」
「なんじゃそりゃ!気持ちわる!」
「気持ち悪いは余計だ!」
実は健のお陰で出来たなんて死ぬまで秘密だ。
ちなみに、卒業しても健とは定期的にご飯を食べたり、結婚式のスピーチを頼んだり長い付き合いが始まるけどそれはまたのお話。
世人 @Tanoue_okie
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